この事故、ほとんどのニュースサイトから削除されている。この記事も時間の問題かもしれないから保存しておこう。以下は僕の推測。神奈川のあの「施設」に拉致され移送中に逃げようとして飛び降り死亡したのだろう。たぶん自殺として処理されたのだ… https://t.co/3bMAXxZO4f
著者: 斎藤環 , 與那覇潤 先日公開した「トイレットペーパーはなぜ消えたのか?」の記事に、大きな反響をいただきました。そこで今回は、とくに関心の高かった「同意なき共感」について、斎藤環さんと與那覇潤さんの対談本『心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋』(新潮選書、5月27日発売)の中から、一部を再編集してご紹介いたします。 双極性障害にともなう重度の「うつ」をくぐり抜けた歴史学者・與那覇潤さん(左)と、「ひきこもり」を専門とする精神科医・斎藤環さん(右)。 ヤンキーに癒された入院体験 與那覇 双極性障害にともなう重度の「うつ」のために、2015年に約2か月、入院をしました。各種の研究もしている大学病院だったこともあって、病名としても年齢層としても、幅広い患者さんと知りあうことができました。 斎藤さんと初めてご一緒したのは2014年の頭に、日本社会の「ヤンキー性」をめぐって対談(※1
精神医学づいている私だが、最近「『自傷的自己愛』の精神分析」という本を読んだ。 ❝自分をディスり続ける人たち❞ という帯に反応した訳だが、例のごとく社会問題やサブカルといったことを背景にして、適確に論が進められていく。 そして、ありがちな自傷的自己愛の否定ではなく、そういった現象があるという前提の上に、「それでは、どのように緩和すれば、成熟した自己愛を獲得できるか?」、ということが書かれていて、そういった人たちの一助となる本だと思った。 斎藤環氏の文章で、かつて読んでなるほどと思ったのに、*「ユリイカ」の ❝シンゴジラ特集❞ に寄稿しているのや(器の問題)、❝承認をめぐる病❞では、キャラ化、スクールカースト、コミュ障、といった概念を読んで、軽いショックを受けた。 これらの話題もこの『自傷的・・・』の本の中にも出てくるので、参照されたい。ただし私が自分をディスるのはこの本の内容とは微妙に異な
「ひきこもりが自己責任だという捉え方は明らかに間違いです。長引くひきこもりは、家族の思惑や社会のプレッシャーや本人の苦しさなど、さまざまな要因が複合して成立する現象で、自分の意思決定ではありません。どこの家庭でも、どんな年齢の誰にでも起こりうる現象ですから、世間は寛容になってもらいたいと思います」 こう語るのは、精神科医として30年前から不登校やひきこもりの問題に取り組んできた、斎藤環・筑波大教授(社会精神保健学)だ。 「中高年ひきこもり」の実態に初めて光があたった 40~64歳の「中高年ひきこもり」が、全国で約61万3000人いる――。先日、内閣府が発表した推計値は世間に大きな衝撃を与えた。これまで政府は39歳以下の「若者」を対象にした調査しか行ってこず(30代以下のひきこもりの推計値は約54万人)、今回の全国調査で初めて「中高年ひきこもり」の実態の一端に光があたったからだ。 自分には「
私は現在、医療を含む学際的な領域で「オープンダイアローグ(以下OD)」の普及啓発に勤しんでいる。ODはフィンランドで開発された精神病のケア技法であり、同時にケア提供システムであり思想でもあるのだが、単なる治療法と誤解されてしまうのはあまりにも惜しい。対話で人間が変わるという、掛け値なしに奇跡的な現象の解明に、オープンダイアローグ研究は大いに寄与すると考えている。 以下、対話を考える上で、私が大切に考えている本を紹介していきたい。どの本も、さきに述べた「奇跡的な現象」を理解する上で、多くのヒントを与えてくれるだろう。私自身が関わった本がどうしても入ってしまうことはテーマの性質上、ご寛恕願いたい。
精神科医・斎藤環氏による新書『中高年ひきこもり』(幻冬舎新書)は、推計61万人(内閣府調査)にも及ぶ40〜64歳のひきこもりについて、正しい知識を伝えるべく著されたものだが、コロナ禍によって多くの人が自粛生活を余儀なくされた昨今においては、よりアクチュアルな意味合いを持つ一冊になったと言えるだろう。自身のnoteにコロナ禍についての独創的な論考を発表し、5月27日には與那覇潤氏との共著『心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋』(新潮選書)を刊行するなど、評論家としてもますます活躍する斎藤環氏に、コロナ禍とひきこもり問題の接点から、自粛生活の中で気付いた哲学的な問題についてまで、幅広く語ってもらった。(編集部) コロナ禍とひきこもり問題 『中高年ひきこもり』(幻冬舎新書) ーー『中高年ひきこもり』は、ひきこもりについての正しい知識を伝える入門書との位置付けですが、コロナ以降の様々な問題
斎藤 なぜポリフォニーがよいのか。ポリフォニーは隙間、余白が多いのです。ポリフォニーの対義語にあたるのがハーモニーと言われます。ハーモニーの場合は、一つの調和した意見が全体を支配するという状況で、一見すごく満足度が高いように見えますけど、実際には余白がなく、個々人の意見も微妙に抑圧されてしまっていることが多いと思います。「本当はちょっと違う気もするけど、一体感の気持ちよさに水を差すのもなんだから」みたいな妥協、譲歩があり得るでしょう。ポリフォニーのほうがはるかに隙間が多くて、その隙間において当事者は自分の主体性や自発性を回復するとされています。 (横道誠、斎藤環、小川公代、頭木弘樹、村上靖彦『ケアする対話』金剛出版、2024) こんばんは。ハーモニーというタイトルの学級便りだったり、学年便りだったりを、過去に何回か目にしたことがあります。特段、違和感があったわけではありません。しかし、上記
心を病んだらいけないの?―うつ病社会の処方箋―(新潮選書) 作者:斎藤環,與那覇潤 新潮社 Amazon 医師と当事者 おれは精神科医の書くものが好きである。一般人、患者向けに書かれたものでもよいし、同業者に向いて書かれたものでもよい。後者はもちろんむずかしいこともあるが、なにやら「相手の手の内を知る」ような気になるのもたしかである。 おれは同病者の書くものが好きである。具体的に言えば精神病を患っている人の書くものである。できることなら自分と同じ双極性障害(躁うつ病)II型だとなおさらよい。「こうすればよくなった」という体験談でもいいが、べつに前向きな話でなくともよい。こっちはこうだ、そっちはどうだい? という単なる興味である。 となるとこの本、『心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋』はベリーベリナイスな本ということになる。斎藤環は精神科医だし、與那覇潤は双極性障害を患った人である
幸運にも、この二〇年ほど、近親者の死に立ち会ったことがない。二〇年ほど前に祖父母をほぼ同時に亡くしたが、入院期間も長かったこともあり、悲しくはあったが、すでに諦めの方が先立っていた。 フィクションで泣いた経験は山ほどあるが、現実で泣いた経験はここしばらくなかった。私は並外れて冷淡な人間なのか、誰かの死で泣くということも滅多にない。みんな泣いているのになんで自分は泣けないんだろうと不思議に思うことも良くあったが、まあかつては患者からも斎藤ロボとかいう渾名をちょうだいしたこともあるくらいだし、若い頃にはアスペの異名をほしいままにしていたことでもあるし、しかたがないと思っていた。でも、いつか思いがけない何かでスイッチが入って「コレガ…心? コレガ愛…?」みたいな感じで機械油の涙を流す的な展開はあるかも、とちょっと期待するところはあった。 3月某日、12年間一緒に暮らした愛猫チャンギ(雌のシンガプ
第19回小林秀雄賞を受賞した與那覇潤さん(左)と斎藤環さん(右)。受賞作では、双極性障害にともなう重度の「うつ」をくぐり抜けた與那覇さんと、「ひきこもり」を専門とする精神科医の斎藤さんによる「開かれた対話」が注目を集めました。 第1信(與那覇潤さんから斎藤環さんへ) 斎藤環さま ご無沙汰しています。私たちの共著『心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋』が小林秀雄賞をいただくことになり、新たな書簡を交せることを嬉しく思います。対談形式の作品がこうした賞に恵まれることは珍しく、同書で「対話」の重要性を訴えてきた私たちにとっては、その点でも励まされる出来事でした。 3月にお目にかかった後、世界的なパンデミック/インフォデミックの波が日本にも及び、大きな混乱がもたらされました。新型コロナウイルスへの感染を避けるための自粛や在宅の要請(国によっては強制)は、多くの失業者を生み出したばかりか、強
斎藤環さん ひきこもっている人は「たまたま困難な状況にあるまともな人」であり、ひきこもりの長期化は、そういう人たちを排除していく社会の方に原因があると考えた方がいい――。 ひきこもり状態の人たちに向き合って約30年の斎藤環・筑波大学教授(社会精神保健学)は、こう指摘します。地域の中で、企業の中で、学校の中で、私たちはどうすればいいのか。一緒に考えてみませんか。 好きでひきこもっていると考えるのは誤解 ――斎藤さんは、ひきこもり状態の人たちを簡単に説明する際、「たまたま困難な状態にあるまともな人」としていますが、どのような意味か説明していただけますか。 ひきこもり状態というのは、本人の個人的要因よりも環境要因、置かれた状況からきているとお考えいただきたいと思います。昔は、ざっくり言えば好きでひきこもっている、自分の意思でやっている、と周囲や社会から思われている節がありました。昨今の傾向を見て
◆◆◆ 國分功一郎(こくぶん・こういちろう) 1974年千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。専攻は哲学。 2017年4月に医学書院より刊行した『中動態の世界』で、第16回小林秀雄賞受賞。最新刊は『スピノザ「エチカ」 100分 de 名著』(NHK出版)。 斎藤 環(さいとう・たまき) 1961年岩手県生まれ。精神科医。筑波大学医学医療系社会精神保健学教授。 オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン(ODNJP)共同代表。 医学書院より『オープンダイアローグとは何か』のほか、最新刊として『開かれた対話と未来』(監訳)が出たばかり。 企画:NHKエデュケーショナル・秋満吉彦/ NHK文化センター青山教室 國分功一郎さんの示した「中動態」という概念と、斎藤環さんが近年紹介につとめる「オープンダイアローグ」――まった
『クレイジー・ハート』&『この世界の片隅に』 著者: 斎藤環 , 與那覇潤 精神科医・斎藤環さんと歴史学者・與那覇潤さんの対談本『心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋 』(新潮選書)の刊行を記念して、著者のお二人に、治療者の視点から、体験者の視点から、それぞれのお薦め映画について話していただきました。第一回は、「病気から回復中の人」にお薦めしたい映画。ぜひご一読ください。 双極性障害にともなう重度の「うつ」をくぐり抜けた歴史学者・與那覇潤さん(左)と、「ひきこもり」を専門とする精神科医・斎藤環さん(右)。 「明るい映画」がいいわけではない 與那覇 病気の人、特にうつの人に映画を薦めると聞くと、「ハッピーになれる」「元気が出る」みたいなタグが付いているポジティヴな作品を連想しがちだと思います。もちろん善意でのことなんですけど、実際に重度のうつを体験した身からすると、これはむしろ避けて
私が作品における精神障害の描写が偏見をあおっていると判断する場合の基準は、次の通りである。 ・そのキャラクターがほぼ匿名の存在として描かれ、きわだった属性として精神障害者であることのみが強調されている。 ・たとえ「診断名」への言及がなくとも、精神障害者であるという認識を誘導する形でステレオタイプな描写がなされている。 ・精神障害者への偏見を強化するようなステレオタイプとは、以下のようなものである。すなわち、暴力的、非理性的、話が通じない、遺伝する、治らない、病識がない、など。 ・精神障害者の犯罪が描かれること自体は偏見を助長しない。犯罪に至る個人的な動機や状況が描写されていれば偏見にはつながらない。だから「ジョーカー」が精神障害者として描かれていても私は批判しない。逆に、犯罪の理由がひとえに精神障害であるかのように誘導する描写は差別的である。 ・以上をまとめれば、「精神障害という属性」を、
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読売新聞社の運営するサイト 発言小町 「発言小町」は、読売新聞が運営する女性向け掲示板で、女性のホンネが分かる「ネット版井戸端会議」の場です。 ヨミドクター yomiDr.(ヨミドクター)は、読売新聞の医療・介護・健康情報サイトです。 OTEKOMACHI 「OTEKOMACHI(大手小町)」は読売新聞が運営する、働く女性を応援するサイトです。 idea market idea market(アイデア マーケット)」は、読売新聞が運営するクラウドファンディングのサイトです。 美術展ナビ 読売新聞が運営する美術館・博物館情報の総合ポータルページです。読売新聞主催の展覧会の他、全国美術館の情報を紹介します。 紡ぐプロジェクト 文化庁、宮内庁、読売新聞社で行う「紡ぐプロジェクト」公式サイト。日本美術と伝統芸能など日本文化の魅力を伝えます。 読売調査研究機構 東京、北海道、東北、中部、北陸を拠点に
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。 「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。 どうして自分が「考える人」なんだろう――。 手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな
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ADHDやASDを病いと呼ぶのなら、「普通」も同じように病いだーー「色、金、名誉」にこだわり、周囲の承認に疲れてしまった人たち。「いいね」によって、一つの「私」に束ねられる現代、極端… ADHDやASDを病いと呼ぶのなら、「普通」も同じように病いだーー 「色、金、名誉」にこだわり、周囲の承認に疲れてしまった人たち。 「いいね」によって、一つの「私」に束ねられる現代、極端な「普通」がもたらす「しんどさ」から抜け出すためのヒント ●「自分がどうしたいか」よりも「他人がどう見ているか気になって仕方がない」 ●「いじわるコミュニケーション」という承認欲求 ●流行へのとらわれ ●対人希求性が過多になる「しんどさ」 ●本音と建て前のやり取り ●社会のスタンダードから外れていないか不安 ●ドーパミン移行過剰症としての健常発達 ●親の「いいね」という魔法 「病」が、ある特性について、自分ないしは身近な他人
中高年ひきこもり 2020.11.29 公開 ツイート 日本、韓国、イタリアはひきこもり。アメリカ、イギリスはホームレス。 斎藤環 「ひきこもり」といえば、若者というイメージを持っている人も多いだろう。ところが今、40~64歳の「中高年ひきこもり」が増えているという。その数、推計で61万人。「8050問題」とも言われるこの状態を放置すれば、多くの家族が孤立し、親の死後には困窮・孤独死にまで追いつめられていく……。そう警鐘を鳴らすのは、この問題の第一人者である斎藤環さんだ。斎藤さんの著書『中高年ひきこもり』より、一部を抜粋しよう。 * * * 「親との同居率」が関係している 日本以外でひきこもりがとくに多いのは、韓国とイタリア。韓国には約30万人のひきこもりがいると言われています。人口比で考えると、割合は日本とあまり変わりません。イタリアでも、EU加盟国で初めてひきこもりの家族会がつ
「日本のひきこもりは、このままだと1000万人を超えるでしょう」。ひきこもりの存在を世の中に広めた筑波大学・医学医療系教授 の精神科医・斎藤環氏は警鐘を鳴らし、現状と今後の対策について語った。 高齢化がひきこもり急増の理由 著書『社会的ひきこもり:終らない思春期」(1998年)で、広く社会に「ひきこもり」の存在を伝えた斎藤氏が7月末、東京・内幸町のフォーリン・プレスセンターで、外国メディア対象に「ひきこもり対策」について会見した。斎藤氏は、2016、19年に内閣府が行った調査で、約115万人のひきこもり状態の人がいる(15~64歳)という推計を示したのに対し、過小評価かもしれないと指摘した。斎藤氏は、ひきこもりの人数を人口の3~5%と考えると200万人ぐらいになるとし、その期間は平均すると13年間で、このまま増え続けると人数は1000万人を超えるとみる。ひきこもりの人は、平均寿命の短いホー
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