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【プロレス】アントニオ猪木も「手に負えない」と驚がく…スティーブ・ウイリアムスが初来日 1986年7月4日 | BBMスポーツ | ベースボール・マガジン社
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【プロレス】アントニオ猪木も「手に負えない」と驚がく…スティーブ・ウイリアムスが初来日 1986年7月4日 | BBMスポーツ | ベースボール・マガジン社
1986年7月4日、新日本プロレス後楽園大会に“ドクターデス”スティーブ・ウイリアムスが初来日を果たした... 1986年7月4日、新日本プロレス後楽園大会に“ドクターデス”スティーブ・ウイリアムスが初来日を果たした。当時26歳。アメリカマット界の一大勢力だったUWF最大のホープだ。 1985年12月にアントニオ猪木がダラスに遠征した時の対戦相手を務め、日本でも放送されていたが、その時は単なるパワーファイターという印象だった。しかし、初来日でメインイベントの6人タッグマッチに登場したウイリアムスはエースの風格が漂っていた。 先発を買って出ると猪木にまったく臆することなくファイト。ウイリアムスはオクラホマ州立大学を経て、プロリーグのニュージャージー・ジェネラルズに入団したアメリカン・フットボーラー。持ち前の突進力とケタ外れの馬力を発揮した。ラリアット、オクラホマ・スタンピード、ブレーンバスターと威力は申し分がない。 当時、猪木も「目が違う。獲物を狙う目だった。ブレーンバスターにしても、受け身がいけない