ほとんどの人は赤ちゃんの頃から中身が変わらず器が止まる時まで過ごしています。が、ものには例外があって、おぎゃーと言った時の中の人はもう死んでいることもあります。 今の世の中、自殺(安楽死などというものは霊的な意味では存在しません)したい人が多いです。でも中身はもう器を離れている=死んでいるから自殺という望みは叶っているのかもしれません。 死にたいと言っている自我=人格プログラムは脳と連携しています。プログラムだけに器の中身(これは霊でも魂でも好きに解釈してください)が変わっても実行可能であれば、それまでと同様に動き続けます。継ぎ目はないのです。 自我という人格プログラムの機能には自分が動いている下にあるOSにあたる霊的な中身は認識できません。生まれて今まで自分が生き続けていると思っている自分=自我が全てという認識です。自我には自分を存在させているものが途中ですっと替わったことに気がつく力は