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ブックマーク / kasasora.hatenablog.com (39)

  • かわいいを作れない - 傘をひらいて、空を

    彼女は美容師である。都心の、美容室とギャラリーとファッションブランドが延々と並ぶ街で働いている。彼女のキャリアは結構なものだし、料金も高めなので、主なお客は二十代半ばから三十代の、美容に関心の高い女性だ。キュートなスタイルが得意で、美容室の口コミには「かわいくしてもらった」「大人かわいく」といった文言が並ぶ。 かわいさは絶対、引き出せます、と彼女は言う。わたしは、とにかくその方のお話さえ伺えれば、かわいくできる自信あるんで、いや、綺麗とかでもいいですけど、ええ、言ってることわかりますよね、うん、かわいいは作れる。 かわいくできなかった人はいないのかって?あっはっは、いー質問ですねー、うん、ゼロではないっすね。お話さえ伺えればって、さっき言ったでしょ、あのね、世の中には、聞いても聞いても「かわいい」の中身が出てこない方がいらっしゃいます。特定のお客さまの噂話はしない主義なんで、今からする話は

    かわいいを作れない - 傘をひらいて、空を
    daisukebe
    daisukebe 2018/10/23
    “あのね、「とにかくあなたに合わせます」という人は、誰にも合わないんですよ”
  • あなたが憎くはないけれど - 傘をひらいて、空を

    この世には暗黙の了解とされることがたくさんある。彼女はそのルールをこまかく読むことのできる人間である。職においては短いスパンで客先に常駐し、大量の聞き取り調査を実施し、その場その場の暗黙のルールを察知する。暗黙のルールはだいたいの場合、職場を腐らせて生産効率を下げているものなの、と彼女は言う。 彼女は柔和な印象を与える小柄な女性で、年相応の落ち着いた口調ながら声はややハイトーン、いつもにこやかだ。服装、化粧、表情、すべての要素にそつがない。全身から「自分は脅威を与えない」という空気を発している感じがする。私は彼女を企業忍者と呼んでいる。忍者は企業に雇われて現場に入る。忍者はわずかな期間で人々の不満を聞き取り、組織図にない上下関係や表沙汰にされていない軋轢を察知する。そうして「空気を読まない」業務フロー改善案を提出し、それに見合ったフィーを受け取って、去る。 おっかねえ女、と私が言うと、怖い

    あなたが憎くはないけれど - 傘をひらいて、空を
    daisukebe
    daisukebe 2018/10/23
    “怖いのは暗黙の了解に乗っかっている人間の意識のほう、と彼女は言う”
  • いいから主語を拾ってこい - 傘をひらいて、空を

    好きなんじゃないかと思うんですよ。 隣のテーブルの男の声を拾い、私はぱっと耳をそばだてる。私はあまり耳がよくないんだけれど、隣のテーブルの会話を拾う能力はやけに高い。下世話なのだ。覗き趣味があるのだ。独裁者になったらすべての人にできるだけ自由な生活をしてもらってそのようすを延々と観たり会話を子細に聞いたりしたい。 男の向かいに座った女が緊張と苦笑をふくんだ声でこたえる。そのようです。認めざるをえません。 誤解だ、と私は思う。あなたがたは主語というものを何と心得るのか。主語がないとろくなことにならない。男のせりふはどう聞いても「わたしはあなたのことを好きなんじゃないかと思うんですよ」という意味だ。そして女のせりふは「(あなたが指摘したように)わたしはあなたのことを好きであるようだと認めざるをえません」だ。会話がぜんぜん噛み合っていない。 彼らは自分の恋心とか下心とか、なんでもいいんだけど、自

    いいから主語を拾ってこい - 傘をひらいて、空を
    daisukebe
    daisukebe 2018/06/01
  • ときちゃんの死なない工夫 - 傘をひらいて、空を

    ときちゃんはこのあいだ四十三歳になった。一年九ヶ月の無職期間を経て派遣社員として働いている。長々と休もうが満期を待たず辞めようが次の仕事があるのはときちゃんにそれなりの能力があるからで、ときちゃんはそのことをうっすらと自覚している。でもそれがずっと可能とは思わない。ときちゃんは世界のほとんどすべてのものが怖いし、良くしてくれる派遣会社だってその例外ではない。 ときちゃんは時折だめになる。今回の無職期間は最大の長さでだめだった。ときちゃんは仕事をしたくないのではない。ときちゃんはただ世界が恐ろしく、足がすくんで動けなくなるのだ。 ときちゃんの生活は質素だ。スーパーマーケットで旬の野菜と半額シールのついた肉を買い、豆腐や納豆や季節の魚を買い、一口しかないコンロで素朴な美味しいごはんを作る。服やはこぎれいだけれど、ぜんぶファストファッションのセール品で、それを長く使う。の数は三足で、歩けると

    ときちゃんの死なない工夫 - 傘をひらいて、空を
    daisukebe
    daisukebe 2018/05/19
    “ときちゃんはなかなかメールの返信を出さない。... ときちゃんは自分の感情や意見が文字で固定されて相手に届いて取り消せなくなるのが怖い”
  • さみしいってちゃんと言え - 傘をひらいて、空を

    べっとりと貼りつくような声に受話器を遠ざける。思わず顔をしかめて、胸が悪くなるような嫌悪感を自覚した。どうしてこんなに強い嫌悪感があるのか、電話対応をしながら自分の中を探った。不愉快で強い感情はしっかりとモニタリングしたほうがいいと私は考えている。打ち消すのではなくて、見ないふりをするのではなくて。 部下が急病で入院したということで、同居している母親から電話がかかってきた。社員の病欠時、家族から会社に電話してもらうのはいっこうにかまわない。まったく問題ない。でも詳細な病状を教えてもらう必要はない。倒れる前のようすから現在の症状の詳細まで身体の具体的な描写を織り交ぜて話す必要はない。それは部下人のプライバシーであって、親御さんが勝手に私に話していいことじゃない。そう思う。 私は通常の電話ではしない強引なタイミングで話に割り込み、詳細を話す必要はないこと、社内で必要な連絡はしておくことを伝え

    さみしいってちゃんと言え - 傘をひらいて、空を
    daisukebe
    daisukebe 2018/02/15
    “そうじゃなくて、隙あらばもたれかかろうとする雑さが、私は気持ち悪いんだ”
  • マンガ読んで寝てろ - 傘をひらいて、空を

    お金の知識がないのは現代社会の大人として恥ずかしい。他人にそう言われて、ほほう、と思って、少しを読んだ。そういう話をしたら、ふーん、と友人は言った。この女はどこの株を買ってどこの株を売ったら儲かるかというようなことを始終考えていて、余所の人にこれを買えあれを買えと勧める仕事をしているのである。他人を出し抜くと儲かるのでとても楽しいと言う。放っておくとずっとお金の話をしている。そんな人間を相手にお金に関する不勉強を開示するのは恥ずかしいような気もするけれど、私は彼女を数字の亡者だと思っているし(お金の亡者ではない)、彼女のほうは暇さえあればごろごろして小説やマンガを読んでいる私を生産性のないろくでなしと呼んでいる。価値観の相違は既に明らかであり、私たちの関係に悪影響を及ぼすことはない。私は率直なところを告げる。お金の勉強、超つまらなかった。もうやらなくていいよね。 やらなくてよろしい。彼女

    マンガ読んで寝てろ - 傘をひらいて、空を
    daisukebe
    daisukebe 2017/11/26
  • 自己決定しないためなら何でもする系 - 傘をひらいて、空を

    部下がヤバイ。まじヤバイ。何がヤバイってホウレンソウがすごい。 同僚が、自分は管理職に向いていないかもしれない、と暗い顔で言うので、とりあえず話を聞いた。やばいのはきみの語彙だ、まず、やばさの内実はプラスかマイナスか。私が尋ねると、意味するところはマイナス、すなわち「上司である自分に対する報告・連絡・相談が多すぎて危機感をおぼえる」ということらしかった。 いいじゃん、と私はこたえる。うちのチームでは進捗確認と問題の共有をルーティン化してるよ、部下が勝手にやってくれるならこっちはラクじゃん。そのように煽ると彼は大きくかぶりを振り、「ヤバイ」の内実を言語化してくれた。 彼の問題視する部下は非常に素直でまじめで、何ごとにも前向きに取り組み、入社一年半を迎えようとする現在も緊張感をうしなわない。それだけ聞くと良いことのようにも思えるが、誰が相手であっても、聞き流す、反発するといった態度はあってしか

    自己決定しないためなら何でもする系 - 傘をひらいて、空を
    daisukebe
    daisukebe 2017/09/16
    "「普通」っていうのはたいそう恣意的なものだから、私たちはその言葉を捨てて他者を見なければならないと思うよ。ヴァー、ってなるけど"
  • 結婚の損得 - 傘をひらいて、空を

    お母さん、どうしてお父さんと結婚したの。上の子が訊くので、わたしはつくづくと彼女の顔を見た。どちらかというと現実的で早熟な子だと思っていたけれども、まだ十五ではあるのだから、結婚の動機は取り繕ってあげたほうがいいのかな、と思った。つまり、愛していたからだ、とか、そういうふうに。 でもやめた。彼女はわたしの子である。今年で十五である。クリスマスに白いおひげのサンタクロースがうちに来たのではないと認めてから十年ちかく経っている。嘘をつくことを、わたしはあまりしない。めんどくさいからだ。嘘をついたらその嘘について覚えていて、整合性のとれた発言を心がけなければならない。そんなのめんどくさい。たしか芥川に「彼女は特別に嘘が上手かった。なにしろ今までついた嘘をひとつ残らず覚えているのである」という一節があって、なんというマメな女かと感心した覚えがある。 そんなわけでわたしは率直に、あなたを妊娠したから

    結婚の損得 - 傘をひらいて、空を
    daisukebe
    daisukebe 2017/07/18
    "そんなのを傷にするのはまちがっているけれども、まちがっているからといって修正してもらえるものでもない"
  • 世界を見るための窓(無料) - 傘をひらいて、空を

    ちょっと、あんた、最近つきあい悪いわよ。そうよそうよ。同僚がふたり寄ってきて、言う。それから笑う。彼らは私の親しい同僚で、三人で、あるいはそれ以上で、ときどき事をともにする。 現代の、少なくとも中年以下の女性がほとんど話すことのない人工的な女ことばを、彼らはときどき使う。たとえば、ストレートに告げるとちょっと重く聞こえそうなことを言いたいときなんかに。彼らのうちひとりは男性でひとりは女性、性別と外見以外はよく似ている。人なつこくフットワークが軽い。合理主義で現実的。人を見限るときにはその判断に時間をかけず、早々に切り捨ててしまう。それぞれが社外に配偶者とひとりの子を持っている。料理が好きで掃除は嫌い、寒さに強く暑さに弱い。 仕事帰りに彼らと合流する。彼らのうちのひとりが尋ねる。ねえ、なんで、ときどきオネエ口調になるの、今日この人を誘ったときみたいに。ひとりがこたえる。ふだんの俺じゃない人

    世界を見るための窓(無料) - 傘をひらいて、空を
    daisukebe
    daisukebe 2017/06/18
    “退屈はよくない。とくに心が退屈なのはよくない”
  • 美しいものはいつでも遠い - 傘をひらいて、空を

    梅雨だからといって四六時中雨が降っているのではない。今は雨が洗い流したあとに陽の差している美しい午前で、窓の外のごみごみした風景でさえ、内側から発光しているように見える。目の前の景色なのに遠いところのように見える。美しいものはなぜだか遠くにあるように感じられる。すぐに落とすから、化粧は日焼け止め程度にする。ヒールのないサンダルを履く。 自宅を出る。はす向かいの建物の外階段に青年がふたり座っている。今日は平日だけれど、言うまでもなく、平日に働いている人間ばかりでこの世ができているのではない。青年たちは飲みものを片手に笑顔で語らっている。彼らの視界にわたしが入る。彼らはちょっと首をのばしてわたしを見る。わたしは軽く会釈する。ひとりが会釈をかえす。はす向かいの建物はタイル張りも愛らしい古い個人住宅で、しばらく人の気配がなかった。新しい住民が入ったのだろう。わたしは歩く。角を曲がるとにぎやかな外国

    美しいものはいつでも遠い - 傘をひらいて、空を
    daisukebe
    daisukebe 2017/06/18
  • 彼女の失敗した結婚 - 傘をひらいて、空を

    わたしの結婚はねえ、と彼女は言った。失敗だったわよ。なくてもよかったものだったのよ。仕事だってそう。わたしはちょっと美容院をやって景気のいいときに土地を転がしただけよ。かれはかれにしかできない仕事をしたから、わたしよりはましね、でもたいして変わらない。 彼女はそのように言う。そのように言う人がもしも中年以下であれば、私は返答を検討せざるを得ないし、どうかすると不快に感じたかもしれない。けれども彼女は七十で、ひどく陽気で安定していて、だから私は、そうですかと軽く頷くことができるのだった。どのような反応をしても、それが正直なものであれば、彼女が気を悪くすることはない。隠蔽と追唱を彼女は憎み、その気配を敏感に嗅ぎつける。 彼女は背筋の伸びた、顔の小さい元バレーボール選手で、染めていない髪をいつ会っても同じ軽くカールしたショートカットに整え、三十歳年下の私と同じだけの事をぺろりと平らげる。容赦な

    彼女の失敗した結婚 - 傘をひらいて、空を
    daisukebe
    daisukebe 2017/03/15
    "なにかこう、すてきな名前をつけましょう。たとえば外国のお菓子みたいな名前を"
  • 被差別売ります - 傘をひらいて、空を

    もてるよねえと女たちは言う。可愛いものねえと私も言う。そんなことないですよおと彼女はこたえる。その回答はありふれているのにとても愛らしく、ちょうどいいタイミングで、ちょうどいい視線とともに発せられる。私は感心して、それから、言う。ねえ、もう会社辞めるんだし、いま利害関係のある人は残っていないでしょう。もてる秘訣でも教えて頂戴よ。なにしろ今日は女子送別会。あなたが女性ばかりで行きたいと言ったときにはちょっとびっくりしたけど、まあ、わかるよ、あなたはもてるから、退職ともなると男どもがいつにもましてうるさくて、そしてあなたがうるさくしてほしい人はうちの会社にはもういないってことだよね。 彼女はうふふと笑う。ワイン、もう一、ボトルで取っちゃおうか、と私はけしかける。いいですよ、私は先輩だから、リストのこのあたりまでならご馳走できますよ。彼女は絶妙なタイミングで顔の前に手をあげてそれを動かし、否定

    被差別売ります - 傘をひらいて、空を
    daisukebe
    daisukebe 2016/11/21
  • 頭のなかの寄生虫 - 傘をひらいて、空を

    おめでたー?ね、そうでしょ、おなかちょっと大きくなってきたわね?はじめは辛いわよねー。気をつけなきゃいけないことも多いし! テーブルをはさんで対面している取引先から裏返った声が浴びせられて私はとっさに当たり障りのない表情をつくる。いいえ、と言おうとして彼女の視線が私から逸れていることに気づく。取引先の女性は私の隣の同僚をまっすぐに見ていた。同僚はほほえみ、取引先がまくしたてるせりふの息継ぎを狙ったように、いえ、と言った。妊娠していません。声がかぶせられる。わたしそういうのわかっちゃうんです、よく不思議がられるんですけど、見ればわかるっていうか、みんながわからないのがわからないって感じで。 取引先の担当は今の今まで、仕事について少々の無茶を言うことはあっても、それほどおかしな人物ではなかった。仕事中、唐突に、ひゅっと化け物があらわれたように感じられた。ゲームの画面でお化けが出てくるみたいに。

    頭のなかの寄生虫 - 傘をひらいて、空を
    daisukebe
    daisukebe 2016/11/06
    "悪意がないんじゃない。おそらく、抑圧されて、本人にも把握されていない悪意がある"
  • 手札を並べよ - 傘をひらいて、空を

    なあ、焼豚。その場に集まっていた友人のひとりが言った。学生が「起業するから大学を辞めます、起業の内容はこれから考えます」って言ったら、どう回答する?つまり、教授として。教授じゃない、と焼豚は応えた。准教授。 焼豚というのはもちろんあだ名だ。この場にいるのはみな中学校の友人で、全員がそのころから彼を焼豚と呼んでいる。やきぶたともチャーシューとも読む。彼は質問した友人を見て、きみの息子じゃないよな、まだ小学生だもんな、じゃあ親戚かなんかの子か、と確認し、それから、平坦な声で宣言した。 そういう若者には、外野がとやかく言ったって意味はない。親戚でも親でも教師でもだめ。親はまあ、かじられるスネを提供している場合には経済力でもって若者の行動に影響できるかもしれないけど、内心を変えさせることはできない。十八を過ぎてそんな状態だったら、人が自分で気づくのを待つしかないんだ。僕はそう思う。 冷たい、と別

    手札を並べよ - 傘をひらいて、空を
    daisukebe
    daisukebe 2016/10/09
  • 「普通」審判への異議申し立て - 傘をひらいて、空を

    マキノさんのとこは女子が優秀だよね。あー、成果出てますよね。やっぱりリーダーが女の人だとやりやすいのか。うちの会社もね、もっと増えるといいですよね、あとに続いてくれると、うん。ええ、たしかに。ねえ。あとは彼、ほら、二年目の。山田くんか。そうそう、彼、伸びますよ、あれは期待できる。 右も左も管理職ばかりで、全員が男だ。そういう場で私はおおむね、あいまいな顔をしてだまっている。よぶんなことは言わない。管理職会議ではしょっちゅう「女の人の意見も聞かないと」と言われて、いくら少数派だからって女の代表で会議に参加してるんじゃないや、と内心で愚痴をいって、でもそれくらいは許容しよう、と思う。思って、でも、居心地がいいわけでもないから、あと少なくとも一年は基姿勢「伏せ」でようすをみるつもりでいる。そんななかで必要な発言ができるよう、できるかぎり根回ししている。いろんな場を使って心情的な味方をつくってい

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    daisukebe
    daisukebe 2016/06/02
  • 泣き虫、けむし - 傘をひらいて、空を

    いつも笑われていた。だから物心ついたときには、隠すことに力をそそいだ。誰にも見られないところで、ひとりきりで、這いつくばって手早く済ませる。僕は早くから、そうしなければならないことを知っていた。嘲笑の要因をなくすことはできなくても、隠す技術を向上させることはできた。 みっともないところは見せないにかぎる。それが社会性というものだし、コミュニケーション能力というものだ。 だから僕は「それ」が来たらできるだけ人目に触れないように動いた。人目につかない場所を探すことばかり上手になった。 手洗いは意外とプライバシーに欠ける。少なくとも男子小中学生には。それよりも隙間がいい。空き教室の教卓の下。理科準備室の丸められた地図の陰。体育館の舞台の下。体育館はすごくいいけど、中に人がいれば入れない。たいていは放課後まで人がいる。そのときには体育館裏と隣の校舎とのあいだが次善策だ。 数年かけて偽装と逃亡の術が

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    daisukebe
    daisukebe 2016/05/04
  • 寄付への欲望 - 傘をひらいて、空を

    個人が個人にカネをやるのは精神的に負担が大きい。もらうほうにとってもあげるほうにとっても、なかなか危険なおこないだと思う。そう、あげるほうにとっても、実は負荷のあることだよ。自己評価が下がることもある。え?うん、まあね、あるよ。生きてれば人にカネをやりたくなることくらい、あるじゃん。たいしたカネじゃないけどさ。 でも寄付ならだいじょうぶ。寄付って、人にカネをやりたい衝動をきれいに濾過する装置として整えられてるんじゃないかと思う。相手をどうこうしようという気がなくても、大人になって今日明日のごはんの心配がなくなると、世界にカネを還元したくなるんだよ。そんな桁外れに稼いでいなくても。 考えてみればおかしなことだよね。わたし、博愛精神を持つ立派な人間じゃないのに。あなたは知ってるよね、わたしがわりとろくでもない人間だってこと。昔から、やさしい人間なんかじゃなかった。今だって、ふだんは自分と自分の

    寄付への欲望 - 傘をひらいて、空を
    daisukebe
    daisukebe 2016/05/04
    "毎日びっくりしてたら疲れるから、当たり前ですよねって顔してるけど"
  • 人にカネをやるとはどのようなことか - 傘をひらいて、空を

    彼はたいそう軽蔑したまなざしで私を見下ろし、キモ、とつぶやき、それから、やるの、と訊いた。エサ、やるの。私は先ほどから地面にかがみこみ、でれでれとをなで、気味の悪いことばづかいで話しかけている。そのようすがキモいことはまったく否定しない。 は三頭いる。二頭は気が向かないと私のところには来てくれない。一頭は顔見知りであればたいていの人に愛想がよい。たちは町工場のガレージで飼われていて、車の通らない細い道と、その道をはさんだ向かいの神社までが行動半径だ。工場のあるじと顔見知りであればをかまってもよい。私をふくむ近所の人間はなんとなくそう思っている。 エサはやらない、と私はこたえる。飼い主が与えているし、だいいち、動物にエサをやるというのはよほどのことだよ。私はそう思う。人にお金をあげるのと同じだ。ちょっとかまってほしいからって、ほいほいあげるものじゃない。ほいほいあげる人もいるとは思う

    人にカネをやるとはどのようなことか - 傘をひらいて、空を
    daisukebe
    daisukebe 2016/04/23
  • ストレスなんかありません - 傘をひらいて、空を

    マキノさんはのんきでいいねえ。ストレスなんか、ないんでしょ。 ありませんねえ、と私はこたえる。表情のバリエーションというのはこまやかな感情や感覚のやりとりに用いるためにあるので、この手の相手には三種類しか要らない。笑顔のようななにか、無表情に近いなにか、あからさまな不愉快面。最初のひとつで九割を済ませ、警告として稀に二番目を用い、それでも理解しない場合はからだごと引きながら三番目を用いる。 ストレスという語はよくも悪しくも心的な刺激を指すのであって、はたから見ても喜ばしいこと、人も喜んでいることだって、ストレスにはなる。「ストレスがない」人間なんか、いない。いたら死んでいる。好ましくない負荷という意味にとったとしても、ない者はいない。生きているだけでけっこうたいへんなのだし、そのうえ職場で「ストレスないでしょ」などと訊く愚か者もいるのだ。それだけで反証は終了する。 ナイデスネーとこたえて

    ストレスなんかありません - 傘をひらいて、空を
    daisukebe
    daisukebe 2015/10/11
  • 働いているだけで背後から石を投げられる話 - 傘をひらいて、空を

    だからさあ槙野さんみたいな人は俺の嫁さんみたいな人に感謝してほしいわけよ。突然の大声に視線を向けるとすこし離れた席に私の嫌いな同僚がいて私の嫌いな笑いを笑っていた。この人と話をすると不愉快になると入社当初から思っていた。幸いなことにふだんの仕事で直接やりとりすることはごく少なく、あっても事務的なやりとりだけですむ。 私は情熱的に人を憎むことがあるが、それは戦うべき何らかの理由があるとき、あるいは嫉妬などがあるときだ。彼はその対象ではなく、ただいると不愉快なのでいないほうがいいと、そう感じている相手だった。そういう相手とは同じフロアに勤めていてもなぜだかあんまりすれ違わない気がする。そう言ったら昔、そりゃあ脳みそがよぶんなものを認識しなくていいようになにか処理しているんだ、と言われたことがある。私の脳にはそんなに便利な機能がついているのかなあと思った覚えがある。そんなだから今日も、その人がそ

    働いているだけで背後から石を投げられる話 - 傘をひらいて、空を
    daisukebe
    daisukebe 2015/06/14
    "ねえ先輩、ああいうのだけ選別して焼き払う炎を誰か偉い人が発明してくれないかなあ"