名付けというのは、簡単なようで難しく、難しいようで簡単である。なにしろどんな名前だって呼んでればそのうちしっくりきてしまう。慣れから逃れることは誰にもできない。高輪ゲートウェイ駅にもそのうち違和感を覚えなくなる。そんなお手軽なものであるのに、名前は実態に影響を及ぼす。スピリチュアルに言えば言霊、マーケティングで言えばキャッチコピー。高輪ゲートウェイ駅は高輪のゲートウェイだとみんなが思うだろう。たぶん高輪ゲートウェイ駅もそう思っている。白金高輪のほうがよほど高輪なのだとしても、そういう認識からは誰も逃れられない。 子どもの名前どうしようか、という話は、ほぼ毎日していた。こういう名前にはしたくないよねえ、こんな名前はやだねえ、そういう話ばかりが盛りあがって、肝心のつけたい名前はいっこうに思い浮かばなかった。 姓名判断は早々に無視することに決めた。一度だけ、自分の名前で試したことがあるのだけれど