家族に関するaknyonakaのブックマーク (18)

  • 兄に結婚がバレた(後日談)

    ブサイクで半引きこもりの大嫌いな兄に結婚がバレた。母親がバラしてた。 前も書いたけど兄とは昔から仲が悪くて、向こうはおおっぴらに、こっちは内心で、見下し合う関係だった。 https://anond.hatelabo.jp/20180208001956 連休に実家に帰った。少し早めについたからか、母は買い物に出ていた(父は朝からゴルフ)。その代わり、兄がリビングのソファを陣取っていた。私の帰省を聞きつけたからだろう。 ま〜ん(笑)なんて言葉を実際に口に出す人間を、私は兄以外に知らない。ひと通りの嫌味(兄的には論破なのかな)の締めは、いつもなら「お前には結婚は無理w」ってやつなのに、今回は「底辺男の寄生虫」になっていて、母が喋ったんだと悟った。これを言いたくて兄は私を待っていたんだろう。ちなみに兄が言う寄生虫は専業主婦を指すが、私は仕事を辞めるつもりはない。 つばを飛ばしながらのマシンガントー

    兄に結婚がバレた(後日談)
    aknyonaka
    aknyonaka 2018/05/12
    自分が親に話すことは全て筒抜けになるし、親は自分のことを良かれと思って簡単に裏切るし、兄は母とズブズブの共依存、家族に対する期待値をもっと下げたほうがいい気がした
  • 18歳にもなって毎晩父に怒られている

    私の大学受験が近いことで父が苛立っていて、ろくに勉強をしていないとかだらしがないとか態度が悪いとかいうことで毎晩毎晩怒られている。 勉強が足りていないのと怠惰なのはその通りで、自立・自律できていない私にももちろん多大な非があるのだけれど、態度への叱責に関してはすごく不当に感じる。ただいまの声が暗かったとか、口数が少ないとか、話しかけても勉強中なのをいいことに目を合わせようとしなかったとか、そういうちょっとしたことで烈火のごとく怒る。突然怒鳴りだし、物を投げ、扇風機のような大きなものを引き倒したり、丸めた新聞でゴキブリのように何度も私を叩いたりする。 怒っているときの父は完全に目がヤバくなっていて、抗議の声を上げれば大きな吼え声で遮られることもある。おまえはどうしていつもそうなんだ、どうしてどうしてどうしてと問い詰められ、なんと言えば許してもらえるのかわからないまま1時間や2時間にわたって正

    18歳にもなって毎晩父に怒られている
    aknyonaka
    aknyonaka 2017/11/01
    私も父親に怒鳴られまくった結果、付き合いたい人のタイプは「大声で怒らない人」になった。今年大学卒業して一人暮らしを始めて自分は楽になったけど、父親の怒りの矛先が私以外の家族に向いていると思うとツライ
  • 息子との旅をGoProで動画にした(寄稿:かあいがもん) - ソレドコ

    23歳の長男と15歳の次男を持つ、42歳の父親。そして「お父さんの日記」というブログを書いております、かあいがもんです。 今日は息子との旅を記録するためにカメラを買った話をしようと思います。 息子から旅のお誘い ある日「父さん、一緒に旅に行こうよ」と長男が言ってきた。 高校生の時まではどちらかというとインドア派だった記憶があるのだけど、数年前に次男と行った海外の旅がきっかけとなり、急に行動的になった。 そんな長男が、わたくしと旅をしたいと言ってきた。 わたくし:旅に一緒に行くのはいいのだけど、海外とかは父さん仕事の都合で急には難しいかなぁ。 長男:いや、国内でいいんだよ。特に行き先とか決めないで、その日の朝の気分で決めるみたいな旅。で、その様子を動画にしたい。 なるほど、旅行ではなく旅。 旅行はあらかじめ行き先やスケジュールを決めるイメージがあるけど、その日の気分で決めるって、冒険要素の詰

    息子との旅をGoProで動画にした(寄稿:かあいがもん) - ソレドコ
  • 夫に求めるのは具体的行動ではなく怨嗟の行き所らしい

    子育てに関するこんなtweetが。 "「育児で全然眠ることが出来なくて辛くて辛くて死にそう」ってに言われても、「具体的に助けてほしい事を言われないと何していいか全然わかんない」って答えてるツイートを複数見かけたんだけど、馬鹿なのかな?それともそのままに死んでもらっても良い、って感じなのかな?…知らんけど。" "いまでは私は息子と一緒に9時間とか眠れるようになったんでもう関係ないんですけどね…。生後3ヶ月まで全然寝てくれなくて辛かったときは、夫も一緒に起きてくれて、死にそうになりながら仕事行ってましたけどね…だからその頃の恨みっていうのはうちは全然ないんです。" 私も子育てを経験しているので、この辛さはわかる。子どもが生後まもない頃は夜中に何度も起きないといけない。その結果、まとまった睡眠がとれずに、朝は死にそうになりながら仕事へ行かなければならない。 父親は育児をするのが「当たり前」の

    夫に求めるのは具体的行動ではなく怨嗟の行き所らしい
  • 息子に吃音症の兆候が出ている

    数日前に、急に話せなくなったとのこと。 しゃべろうとしてもなかなか言葉が出てこないらしい。 例えば、 私:「何べたい?」子:「お、お、お、お、お、おすし」という感じだ。連声型の吃音ということになるのかな? 12歳になるまで、言語の発達に関しては特に気になることはなかったので、夫婦ともに少々パニックになった。発症後4分の3は時間が解決するらしく、様子を見るしか無いのだが、要因が脳などの疾患だったら話が変わってくるので何はともあれ病院にて脳波やMRAなどの検査を受けた。検査の結果では特に問題はなく、原因は分からないが、まずは一安心だった。 一安心ではあるけども、これから短期・長期は分からないが、吃音と息子は付き合わなければならない。 親としては、まずは息子を取り巻く環境の改善を考えるが、特に要因がわかっているわけでも無いので、「何かを否定する」わけにも行かない。早寝早起きとか、身体的/精神的

    息子に吃音症の兆候が出ている
  • 福田 大誠(Daisei Fukuda) on Twitter: "@kikutomatu ミゾイさん、今日の読売新聞の人生案内を読んで、「幸せな家族はどれもみな同じように見えるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸のかたちがある。」トルストイの『アンナ・カレーニナ』の冒頭の有名な言葉がふと頭を過ぎり、… https://t.co/LOqA697Z48"

  • 自分の思う通りにいかなかったからでしょうね。 思う通りってのはつまり、..

    自分の思う通りにいかなかったからでしょうね。 思う通りってのはつまり、仕事から疲れて家に帰ってきたら、何もせずにあったかいご飯がべられる状態になっているってこと。 ところが今夜はがライブなんぞに出かけたので飯が冷えていたので、仕方なくビールのみで空腹をごまかすしかなかったの。 このみじめな状況に至ったのはのせい、それをわかっているくせに飯をさっさとあたためず、ビールを仕方なく飲んでることに申し訳なさも感じてないに憤慨してるのね。 はっきりいって頭おかしいわ。 大の大人が自分で自分の飯をあっためることもできないなんて、そしてそれを誰かのせいにしているなんて恥ずかしいわ。 メールだかラインだかがきた時点で家に帰った時自分でやらなきゃならないって心構えしないといけないはずじゃない。 なのにそれをできずに子供みたいに駄々をこねてる夫は、異常と言っていいと思うわ。 たぶん人もそれを、無意識

    自分の思う通りにいかなかったからでしょうね。 思う通りってのはつまり、..
  • 夫の言ってることが全然わからない。宇宙人としゃべってるみたい。

    (末尾に追記しました) ちょっと聞いてほしい。 わたし専業主婦なので家事100%わたし。 理系夫は帰る時間がけっこうわちゃくちゃ(午後7時~12時のどこか)。 普段の晩御飯は一通り作っておいて、夫が帰ってきたらあっためて出してる。ここまでが前提。 近所でライブがあって行きたかったから、夫に「ライブ行ってくる、晩ご飯は机に上に出してる。ライブは19時~21時半くらいに終わる」ってLINEして出かけた(「うん」と返事は来た)。 で、9時45分くらいに帰ってきた。家の明かりはついてるけど「ただいま」って言っても反応なし。 リビングを見ると料理そのまま(全く手をつけてない)。夫は自分の部屋でビール飲んでた。デスクの上には4ビール瓶がおいてあった。 おなかへると不機嫌になる人なので、どうしたのかなあと思って顔を覗き込むと、不機嫌な顔で「はやく料理あっためろ!」とな。 手を洗ったりしてたら「早くしろ

    夫の言ってることが全然わからない。宇宙人としゃべってるみたい。
  • 結局、長女が原因で離婚した

    一年くらい前に追い詰めらた気持ちで増田に書きなぐった。 どうしても長女を愛せない http://anond.hatelabo.jp/20160425151154 あれから、頑張ろうと思ってたけど駄目だった。 長女がやったある行動がわたしへの嫌がらせにしか思えなくて、 どうしてこういうことするの?と聞いた。ちゃんとその行動を取った意味を教えてほしかった。 それなのに不貞腐れた顔をして下を向いたまま黙りこくってる姿に腹がたって、 そんなにお母さんを困らせたいのか、お母さんに嫌がらせして楽しいのかとちょっときつめに聞いてしまった。 今度は泣きながらごめんなさいと言う。その瞬間、かっとなってとまらなかった。 ごめんなさいじゃなくて、なんでそうしたのか聞いてるのがわからないのと怒鳴りつけてしまった。 それでもごめんなさいしか繰り返さない長女に、だから何でやったんだって聞いてるのにとその場にあった物を

    結局、長女が原因で離婚した
  • 夫がデレた

    結婚前から自分は一人っ子だから1人の時間が無いとダメだ、ほうっておいてくれ、なんて言ってたものの日常の中でそんな時間がたまにあればいいんだな、ということで結婚した。 結婚後、夫はいきなり冷たくなりソファーで彼の隣に座るのさえ嫌がるようになった。ちょっと甘えてみようと手を彼の腕に添えようものなら、すぐさま手で払われた。 もちろん、性生活は一切無くなった。 すごく悲しかった。 初めて大好きになれた人だったのにこの結末か、そのうち離婚なのかなぁと考えていた。 結婚前は優しくて頭の良い大好きな彼だったのに、その時は近くに座るにもビクつくようになってしまった。 とはいえ暴力に至る雰囲気は無かったので、私も勇気を出して何度も話し合いを持つようにした。理系な彼に伝わりやすいように淡々と現状とその先にある未来、お互いの気持ち、歩み寄る方法を整理していった。そのうちに少しずつ改善されていった。 彼も初めての

    夫がデレた
    aknyonaka
    aknyonaka 2017/01/19
    かわいい
  • 父を気持ち悪いと思った過去。

    先日話題になっていた増田、 「娘が気持ち悪い」http://anond.hatelabo.jp/20161102211759 を読んで、昔の自分を見ているようでとても懐かしい気持ちになった。ちなみに私は娘さんの立場です。 私の父は私にとても愛情深く接してくれました。小学校の時、クラスメイトの男の子とケンカをしてケガをした時、家に帰って来て母親から話を聞くなり、「うぉぉおお!!俺の娘に、何てことしてくれるんだぁぁああ!!」と突如絶叫して家を飛び出し、暫くして「相手の子の家に怒鳴り込もうと思ったけど、よく考えたら家の場所を知らない」としょぼくれて帰って来るような、私のこととなると見境のなくなってしまう、ちょっとお馬鹿な人でした。私はそんな父が大好きでした。 小学校~中学校くらいはそんな父ととても仲良くしていたのですが、私が高校に上がったころ、ある時を境に何故だか父に対し、「気持ち悪い」という感

    父を気持ち悪いと思った過去。
  • 親の死の乗り越え方について

    親の死期が迫ってる。 時期は、まあ半年以内だと思う。 すごく寂しくて辛くてどうしようもない感情が湧き出てくる。 すごくすごくお世話になったしここまで育ててくれて感謝してる。 自分はこれまで近しい人の死というものをあまり経験した事が無いから戸惑ってる。 親の死に対する振る舞い方が分からない。 考えない様にしているが夜になるとどうしようもなく悲しくなり涙が出てくる。 正直乗り越えられる気がしない。 親は日に日に弱っていく。 それを見てるのも辛い。 でも出来る事はない。 ただ静かに死を待ってるだけ。 悲しすぎる。 親の死というのは殆どの人が経験する事なんだろうけど、どうしたらいいのだろうか? というかみんなどのようにして乗り越えたのか。 年齢的な意味でいうとまだ寿命には早い。 だから余計に辛い。 これからどうすればいいのだろう。

    親の死の乗り越え方について
  • 娘が気持ち悪い

    中学生の娘がに 「お父さんの洗濯物は気持ち悪いから別にしてほしい」 と伝えているのを聞いてしまった。 びっくりした。 ドラマにありそうだけど実際そんなにないことを自分が言われるとは。 年頃になると父親を疎ましく思うのが普通、と聞いたことがあるが、 いざ言われると冷静になれなかった。 「おい」 と俺が言って出てくると、娘はしまったという顔をする。 「物理的に汚いのはお前のほうだから、洗濯物はお前だけ別にしろ」 と俺は言って、適当な段ボール箱を空にして投げつけた。 「これがお前の洗濯カゴな。これに分けて入れること」 そう言うと娘はキレて、 「ハァ? 何言ってんの? 使うわけないじゃん」と 言って立ち去ろうとする。 ますます俺も苛立ち、 「それが嫌ならこの洗濯機を使うな。誰の金で買ったと思ってるんだ。 このドラム式買うのにどれだけ節約したかわかってるのか」 と、くどくど説教し続けた。 結局、洗

    娘が気持ち悪い
    aknyonaka
    aknyonaka 2016/11/03
    「誰の金で」と言い出すような父親の性格もまた一緒に洗濯されることで私にまで伝染しそう(私も自分の子どもに「誰の金で」と言うような大人になりたくないという気持ちの表れ)、本当に気持ち悪いと思ってしまった。
  • 結婚した&妻を追って海外に行く - ainameの日記

    少し前になりますが、同い年の女性と8/8に籍を入れて、強行スケジュールだけど9月頭に少人数呼んだ手作り風結婚パーティをして現在に至ります。 結婚はしたのですが、依然として渋谷で一人暮らしを続けてます。は一人で海外へ行き自分もしばらくしたら海外に行きます。 周りに「結婚した」と報告しようとすると色々説明していくのが大変なので、その辺の経緯をまとめます。 一人暮らし?一人で海外? 自分は、去年引っ越したまま今も渋谷で一人暮らししています。なのでちゃんとした同棲生活はしておらず、は8月に前職を退職し、9月末からイギリスに行ってしまいました。 イギリス? 留学を視野に入れていたようですが、6年半働いた会社を辞めて一人でイギリスの田舎の方にインターンしに行きました。異常にアクティブだと思う。 いつまで? イギリスの後にチェコでインターンするそうで、少なくとも来年4月ぐらいまでは日にいないことに

    結婚した&妻を追って海外に行く - ainameの日記
  • 2歳の息子に初カメラを買ってあげてからの上達っぷりを見て欲しい - 光景ワレズANNEX

    息子が2歳半になる頃に、デジカメを買ってあげてみた。 アプリやYouTube用にiPodは買い与えていてそれで写真も撮ってはいたが、単機能のデジカメは初めて。 ニコンのCOOLPIX S33という機種だ。 防水防塵、そこそこ耐衝撃で、操作はシンプルでキッズモードも搭載、かつ1万円前後とそれほど高くもない、ということで子供向けに定評のあるシリーズだ。ヘタなコンデジの防水ケースより安いじゃないか、と思ってこれにした。 早速興味津々の息子(2歳半)をiPhoneで撮る。 早速興味津々の息子(2歳半)をiPhoneで撮るおっさん(36歳)を撮られた。巧いじゃないかキミ。 ……しかしこれはまぐれ当たりというか、思いも寄らない欠点があった。それはシャッターボタンが堅すぎて2歳半の力と手の大きさでは押しにくそうだったこと。この辺はやはりスマホに分があるのだが、スマホのカメラと単機能のカメラではまた心構え

    2歳の息子に初カメラを買ってあげてからの上達っぷりを見て欲しい - 光景ワレズANNEX
  • 僕が妻に隠している7つのこと

    忘れもしない2011年の10月15日は土曜日だった。 金夜から飲みに行き、そのまま友人の家に泊まった翌朝、中々起きない友人をそのままにコッソリと家を出た。 二日酔いの頭を抱えながら、最寄り駅まで数分の距離を歩いていた僕だが、途中で奇妙なものを目撃する。 (…お尻?) の額程の公園の、何故か端にあるベンチではなくド真ん中の地面の上に、 スカートがずり上がった状態のOL風の女性が、それはそれは綺麗な白いお尻を丸出し (正確にはパンティーがTバック状にい込んだ状態)でうつ伏せになっていた。 (やばいコレ。レイプ被害者だ…) 見なかったことにしようとも思ったが、とりあえず近くに行って見てみると 女性はイビキをかきながら爆睡していた。何度か声を掛け、肩を叩くも全く起きない。 それどころか「むぅーん」と唸りながら手を払いのける始末。 いずれにせよ若い女性のケツ丸出しはマズいと思い、スカートに手を掛

    僕が妻に隠している7つのこと
    aknyonaka
    aknyonaka 2016/10/16
    しあわせのはなしだ
  • 宇多田ヒカルさんの「Fantôme」と、母のこと - kobeniの日記

    6年間の「人間活動」を終えて、戻ってきた宇多田ヒカルさんの新しいアルバム「Fantôme」を聴きました。私はもともと彼女の熱心なファン、というわけではないのですが、このアルバムに関しては、とても素晴らしいと思いましたし、強く心を揺さぶられました。 それは、「花束を君に」という曲だけでなく、他にも、明らかにお母様の死が影響を与えているなという曲があったためです。私は、2013年に母を亡くしており、曲のいくつかが「ほんとうによくわかる」と思いました。 もうひとつ共通点があり、母親の死と前後するようにお子さんが生まれていることです。母を看取る時に、私のお腹の中には次男がいました。宇多田さんは「SONGS」(NHKの歌番組、2016年9月放映)という番組で、「母の死後、もし子どもが産まれていなかったら、また歌おうという気になれなかったかもしれない」というような趣旨のことを言っていました。死と生の両

    宇多田ヒカルさんの「Fantôme」と、母のこと - kobeniの日記
  • わたしと親のはなし

    金銭面では全く困っていなかった。我慢というのをしたことがなかった。多少高価なものでも結局は買ってもらえていた。父も母も35を過ぎてようやく出来た一人娘だったからかわたしには当に甘かったし、特に父は毎日わたしを膝の上に乗せて「〇〇ちゃんは父さんの宝物ー♪」と揺らしながら変な節をつけてよく歌っていた覚えがある。母は専業主婦で小学校から帰るといつも家にいて手作りのおやつで出迎えていた。漫画みたいな家である。わたしもわたしで今考えてみれば、宿題、明日の準備→習い事→夕、風呂→帰宅した父に今日の出来事報告→21時就寝 (テレビはニュースと教育系のみ、ジャンクフードは禁止)これを小学校1〜6年の間、むしろすすんでやっていた。小学校の勉強は簡単でつまらなかったので、図書館に篭って赤川次郎を読破したり隣の市の英会話教室に通ったり中学受験組に混ざって論理的思考系の問題を嬉々として解いていた。この頃が多分

    わたしと親のはなし
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