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医療・健康と歴史に関するKasugaReiのブックマーク (3)

  • 忘れられた医学の「天才」、病院衛生と消毒の父ゼンメルワイス

    オーストリア・ウィーンの病院の庭に建てられたイグナーツ・ゼンメルワイスの功績をたたえる銘板(2018年6月28日撮影)。(c)AFP PHOTO / ALEX HALADA 【8月7日 AFP】時代を先取りした科学者が、存命中には認められずに無名のまま生涯を終えることは珍しくない。だが、人命を救うことに貢献したあるハンガリー人産科医の功績がようやく日の目を見ることになったのは、生誕200年を迎えた今年だった。 イグナーツ・ゼンメルワイス(Ignac Semmelweis)は、ルイ・パスツール(Louis Pasteur)による病気の細菌説が広く受け入れられる数十年前も前に、医師は徹底的に手の消毒をしてから患者を扱うべきだと主張していた。だが今日では医療の常識であるこの処置を、当時の医師らは簡単には受け入れなかった。 1818年7月1日生まれのゼンメルワイスは、1846年にオーストリア・ウィ

    忘れられた医学の「天才」、病院衛生と消毒の父ゼンメルワイス
    KasugaRei
    KasugaRei 2018/08/07
    “当時、医師らの自己評価は非常に高かった。彼らは当然、ひどい産婦死亡率の原因が自分たちにあったという考えを受け入れられず、憤激したのだ” これ、はたして昔話になっていますかね……?
  • ノーベル賞推薦13回でも受賞逃した精神分析学の父フロイト 1回は文学賞

    【10月2日 AFP】ジークムント・フロイト(Sigmund Freud)は文筆家か、あるいは心理学者か? この問いに対し、ノーベル委員会(Nobel Committee)は、「どちらでもない」と断じ、オーストリア出身の精神分析学の父を冷遇しただけでなく、その功績すら批判した。 1915年に米神経学者ウィリアム・アランソン・ホワイト(William Alanson White)によって初めてノーベル医学賞にノミネートされたフロイトは、英ロンドン(London)で死去する前年の1938年までに、計13回ノーベル賞候補に上った。そのうち12回は医学賞、残る1回は文学賞だった。 1937年には、ノーベル賞受賞者を含む著名な科学者14人もがノミネートを支持したが、その努力が実ることはなかった。フロイト自身はコペルニクス(Copernicus)やダーウィン(Darwin)と比較されることを好んだとい

    ノーベル賞推薦13回でも受賞逃した精神分析学の父フロイト 1回は文学賞
    KasugaRei
    KasugaRei 2017/10/10
    “(フロイト以前は)病的に興奮した女性は気が触れている、同性愛者は性的な変質者だと見なされていた” 現代から見ればフロイト説はかなり難点が多いにせよ、当時としては先進的な要素も確かにあったという事。
  • ヒトは遺伝的多様性が高いので近親交配が危険 | 5号館を出て

    オープンアクセス誌の中で、無駄に厳しい査読をしないということで、ある意味で心配もされていたPlosOneに、またおもしろい論文が載りました。 The Role of Inbreeding in the Extinction of a European Royal Dynasty 日語でのニュース報道もあったので、ご覧になった方もいるかもしれません。 スペイン・ハプスブルク家、断絶の原因は「近親婚」か 研究結果 せっかくですので、論文を中心にご紹介してみます。ただし、私は世界史に(も)弱いので、歴史的記述には誤りがあるかもしれませんので、ご指摘願えると幸いです。話の内容は、日でも結構有名な顎と下唇を持ったハプスブルグ家の家系、特に1700年に途絶えたスペイン・ハプスブルグ家のことです。 これは最後のスペイン国王であるカルロス2世で、Wikipediaによると「先端巨大症のため、咀嚼に影響

    ヒトは遺伝的多様性が高いので近親交配が危険 | 5号館を出て
    KasugaRei
    KasugaRei 2015/07/14
    文化人類学的には、近親婚タブーの理由は共同体の基盤たる親族構造秩序の紊乱の忌避であり、遺伝病を恐れたからではない、というのはほぼ常識かと思うが。
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