遊牧民にとって塩は、何よりも家畜の食用として重要です。遊牧民の家畜はヒツジ、ヤギ、ラクダ、ウマ、トナカイといった草食獣で、塩をほとんど含まない植物が主食なため、生理的に塩を欲する性質があるからです。また、遊牧民の家畜は囲われてもつながれてもいませんが、人間が塩をくれることをわからせておけば、家畜は人間のそばにとどまるようになります。遊牧民は、家畜を“物理的なヒモ”でつなぐ代わりに、塩という“生理的なヒモ”でつなぎ留めてその生業を成り立たせているとも言えます。 塩を使った家畜の制御はシベリアやモンゴルの遊牧民でも見られますが、イランを中心とする西アジアの遊牧民には専用の塩袋があります。塩袋を持った人間が先導すれば、塩欲求の強い草食獣の群れ全体の誘導もできます。この場合、家畜が自由に塩をなめて満足しては“生理的なヒモ”の効力が弱まるため、家畜が頭を入れて塩をなめることができないよう袋の口だけを