カメキチの目 実生活が単調で、動くことがきわめて少なく、ナマコ然としています。 ずっとナマコでいたいのですが、「銃剣道」も「教育勅語」もあり、おだやかではおれません。 「銃剣道」「教育勅語」 誰が何のために、こんな、今まで持ち出されなかったようなものを出してきたのでしょう? 初めから横道にそれ、すみません。 ブログを始め、狭いせまい自分の世界が広がった。 なかに、生物のことを書かれている方がいる。その方のおかげで、「生物」について知りたいと思うようになった(「少年シニア」さん、ありがとうございます)。 『強い者は生き残れない』という本を読んだ。 「きっと題名にひかれたんだろう」と想われたでしょうが、そのとおりです。 著者は吉村仁という生物学者。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー また本題から少しはなれますが、前置きとしてお聞きください。 私の10代の終わりころ、ベトナム戦争が
心が弱い人と強い人のちがい ある人が自殺したときに、「そんなことで死ぬなんて」と言う人がいます。 Aさんには「そんなこと」でも、Bさんには同じことが死ぬほど苦しい場合があります。 たとえば、身長148cmのきゃしゃな人と、身長190cmの筋骨隆々な人がいるとします。 どちらが肉体作業に向いていないかは一目で分かるでしょう。 そんなふうに、心が弱い人と強い人のちがいが一目で分かるといいなと思い、それぞれの心の許容量を入れ物にたとえてみました。 心が弱い人は、口は大きいのに容量は小さい、不安定な入れ物です。 同じ量の雨(つらいこと)が降っていても、心の弱い人の入口(感受性)は広いため、雨がいっぱい入ってきます。 なのに、容器(心の許容量)は小さいため、すぐにあふれてしまいます。 また、同じ量の雨でも、一つ一つの雨つぶ(つらい事実)の受けとめ方も、弱い人と強い人ではちがいます。 たとえば、「家族
時間がない人のためのまとめ 二足直立歩行の適応によって手が解放された人間にとって、道具は人体の感覚器官や運動器官の延長であり、拡張であった。「はかる」行為も同様であり、その道具は、まずもって人体寸法を基準に創りだされた。 古代オリエントにおける長さの基礎はひじの長さに始まるキュビト(約50cm)で、のちにイギリスのキュービット cubitに引き継がれ、またその2倍に相当する単位(イギリスのエル ell、ドイツのエルレElle など)やさらに2倍に相当する単位(イギリスのファゾム fathom、ドイツのクラフテル Klafter、フランスのブラッス brasse など)をもたらした。 他にも、4本の指を並べた幅(日本のつか、イギリスのパーム palm)、親指の幅(中国の寸、ドイツのダウメン Daumen、オランダのドイムduim )、人差指または中指の幅(イギリスのディジット digit、フ
第七巻 <P-005> 致命的な傷を負いながらも、あくまで冷笑的なナムリス。 そこからは生に対する執着も、現世に対する未練も、まるで感じられない。 彼は大切なものを何一つ持っていない人間なのだ。 <P-007> ガンシップを撃ち落そうするも、ナウシカに止められ、とっさにビームを外すオーマ。 「ビームを曲げる」という荒業は、日本のマンガ史においても、他に「コブラのサイコガン」くらいしか例がない。 それにしても(おそらくクロトワだろうが)、この状況で「ウヒャア」という叫び声はいかがなものだろう。 <P-011> 巨神兵を「わたしの子」と呼ぶナウシカ。 自分が解き放ち、自分にしか従わないのだから、自分が責任を持たなければならないと考えるのは、しごく自然なことだ。 < 同 > シュワの墓所に行き、扉を閉めると宣言するナウシカ。 墓所が世界の歪みの根源であると考えている事がわかる。 <P-013>
無知:たのもう、たのもう! 親父:あいつ、このところ来過ぎだろう。家の前で大声出すな。裏へ回れ。今日はなんの用だ? 無知:今日は一年の計を立ててきました。 親父:もう2月半ばだぞ。 無知:今年こそ、英語をものにしたいんです。なんとかしてください。 親父:死ね。 無知:いくらなんでも、あんまりです。 親父:こっちのセリフだ。 お前が欲しいのは、食えば話すのも聞くのも不自由なくなる、ひみつ道具か? そんなものがあるなら、世の語学教師は残らず失業だろう。 無知:大丈夫です、秘密にしておきますから。 親父:世界を出し抜ける秘密がお前なんかのためにまだ残されてると本気で信じているなら、何も言うことはない。有料メルマガに登録しろ、情報商材を買え、そしてカモになれ。 無知:待ってください。努力する気はありますが、やり方が分からないんです。 親父:では、最も大切なことを言ってやろう。まず始めろ、あとはやり
カラオケ上達法に関する記事はネット上にたくさんありますが、これは違うんじゃないかという情報や、誤解を招く情報などが意外と多いと感じます。私自身、かつてそれでかなり混乱してしまいました。 私(男性)は昔、簡単な童謡ですらまともに歌えないほど下手でしたが、今はEXILE・Greeeen・ミスチル・B'z・ポルノグラフィティ・ゆず・コブクロなど、大体の歌が原キーで歌えるようになりました。その過程を思い返すと、これだけは絶対押さえるべきというコツや知識があるので、今回の記事でそれをまとめたいと思います。 即効果の出る内容も多いです。カラオケの上達を目指す方に、何か少しでも参考になれば幸いです。 発声のコツ カラオケの上達を目指すうえで、まず一番最初に確認しておきたいのは発声の仕方です。歌は発声の仕方が間違っていると終わりです。高音が出ず、声量も出ず、音程も狂います。逆に歌い方が正しいと、ある程度ま
4月の新刊、ドワンゴ社長の川上量生さん『コンテンツの秘密』。何かとコンテンツコンテンツいう時代なので、コンテンツこれは必読コンテンツなのではないかと思う。大変参コンテ・・・いや参考になったのでメモ代わりに要約コンテンツを残す。ひたすらコンテンツ・・・コンテンツ・・・です。 「スタジオ・ジブリプロデューサー見習い卒論」と言うとおり、論文のような形で構成されており論理が明快。序章にあたる「はじめに」では次の問題提起がなされ、それに答える形で本論が展開される。 ・コンテンツとは何か ・クリエイターとは何か ・理論型と直感型、それぞれコンテンツの作り方にどんな違いがあるか ・コンテンツが受け入れられる、または受け入れられない要因は何か ・天才とは何か スタジオ・ジブリ内の体験が豊富に語られているので、監督の宮崎駿さん、高畑勲さん、プロデューサーの鈴木敏夫さんの話がよく引用されるのが本書の特徴。 第
10年後のWEB業界はどうなっているだろう? その問いに明確な答えを出せる人なんて存在しない。でも、ビジョンを築き、そこに向かい前進することはできる。この世界で関西の雄として知られるワン・トゥー・テン・デザインは、いま京都・東京の両拠点で活躍し、サイト制作から遊園地向けアトラクションまで手がける「インタラクティブスタジオ」だ。そんな彼らがさらなる飛躍を目指して決めた、創業14年目のいくつかの変革。同社のキーパーソンふたりに話しを伺うと、ものづくりに対する並々ならぬ情熱はもちろん、10年後のこの世界を見据えた「未来」が浮き彫りになってきた。 (取材・文:内田伸一 撮影:菱沼勇夫) プロダクションは「スタジオ」へ進化していくべき。 ワン・トゥー・テン・デザイン(以下、1-10)は1997年、代表・澤邊芳明さんが学生時代に京都のアパートの一室で開業し、やがて全国区へとその活躍の場を広げていった。
人間とは何か?からサービスを考える 「今回僕が紹介するのは“人間とは何か?からサービスを考える”という点です。Webサービスをつくる会社をやっていて最近思うのは、アメリカの後追いをしても、ユーザーはついてこないということです。例えば『アメリカでこういうサービスがはやっている』、『こういうアイデアがある』という情報は面白いのですが、それをまねしていても仕方がないわけです。『Pinterestがはやったから、それっぽいサイトの日本語版をつくる』というのもひとつの戦略ではありますが、今では、『それならPinterestを使う方がいいじゃん』となってしまう時代です。 特に、昔と違い英語が分からなくてもサービスが使えるようになっているものが増えてきているので、もはや日本語という壁に守られたサービス企画は成り立たないんじゃないかと思っています。そこで、“人間とは何か?”といった本質的なものを学んだ方が
ある時は会社員、ある時は研究者、ある時は映像作家。異色のクリエイターである菅俊一氏が次のキャリアに選んだのは、「教育者」の道だった。その歩みを追うことで見えてきた表現者としての思い、そして「世界との向き合い方」とは? 会社員、研究者、映像作家、そして教育者へ。 知育玩具メーカーに勤務しながら、映像作家/研究者として活動を続ける菅(すげ)俊一氏。NHK Eテレ「2355/0655」ID映像、modernfart.jpでの連載「AA’=BB’」、DOTPLACEでの連載「まなざし」、著書「差分」(共著・美術出版社)など、幅広い分野で活躍するクリエイターだ。 そんな菅氏が2014年4月より、多摩美術大学に新設される美術学部統合デザイン学科の教員に就任する。就任予定教員は他に、深澤直人氏、永井一史氏、中村勇吾氏、佐野研二郎氏など錚々たる顔ぶれだ。 会社員、研究者、映像作家といった様々な顔を持つ彼が
今、東京都中央区の賃貸住宅に住んでいる。中央区歴8年その前は世田谷区に8年住んでいた。 子供3人と夫婦の5人家族。30代後半、中小企業の部長をしていて、共働き。 子供が増えたので、住宅問題が勃発し、60平米台の2LDKに肩を寄せ合うように住むことに限界を感じて近くのマンションを探し始めて、あちこち調べていて色々と思ったことを書いてみる。 1.ベイエリアのマンションを買ってるのはだれか? ベイエリアでもざっくり3エリアあり、八丁堀、新富町、築地、明石町、湊などの都市エリア。勝どき、晴海、月島、佃、豊洲(駅に近いエリア)などのメインベイエリア。豊洲(はずれの方)、有明、東雲、新豊洲などのネオベイエリアとしよう。 それぞれ住んでる人も、街の色彩も違うが、主に勝どき、晴海、月島、佃、豊洲の中心地の話をする。 このエリアはここ数年で恐ろしい程大規模タワーマンションが建っており、これからもっと立つ予定
これまでアートディレクションという言葉にはあまり馴染みがないまま人生の大半を過ごしてきたわたしですが、お悩みはよく分かります。かく言うわたしも同じ悩みを持ち続けてきた一人だからです。 わたしの場合はさる大学の工学部の出身ですが、製品開発部門を希望して応募し在学中に就職が内定したさる中規模企業では、わたしが趣味で書き溜めていたスケッチやレンダリングにむしろ目をつけたようでした。その企業はわたしにさるデザインスクールに併行入学するようにと勧めてくれ、学費を支給し入学手続までしてくれました。時代が、そして企業が優れたデザインを求めていたからでした。 つまり、これだけの経歴の付け焼刃デザイナーというわけです。ですが、入社後すぐデザインを任されたわけではありませんでした。大卒後はその企業の設計室に配属され、やがて営業所勤務に回され、製品とその製造販売についての知識を十分に得たのち、3年を経てやっとハ
「どうやって生きていけばいいだろう」と彼は言った。「学歴もなければ大した職歴もない、ぼくらのような人間はどうやって生き残ればいいだろう」 京都、三条河原町。最近できたばかりのつけ麺屋に、友人とたむろしていた。 麺大盛り根菜チャーハンセットを待ちながら彼は続けた。 「いまの時代、あらゆる仕事が機械に置き換えられていっている。一昔前なら、知的な労働は人間がやるしかなかった。どんなに単純な足し算、引き算だろうと、人間の手で計算するほうが早かった。だから、ぼくたちのような人間にも仕事があった……」 と、料理が運ばれてきて、彼はちょっとだけ口を閉じる。目をむくような量の炭水化物の塊がテーブルを埋めていく。 「……だけど、いまは違う」つぶやきながら、彼はわりばしを割る。「当たり前のことが当たり前にできるだけの人間なら、機械を使ったほうが安上がりだ。ぼくらのような人間の居場所は、どんどん無くなっている。
死にたくなるぐらいなら何々しろと言う人々へ。 上の増田のエントリとそのブコメを読んで、色々思ったこと。 私は、鬱病や精神破綻を起こしやすい人は、無意識に理想が高い傾向があると思う。もう少し正確に書くと、本人の認識している「普通レベル」が、実は一般的にはかなり高レベルで、その高レベルなことをしなければならないと思い込んでいるということだ。 だから、我侭というわけではなく、むしろその逆で、本人は頑張りすぎるほど頑張っているのだが、本人の認識では、自分は「普通レベル」に達することのできないダメ人間なんだと思い込んでいる。(ただし、その高い「普通レベル」を他人に押し付けると、他人をスポイルすることになり、我侭になってしまうが。) 私の場合は、気遣いと生真面目さについて、無意識に理想が高かった。『他人に対して気を遣って丁寧に接する母と、それができない私の話』で書いたように、家の外の人に対して気を遣い
地元の知り合いに人たらしのプロみたいな強面の社長さんがいた。風体はオールバックで髭を生やしがっちりしている。一見、一般人には見えない。 最近 SNS で見かけるような、インテリぶった貧弱そうな(男か女か分からないような)経営者ではない。背中に刃物を突き立てられても動じないような人で、事実開き直っていた。しかし何をやっても上手くいく強運な人だった。 最近連絡を取っていなかったが、その人に教えられた事を公開しようと思う。毒舌で失礼な文章なので気分を害しそうな人はスルーして下さい。 「飲み会不要」 付き合いが大切だと言う人間とは距離を置け。懇親会も出来るだけやんわりと断れ。人間関係は大切だが、賢い人間は皆が飲みに行く時間に不労所得を作る。 「成功者と失敗者の話しは聞くな」 すでに成功している人間や、うだつのあがらない人間の話はどうでも良い。それより頑張り屋さんに近づけ。実は頑張り屋さんに近づくと
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く