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ブックマーク / plagmaticjam.hatenablog.com (24)

  • 理性至上主義と化した恋愛市場ではかわいいとすら言ってはいけないのである() - メロンダウト

    なんだろうな note.com 現実的な話としては同意するのだけど、どこか違和感がある。 ようするにこれって女性の気持ちを理解しましょう系の話で、非モテ論争なんかでさんざん言われてきたものに近い。 「女性にかわいいと言わない」は恋愛工学でも似たような手法があったのを覚えてる。うろ覚えだけど以下 合コンなどで女性2人と事している時にターゲットの女性とは話さないで自らは別の女性と楽しそうに話す。ターゲットから話しかけられてもそっけなく対応し、事が終わったあとにターゲットにアプローチする。(なにか具体的なセリフかなにかあったけど忘れた) これが効果的らしい。実践したことはないから知らんけど。 あと恋愛工学では褒めるよりも効果的な罵倒を使うことが推奨されてる。普段言われていないだろうことを冗談めかしてあえて言うことは効果があるらしい。恋愛工学におけるこれらの戦略と上記noteのかわいいと言わな

    理性至上主義と化した恋愛市場ではかわいいとすら言ってはいけないのである() - メロンダウト
  • 政治的立場にグラデーションがあることを許せない人々 - メロンダウト

    前々回の記事が広く読まれたみたいで、ツイッターのフォロワーも100人ぐらい増えたのですが、それとは別に左翼であろう人からDMで白饅頭氏の肩を持つなという長文DMが寄せられてきてかなり困惑しました。晒したりはしないですけど。 こんな泡沫ブロガーにDMするほどの布教活動なんてやってるから左翼は支持されないっていう記事をまさに書いたわけだけど、なぜそこまでして自分達の政治的立場の正しさを喧伝しようと思うのか、そこからしてわからないんですよね。 当たり前すぎる話ですが、政治的立場といっても個々の人間にはグラデーションがあり、ある側面では極端に保守的な考え方をする人もいればその逆もいます。それぞれの人間が考えていることは全然違うし、一人の人間の考えにさえ矛盾や捻じれがあって当たり前なのがまず前提として共有されていなければ「話にならない」だろうというわけですよ。 こういう風に書くと無謬性に依った冷笑系

    政治的立場にグラデーションがあることを許せない人々 - メロンダウト
  • 市民感覚としての白饅頭、知性主義の限界、経験の抹殺 - メロンダウト

    呉座氏の炎上の件で白饅頭氏が話題だけど、個人的に彼は市民感覚の人といった印象を持っている。市民感覚的リベラルとでも言えばいいのか、現代ビジネスの記事等を読んでいると市民の感覚を言語化することに長けている印象を受ける。政治的なことを市民感覚と織り交ぜながら書いているので、いわゆるリベラル知識人にとっては癪にさわるように見えるのかもしれない。知識人がポピュリズムを批判するのと同じで、市民感覚に沿ってポピュライズドされた氏の記事が知的なものだとは言いたくないのであろう。一部のリベラル知識人に見られるものだが、市民を啓蒙するのは我々リベラルだという特権意識が見え隠れする時がある。 そういった、知性主義とでも呼ぶべき態度はたとえば私のような泡沫ブロガーでも感じるもので、知は知として専門的であり体系的でなければならないといった空気は厳として存在する。たとえば、白饅頭氏がよく批判しているフェミニズムにつ

    市民感覚としての白饅頭、知性主義の限界、経験の抹殺 - メロンダウト
  • 社会から降りる方法はないけど自由の意味を考えることならできる - メロンダウト

    シロクマさんが社会から降りることについて書いていてすこし思うところがあるので書いていきます。 p-shirokuma.hatenadiary.com 社会から降りるっていうと古くは学生運動から派生した新左翼共産主義同盟、高度経済成長後期のヒッピーやフリーター、最近だとさとり世代などが挙げられると思うけれど 彼らの誰もが結局は社会から降りることができなかった。どんな主張も資主義的な設定に組み込まれコンテンツと化してしまうことで資主義に包摂されてしまう。それ結局競争だよね、と。あの人たちは反資主義で競争していたよねとどのみち競争原理にさらされてしまう。 社会から降りるというのはことさら難しい。昔、テレビで完全に社会から降りて無人島に一人で暮らしている老人を特集していたが、その人も家族から物資を送ってもらっていた。無人島は極端な例だがむしろ無人島に行ったりして身体的に社会から降りることのほ

    社会から降りる方法はないけど自由の意味を考えることならできる - メロンダウト