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大森靖子が語る、“自分自身”を歌うことと共感性への思い 「決めつけると細かい違いがなくなっちゃう」
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大森靖子が語る、“自分自身”を歌うことと共感性への思い 「決めつけると細かい違いがなくなっちゃう」
大森靖子は、楽曲に対して多くの人々から自己投影を受けてきたミュージシャンだ。しかし、大森靖子は細... 大森靖子は、楽曲に対して多くの人々から自己投影を受けてきたミュージシャンだ。しかし、大森靖子は細かな差異を無視した「共感」は危険だと語り続けてきた。「楽曲の主人公=大森靖子」でもなく、また聴き手の写し鏡のようでいて、必ずしもそうではない、という複雑な構造を大森靖子の楽曲は内包しているからだ。その大森靖子が、自分自身のことを歌うと宣言して制作したのが、メジャーで5枚目となるアルバム『Kintsugi』。2020年7月から毎月続けてきた『Kintsugi』の収録曲の先行配信も完了し、「カウンセリングみたい」と大森靖子が笑うこの月例インタビューも今回で最終回。『Kintsugi』を通して、大森靖子が歌った「自分」とは何だったのだろうか。(宗像明将) もう、密室に届けるしかない ーー『Kintsugi』は、世界に対する強烈な愛憎が渦巻いていて、聴き終えて心地良く疲れはてるぐらいでした。以前「日本人