ドストエフスキーの「地下室の手記」を読みました。40歳の主人公は、人生の半分を地下室に引き籠って過ごしています。自意識と自尊心が高く、合理的な思考や行動は愚か者がすることだと考えている。ために、當然に社会に適合できない。両極端な感情と思考の間を、高速で反復横跳びするように行きつ戻りつし、偏狭な独断で対象の考えを不合理に先読みする。而して、結句、一歩も前に進まない。主人公は合理性を否定するものの、合理に基づく正論を論破できません。行動で合理を凌駕することもできません。自身で分析している通り、彼が「何者でもない」から。 満たされない承認欲求と虚栄。合理を非合理で打ち負かすのは容易なことではありません。ために、浅薄な衒学を匂わせ一層立場を下に置いてしまう。そしてまた高速反復横跳びの繰り返し。然し屹度、太宗の人が根源に持っていて行動に至らない動因なのではないかと思います。 読んでいて、藤澤清造の「