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【スピリチュアル・ビートルズ】竹内まりやに拒否された? 「イエロー・サブマリン音頭」秘話
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【スピリチュアル・ビートルズ】竹内まりやに拒否された? 「イエロー・サブマリン音頭」秘話
ビートルズの1966年の作品「イエロー・サブマリン」の日本語カバーである「イエロー・サブマリン音頭」... ビートルズの1966年の作品「イエロー・サブマリン」の日本語カバーである「イエロー・サブマリン音頭」は、大瀧詠一がプロデュースし、民謡歌手の金沢明子が歌ったことで話題を呼んだ。だが、当初は竹内まりやでデモ・テープが制作され、その後もお笑い芸人山田邦子が歌い手に想定されるなど、金沢明子によってカバーされるまでに紆余曲折があったというのだ。 「イエロー・サブマリン音頭」の企画者として知られる音楽プロデューサーおよび作曲家の川原伸司が、このほどアップリンク吉祥寺で行われたトーク・イベント「藤本国彦プロデュース ビートルズの世界 Around the Beatles」で明らかにした。 川原の大瀧との出会いは78年にまでさかのぼる。ビートルズの音楽にはユーモアがあるという意見で、ナイアガラのメンバーともなる杉真理とも意気投合。2人で「イエロー・サブマリン」を音頭にしてみてはどうかと盛り上がっていたと