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『独在性の矛は超越論的構成の盾を貫きうるか 哲学探求3』を読んで - 対話の哲学
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『独在性の矛は超越論的構成の盾を貫きうるか 哲学探求3』を読んで - 対話の哲学
※18000字近くあります。やっぱり永井先生すごいなあ、という文章です。 nagainotankyu3.pdfダウンロード... ※18000字近くあります。やっぱり永井先生すごいなあ、という文章です。 nagainotankyu3.pdfダウンロード 1 新たな付け加え 永井均の『独在性の矛は超越論的構成の盾を貫きうるか 哲学探求3』(以下、「この本」)を読んだ。 永井は昔から〈私〉の独在性という同じことを繰り返し論じているようにも思われがちで、僕も半分そう思っていたけれど、そうではなかった。この本において永井は非常に重要で新しいことを付け加えている。 (僕は永井の研究者ではないし、それほど熱心な読者ではないので、永井のすべての本は読んでいないし、読み落としもあると思う。だから、この本での新しさではないかもしれないことはご了承ください。) これまで僕が理解していた永井哲学とは、世の中に数多くの人間がいる中で、この人間だけが私であるという問題を論じ続けているなあ、というものだった。時空が広がり、そこに複数の人間がいる