浄土真宗(一向宗)への弾圧が特に厳しかった薩摩藩や人吉藩などで、藩の目から逃れ洞穴や民家で隠れて行っていた信仰。薩摩藩では禁令が出された1597(慶長2)年から、1876(明治9)年の信教自由令まで300年近く続いた。弾圧の理由は「浄土真宗の平等の教えが封建制にそぐわない」「一向一揆を警戒」「本願寺への上納金が藩の財政を圧迫した」などとされる。 正座させたひざの上に100キロを超える石を乗せ、骨を砕き絶命させるなど、自白や改宗を求める信者への拷問は激しかった。 薩摩藩の真宗弾圧逃れ 「隠れ念仏」手写し経典 江戸末期? 小林市の民家で発見 (2009年1月5日掲載) 薩摩藩(島津氏)が弾圧した浄土真宗をひそかに信仰する「隠れ念仏」で使われた手写しの聖教(しょうぎょう)(経典)や説教本が、旧薩摩領の宮崎県小林市の民家から見つかった。最も弾圧が激しかった江戸末期のものとみられるが、多くは失わ