山下氏と柔道界を牽引柔道男子で1984年ロサンゼルス、88年ソウル五輪を2連覇した斉藤仁氏が病気により死去した。54歳という若さだった。 斉藤氏は日本柔道選手として初めて五輪を2連覇した。 さらに当時の世界王座の山下泰裕氏らと好勝負を繰り広げ、日本柔道界をけん引した。 とりわけ記憶に残るのは、山下氏の9連覇をかけた全日本選手権の決勝である。 実は斉藤氏が投げたのではないかという伝説マッチでもある。当時は、その豪快な技を研究しようとビデオテープが擦り切れるくらいなんども再生したものだ。 全日本選手権での山下氏との対戦:引用 時事通信 全柔連の一連の不祥事のなかで現役引退後は全日本柔道連盟の強化の中心にいつもいた。2004年のアテネ、2008年北京の両五輪では日本男子代表監督としてチームを率いた。私自身、フランス代表のコーチ時代には、斉藤氏とコーチングやマネージメントについてよく大会会場や合宿