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増田と福祉に関するkeanoのブックマーク (10)

  • 生活保護のケースワーカーやってるけどもう無理

    タイトルの通り。末端のケースワーカーやってるけど最悪。そろそろ異動かなってくらいにはやってる。年度末を控えてるけど、正直今年で終わりじゃなかったら辞めてると思う。 何が嫌かって言うと、命を預からされるところとやりがいがないところ。あと制度が古過ぎるのが目につくところ。そこに付随する様々なイライラ。 人を見下しちゃいけないって道徳で学ぶけど、一人一人寄り添って真面目に対応してると持たない。最初は真面目に話聞いてたけど、酷い目に遭うことも多かったし気持ちの面で負担感があった。今はナマポほとんどをクズだと思ってるし、人生の価値は年数とかじゃないなって思った。あいつらが80年生きてこっちがその半分にも満たなかろうが、間違いなくこっちの人生の方が総合的な価値も世間への貢献も上だと思う。 配属されたらいきなり担当させられて、あれこれ相談に乗ったり時には厳しく赤の他人の生活のお世話をさせられる。100は

    生活保護のケースワーカーやってるけどもう無理
  • 父親狂い始めてどうしていいかわからない

    父親、70代半ば。 定年してから家ですることないし何もしないし酒飲んでばっかり。 人との関わりもできないし社会と関わり持つようなこともなくて時々2階の自室から降りてきて、家族にあることないこと文句言う。 で、人もコミュ障なのかアスペなのかわかんないけど、酒飲んでなくても認識がおかしいところもあるし、何よりも怒る事くらいしかエンタメがないのか、過去の嫌だった事を1人で煮詰めて、それがグツグツしてペースト状のドロドロになった頃に人にぶつけたりする。 友達とかはいない。 一緒に遊びに行く友達の存在とかもほぼ居なかったと思う、聞いたことない。 すぐに人をこき下ろしたがるのでだれも仲良くしないと思う。 極端に、周りを見下すことでしか自分の優位性を保てないんだと思う。 テレビ見ても雑誌みても、フン、て偉そうに多分何も知らないのに間違っとるとか批評家気取りのズレたご高説を垂れるばかり。 聞いてる側も気

    父親狂い始めてどうしていいかわからない
  • お前らのホームレスの解像度をあげてやる!!

    ホームレス関連の投稿がバズっているので、ホームレス経験者の俺が思い出を語るぞ!! https://anond.hatelabo.jp/20221120222034 「ホームレス?今は福祉が充実しているから好きでやってるんじゃないの?」 「結局ドヤ(安宿)で寝れるからそんなにつらくないんじゃない?」 「実際気楽なんでしょ?」 という声を聞くので、全部答えるぞ!!! ではまず睡眠編!! ダンボールが快適なのはガチ。「家電製品に使われるダンボールは二重になっているからより快適」という情報が一部であるが、それはウソ。無尽蔵にあるダンボールを重ねれば良いだけなので、元から二重なのかどうかはほとんど関係がない。たまにペラペラのダンボールだと重ねても地面の冷たさが伝わってくるが、より重ねてダンボールのミルフィーユにすれば地面の冷たさは回避できる。逆に言うと地面の冷たさを回避できれば割と勝ち。毛布は配布し

    お前らのホームレスの解像度をあげてやる!!
  • ホームレスから復帰した

    しばらく前のことであるが、ホームレスになった。 IT企業で派遣社員のエンジニアとして働いていたが、パニック障害とを発症して働けなくなった。 仕事をしばらく休んでもどうにも治らず、会社を辞めることになった。 この頃の貯金額は42万円程度だったと思う。 働かないと生きていけないので、自分の体に鞭打って、会社を探してテスターとして採用された。 三ヶ月間の試用期間でクビになった。休み休みだったし、持ちの人を採用したくない気持ちはわかるので全く恨んでいない。 パニック障害で電車に乗ることも電話することもできなくなった。 テスターをクビになってからしばらく引きこもりのようなことをしていて、お金が尽きた。 電気ガスが止まり、水道が止まった。水道はライフラインだから最後まで残してくれた。 今は冷静に「金のことは金の問題でしかない」と思えるが、当時はそんなことに頭は回らず、残高は自分の残り寿命そのものだ

    ホームレスから復帰した
  • 車椅子になった

    30歳前半の男。春に事故に遭い現在は車椅子生活。リハビリを受けているが、以前と元通りって訳には行かない。車椅子なしの生活に戻れるか不明だし、そんなの待ってたら30代が終わりそう。そんな訳でこれからどうしようか考えている。 家族、加害者と親御さんの誠実な対応、保険会社のおかげでしばらく生活に困ることはないがずっとボケっとしてるわけには行かないし。車椅子の状態でも働ける職場はあるが前職は営業で特別なスキルもないため、どうしても周りに迷惑をかけながら給料をもらうお情け就労になってしまう。それは俺の性に合わない。 状況としては、目覚めた直後は視界も悪かったし簡単な計算も「…あれ?」って感じだったけど、幸いどちらも元通りになった。完全に感覚が無くなったわけではなく、トレーニングもしたので多目的トイレなら一人で入れるものもある。全力で支えに掴まれば、かろうじて数秒立てる。歩行は不可。両親は現在実家を風

    車椅子になった
  • 無職になる自由を行使する。生活保護でFIREする方法(実証済み)

    どうも、30歳無職職歴なし労働意欲なし中卒おじさんです。さっき役場に行って生活保護を申請してきました。2週間以内には何らかの結果が明らかになるはずです。 一般的には申請するまでに不当な引き留め工作など「水際作戦」が行われる場合があると言われており身構えていたが、私の場合は特に何もなく、事務的な手続きだけで終わった。その方法を紹介したい。 電話「○○市 生活保護」で検索して、電話をかけ次の点を伝えました。 (1)生活保護を受けたい (2)収入は長らく0で、貯金は少ない (3)憲法22条職業選択の自由および憲法25条生存権に基づき無職であるまま、健康で文化的な最低限度の生活を送る権利を持つはずであること (4)今現在は親の仕送りで暮らしており月1程度で連絡し関係も良好ではあるが、扶養照会については拒否する 最後の(3)(4)については説明が必要でしょう。(3)職業選択の自由は、実は無職になる自

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  • じゃあ大真面目に公共の福祉と表現の自由の話をするよ

    公共の福祉とは公共の福祉とは、原則として権利や利益同士が対立した時にそれを調整するためのものだ。 ここで問題になるのは『権利や利益同士』であることだ。決して権利を超えた❝公共の福祉❞があるわけではない。それでは結局、『権利を超えたものを理由にすればいくらでも人権を制約できる』ということになり、「日臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ」権利を有していた大日帝国憲法と何ら変わらないことになってしまう。 具体例~公共の福祉と表現の自由~表現・出版の自由が公共の福祉によって制約された例としては、『ジャニーズ追っかけマップ裁判』というのがある。 かつて出版社が『ジャニーズ追っかけマップ』という書籍を出しており、そこにはジャニーズのメンバーに会える場所としてスタジオなどの場所の他に自宅の最寄り駅、自宅の住所、電話番号といった個人情報が掲載されていた。 このことについてジャニーズのメンバーが『プライバシーの権利

    じゃあ大真面目に公共の福祉と表現の自由の話をするよ
  • 【下に追記あり】 増田さん、あなたの問題はおそらく老後にやってきます。 ..

    【下に追記あり】 増田さん、あなたの問題はおそらく老後にやってきます。 親の介護が終わり、自分の介護が必要になったとき、家族のサポートがない老人は困難が付きまといます。 まず、老人になった増田さんは身体的にも精神的にも老化が進み 現在当たり前にできることが、一人ではできなくなります。 自転車に乗れないので買い物に行けない。重いものが買えない。 車の運転なんてもってのほか。 20年後から30年後にある、新しい技術のネット通販的なものはやり方がわからない。 紙の生協を頼みたいけど文字が小さい、毎週頼む気力がない。 電球が切れたけど交換ができない。 洗濯物を干したいけど重くて持てない。 毎日のように病院通いだけど、歩くだけで足腰が痛い。通院がつらい。 友達も同じように老いた。半分はもう故人。 連絡を取りたいけど、友達も気力がなくて連絡がこない。 同じような困りごとを抱えている老人なので、連絡して

    【下に追記あり】 増田さん、あなたの問題はおそらく老後にやってきます。 ..
  • 役所に邪険にされなかった生活保護受給者の話

    https://anond.hatelabo.jp/20210817051552 この増田、大変な思いしてきて充実した人生送れているようでよかった。 ただ、ここに出てくる役所の人は当にひどいと思う反面、自分が接してきた役所の人と違いすぎてびっくりしている。 自分の担当ケースワーカーを振り返ると、ルールはルールとして毅然とした対応をしつつも、常識的な言動をしていたように思える。 自分が生活保護を受給することになったのは、障害福祉サービス事業所の支援者の提案からだ。 私は発達障害があり(就活中に医師から指摘され検査、診断)、大学から地元に帰り就職するも適応障害で退職。 昔から折り合いの悪い家庭から逃げるように上京した。 通院先を確保するや否やハローワークに向かうも、職員から紹介された精神障害トータルサポーター(精神保健福祉士)から 「働くことを考えるのを辞めなさい」と言われ、日常生活の安定に

    役所に邪険にされなかった生活保護受給者の話
  • 精神障害者の俺、手切れ金としての年金、この世界への感謝

    世の中大変なことになってるなあと思いながらぼけーーーーっとネットやらテレビやら見て、好きな時にシコって飯って寝て暮らしている。 俺は障害者だ。頭の方の。もともとアスペルガーだか自閉症だか知らないが、よくわかんねえけどとにかく一回就職して、働いて、しばらく耐えて、ぶっ壊れた。 そもそも生まれたときからおかしかったんだよ。だって生後3年間意味のある言葉をひとつもしゃべらなかったっていうんだから、そりゃおかしいよな。 親も医者に相談するなりすりゃよかったのだが、自分の子供がそういう子だと認めたくなかったんだろう、心療内科の類への来院歴は全く残ってなかった。(これ障害年金請求するときに調査が入るらしいのよ。そういわれたってだけだからほんとかは知らんけど) 小学校に上がっても「変わってるね」「おかしいよ」「あいつ面白いぜ」なんつって珍獣扱いされてちょっかいかけられてたし、学校の窓を蹴って割ったりと

    精神障害者の俺、手切れ金としての年金、この世界への感謝
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