これまでのあらすじ 左翼だったはずの祖父は、日の丸大好きっ子だった― その真意を確かめるべく、僕は祖父の言葉を探す旅に出た。 祖父の長い旅 祖父の長い長い旅 1982年。 それは沖縄が日本に復帰して十年が経った年であると同時に、この文章を書いている人間が生まれた年でもある。祖父は、初孫である僕の誕生をこのうえなく喜んだというのだけれども、同じ年に祖父がのこした文章は、これまでない苦痛と混乱に満ちていた。 「われわれは嘘つきだ」 「沖縄の海が滅びるというのなら、それでもいい」 「私は無念だった。今でも夢にまでみる」 それが国会図書館にのこされた祖父の最後の言葉だったのだけど、正直にいえば、僕にはそれほどよい文章には思えなかった。強すぎる言葉は、つながりを欠いていて、全てが唐突に突きつけられているように感じられる。ブロガーの書く文章に似ているな、と思った。特に、はてな育ちで、Yを頭文字に持つブ