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「架空哲学は作れるか」2020年2月26日の日記|品田遊(ダ・ヴィンチ・恐山)|note
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「架空哲学は作れるか」2020年2月26日の日記|品田遊(ダ・ヴィンチ・恐山)|note
架空言語は作れる。 架空地図も作れる。 架空化学も架空物理も作れる。 数学だけは作った瞬間に架空では... 架空言語は作れる。 架空地図も作れる。 架空化学も架空物理も作れる。 数学だけは作った瞬間に架空ではなくなる。 「架空数学」は作れない。 — スライムさん@清涼飲料無為 (@slaimsan) February 25, 2020 ・「架空数学」は作れない。では、それが正しいとして「架空哲学」は作れるだろうか? 作れないだろうか? ・たとえば、魔法が当たり前に存在するような世界があるとする。そういう世界では現実の人間社会とは違った文化が形成されることだろう。ハリーポッターみたいな世界だ。単純に考えれば、そこで営まれる哲学は「架空哲学」と言えるのではないだろうか。 ・しかし、その哲学とはどのようなものだろう。現実では、たとえば車の自動運転が起こす事故の責任について哲学的に問われることがある。ハリーポッター的な魔法の世界なら、きっと魔法によって自動的に動くゴーレムだかホウキだかが引き起こす事故の