近世西ヨーロッパの政治思想を語る際に人口に膾炙しているナラティブとして、壊滅的な宗教戦争の反省から「世俗的」な国家や権力の概念が生まれ、「近代」国家の礎が築かれた、というものがある。日本語の政治思想史の教科書もだいたいこのナラティブを用いている。この語りはわかりやすく出発点として有用であるため、いますぐ何か別のものに置き換えられるべきだ、という主張をするつもりはない。しかし2000年代以降、学術界における政治思想史と宗教の関係、そして近代の認識はかなり変わっているため、16-17世紀研究、そして英語圏の近著に限るが手短に紹介してみたい。 1. フランス宗教戦争と「近代」国家 16世紀後半、40年に渡りフランス全土を震撼させた宗教戦争(1562-1598)の最中、ジャン・ボダンが『国家論』(1576)において宗教的権威に依拠しない「絶対主義国家」の概念を生み出し、これが近代国家の思想に繋がっ