Rika/となりか編集室 @tonarika_edit フリーランス編集者。 雑誌や書籍、リーフレットなど紙ものを中心にした編集、校正。WEBライターも。個人のご依頼も承ります/街歩きやライフスタイル系が得意/商業施設リサーチ(企画、調査)▷◁ 週4勤務を目指している▷◁東京在住 📗 #寝てくれ日記📗焼き菓子のじかん 📗Spring Bouquet #はるのはなたば
1月某日、ノンフィクション作家・高野秀行さんのひとつのSNS投稿が読書好き界隈に渦を巻き起こした。「すごい小説を読んでしまった」――。純粋な読書感想投稿が45万インプレッションに達した、その本こそ『化学の授業をはじめます。』(ボニー・ガルマス著、鈴木美朋訳、文藝春秋)。この小説のなにがそれほどすごいのか。高野さんに改めてその魅力を記してもらった。 すでに2024年ベスト本有力候補! すごい小説を読んでしまった。ボニー・ガルマス著『化学の授業をはじめます。』(鈴木美朋訳、文藝春秋)。かぎりなく悲痛でありながら、かぎりなく愉快&痛快。「本物のエンターテインメントには本物の魂が宿る」という真理を再認識した。 pic.twitter.com/K7CPcXN6tz — 高野秀行 (@daruma1021) January 21, 2024
アムステルダム国立美術館のアジア館に展示されている仁王像。その故郷は島根県仁多郡奥出雲町にある岩屋寺だ=2023年6月、筆者撮影 ヨーロッパ唯一の仁王像は、アジア館の目玉 アジア館地下ギャラリーの一番奥で、静かににらみをきかせて来館者を待ち受ける阿形像と吽形像は、身の丈2メートル37センチの木像だ。 美術館によれば、作者は不明で14世紀に造られたものらしい。阿形像の後頭部内側にある墨書から、すでに廃寺となった島根県仁多郡奥出雲町にある岩屋寺(いわやじ)にあったものと判明している。 そして、この墨書と岩屋寺の古文書から、運慶や快慶を生んだ「慶派」の仏師康秀(こうしゅう)が像の修復を行っていたこともわかった。日本の古美術は、出所を明かさずに売買されることが多いらしく、このように詳細が明らかになることは珍しい。 2004年、アジア館のチーフキュレーター、メノー・フィツキさんは、京都の古美術商でこ
1970年群馬県生まれ。工作をしがちなため、各種素材や工具や作品で家が手狭になってきた。一生手狭なんだろう。出したものを片付けないからでもある。性格も雑だ。もう一生こうなんだろう。(動画インタビュー) 前の記事:「月面への第一歩」サンダルを作った (デジタルリマスター) > 個人サイト 妄想工作所 ウル覚えQ 「ウルトラQ」―1966年に放送された特撮怪獣モノのドラマだ。当時大変な人気となり、後のウルトラマン誕生につながることとなった、エポックメイキングな作品である。 と、さも知ったように書いているが、放映は私の生まれる4年も前である。よって中身をほとんど知らない。面目ない。 が、後年しばしば目にするうち、これだけは強く心に焼きついた。はじめはマーブル状の画面が、怪音とともに次第に「ウルトラQ」の題字となっていくビジュアルだ。 怪画面on theキッチン。 このオープニング映像、最初は何か
「内藤礼 生まれておいで 生きておいで」が東京国立博物館で開催「地上に存在することは、それ自体、祝福であるのか」をテーマに、根源的な生の光景を出現させてきたアーティスト・内藤礼。その個展が、上野の東京国立博物館で開催される。会期は6月25日〜9月23日。 内藤礼 死者のための枕 2023 シルクオーガンジー、糸 撮影=髙橋健治 「地上に存在することは、それ自体、祝福であるのか」をテーマに、根源的な生の光景を出現させてきたアーティスト・内藤礼。その個展「内藤礼 生まれておいで 生きておいで」が、上野の東京国立博物館で開催される。本展はエルメス財団との共同企画。会期は6月25日〜9月23日。 東京国立博物館 本館外観 内藤礼は1961年広島県生まれ、現在は東京を拠点に活動している。空気、水、重力といった自然がもたらす事象を通して「地上の生の光景」を見出す空間作品を生み出してきた。近年の大型個展
米大リーグの大谷翔平選手の手術などで一層、存在意義が知られるようになったスポーツ医学。一方、同様に体を使う舞踊や楽器演奏などの舞台芸術と、医療との関係はそれほど深くない。そんな現状を変えようと昨秋、「日本舞台医学会」が旗揚げされた。アーティストが抱える心身の問題に対応し、その治療・研究のために全国から症例や医療従事者を集める狙い。そんな、「ステージ医学」の可能性を紹介する。 (大森雅弥) 昨年11月、名古屋市の愛知県芸術劇場で開かれた新国立劇場バレエ団(新国立、東京)による「ドン・キホーテ」の公演。その舞台裏の救護スペースでは本番直前、赤十字のマークが入ったベストを着けた3人が忙しく医薬品などの確認を進めていた。 舞台医学を提唱する東京大名誉教授の武藤芳照さん(73)=写真=の要請で、市内の日赤愛知医療センター名古屋第二病院が中心となり編成した医療支援チームだ。幸い、公演中に治療が必要にな
コーヒー愛好家の間で人気のあるカフェラテやカプチーノなどのコーヒードリンクには、ふんわりとした泡立ったミルク、通称「スチームミルク」が欠かせません。少し値段の張るエスプレッソマシンが必要になりますが、自宅でも手軽に作ることができるスチームミルクの作り方と、そのスチームミルクを使って楽しむコーヒーアートの楽しみ方についてご紹介します。 スチームミルクの作り方 コーヒーアートの楽しみ方 まとめ スチームミルクとは? スチームミルクとは、「蒸気で温められたミルク」のことで、スチームミルクとセットで「フォームドミルク」というものがあります。 コーヒー店でカプチーノを注文すると、ミルクがきめ細かいふわふわした泡状になっていますが、あの泡の部分を「フォームドミルク」と呼びます。 泡の部分を「フォームドミルク」、泡以外の液状のミルクの部分を「スチームミルク」と呼びます。一般的にエスプレッソを作るときのノ
節分なので聞きたいんだけど ブルアカ https://pbs.twimg.com/media/Es3iE3pU0AMJoz7.jpg モンスト https://cdn.wiki.famitsu.com/files/attachment/000/057/660/full_upload.png FGO https://arcade.fate-go.jp/news/assets/servant/introduce-SyutendoujiAssassin.png VTuber https://static-cdn.jtvnw.net/jtv_user_pictures/a1e0e231-3e4c-47f6-9fff-faf54eb49658-profile_image-300x300.png まだまだいるけど最近の鬼キャラ、みんなツノが肌の延長みたいに境目があいまいで長くて大体グラデーションがかか
「機動戦士ガンダムSEED」は、遺伝子を調整し、生まれながらにして優れた身体能力や頭脳を持つ人類(コーディネイター)と自然のままに生まれた人類(ナチュラル)の戦いを描いたアニメ。2002年10月~2003年9月に放送され、続編「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」が2004年10月~2005年10月に放送された。 「SEED FREEDOM」はテレビシリーズに続き、大河原邦男さん、山根公利さんらがメカニックデザインを担当した。ライジングフリーダムガンダム、イモータルジャスティスガンダムはその名の通り、フリーダムガンダム、ジャスティスガンダムの系譜にある新MSだ。 「ライジングフリーダムとジャステス、ほぼほぼ共通のパーツで作られています。制式採用なので、後で数をそろえられるように、パーツを共有した方がいい。大きなリクエストはないです。プラモデルを作る側、(アニメ用の)モデルを作る側で、
とるにたらない美術 ラッセン、心霊写真、レンダリング・ポルノ 著者:原田 裕規 出版社:ケンエレブックス ジャンル:芸術・アート 「評伝クリスチャン・ラッセン」 [著]原田裕規/「とるにたらない美術」 [著]原田裕規 ラッセン、と切り出して今どれだけの読者が具体的なイメージを持つのだろう。イルカたちが楽園のような海で自由に泳ぐ様を描いた画家、と書いても知らない人にはわからないかもしれない。けれども、ひと頃の日本でラッセンの絵が一世を風靡(ふうび)したのは紛れもない事実だ。 だからこそ意外に思う人がいるかもしれないけれども、日本の美術界でラッセンは長く不評を買ってきた。しかも専門的な美術関係者ほどそうだった。一時、問題視された強引とも受け取られかねないセールス手法に限らない。絵の内容そのものがはなから評価に値しないというのだ。 なぜ?と感じる人もいるだろう。多くの人が見てハッピーになる絵のど
ドラマ「セクシー田中さん」で主演を務めた木南晴夏 1月29日、人気漫画『セクシー田中さん』の作者で、漫画家の芦原妃名子(本名・松本律子)さん(50)が死去していたことが報じられた。自宅に遺書が残されていたとされ、自殺とみられている。亡くなる数日前、芦原さんはSNSに同作のドラマ化をめぐるトラブルを投稿していたこともあり、突然の訃報は多くの漫画家たちにショックを与えた。芦原さんは、作品の映像化にあたり原作が“改変”されることに思い悩んでいたとみられるが、これを同業者はどう受け止めるのか。60年のキャリアを持ち、日本漫画家協会の理事長を務める里中満智子さん(76)に聞いた。 【写真】えも言われぬ魅力…ドラマで“伝説のベリーダンサー”を演じた女優はこちら * * * ――今回の訃報を受け、どのような思いを抱いていますか? 私は芦原さんを直接存じ上げないのですが、ご本人のSNSのコメントから、
東京藝術大学が開催している「卒業・修了作品展」に生成AIを使った作品が登場した。「AIと制作」と題して、生成AIを利用して作ったアニメーションとその制作プロセスを明かした作品だ。実際に展示を見た人たちからもさまざまな意見が上がっており、SNS上でも話題になっている。 制作者は、なぜ卒業制作に生成AIを取り入れたのか。現役藝大生は、クリエイティブとAIの関係についてどのように考えているのか。記者も実際に作品を見に行き、制作者本人に話を聞いてきた。 AI映像の他にも、絵コンテやプロンプトなども公開中 この作品の名称は「AIと制作 -花夢- 2023」。会場では、アニメ映像を流す3台のモニターの周りを囲うように木製の小屋が立っており、その壁面には制作意図やプロセスの説明、実際に作成した絵コンテなどを展示している。
「200年の寿命」のはずが… 140個もの切り離し可能なカプセルを組み合わせた中銀カプセルタワーは、まさに20世紀を代表する建築物だ。このタワーを設計した黒川紀章が思い描くメタボリズム的な未来都市では、組み合わせたり切り離したりできる複数のパーツからなるビルがずらりと立ち並んでいた。その様子は、まるで生き物が成長し、体のパーツを増やしていくかのようだ。 黒川は2007年、亡くなる直前のインタビューでこう語っている。 「25年ごとにカプセルを交換すれば、中銀は200年もつでしょう。これはリサイクル可能な建築です。私は、サステナブルな建築として中銀カプセルタワーを設計したのです」 しかし年月とともに住人の大部分がいなくなり、中銀は荒廃していった。そして住人たちは、中銀をそのまま保存しておくよりも取り壊すことを選んだ。これは「建築界の悲劇」だ。 予定より数年遅れた2022年10月、タワーは解体さ
いま坂本龍一を「トリビュートする」意味とは何か? 鼎談:畠中実×真鍋大度×高谷史郎 2023年3月に逝去した音楽家・坂本龍一をトリビュートする初の展覧会として、「坂本龍一トリビュート展 音楽/アート/メディア」が、東京・初台のNTTインターコミュニケーション・センター [ICC]で開催中だ。この展覧会に携わったキーパーソンである畠中実、真鍋大度、高谷史郎の三人が、坂本の思い出とともにトリビュート展の意義を語る。 聞き手=牧信太郎 ポートレイト撮影=GION 左から畠中実(ICC)、真鍋大度、高谷史郎。「坂本龍一トリビュート展 音楽/アート/メディア」会場で撮影 「坂本さんは音楽の『聴いてもらい方』をずっと考えていた」 ──皆さんは、長らく坂本さんの作品や展覧会の制作などでお付き合いされてきたと思いますが、それぞれの坂本さんとの出会いやその印象をお聞かせください。 畠中実(以下、畠中) 直接
ツイ鳥「ジョージ=コクム」(森に入ったのですが怪物もおらず、ツイ鳥だけがいました。赤字貿易経営者! @_596_ ツイ鳥は丸く青く、羽のない巨大な鳥の姿をした鳥です。ツイ鳥は多くの目でずっと遠くまで見渡すことができ、侵入者を捜して森を守っていました。ある日、誰かが尋ねました。『もし夜に怪物が来たらどうしよう?』ツイ鳥「ジョージ=コクム」巷では「毒の鳥」と言われている方いましたがきっと別の鳥です。輸出入業経営者の貿易業者兼ライター。 ツイ鳥「ジョージ=コクム」(森に入ったのですが怪物もおらず、ツイ鳥だけがいました。赤字貿易経営者! @_596_ 息抜きに読んでた論文だけど。 昨日にも環境活動家が ルーブル美術館「モナリザ」にスープかけた ニュースやっていたけどさ。 実際に「これ効果はあるのか?」 メディアがどう報じているのか?って切り口で 調査された論文だけど。結論から言うと 「むしろ敵を作
名建築ホテルの実測スケッチがエモいとSNSで話題! 朝食やアメニティも実測する遠藤慧さんの制作現場に密着 「all day place shibuya」東京都渋谷区 ホテルの実測スケッチがSNSで人気を集め、2023年8月に『東京ホテル図鑑』(学芸出版社)として書籍化が実現した一級建築士・カラーコーディネーターの遠藤慧さん。実測スケッチとは、建築物などの対象物を観察しメジャーなどでそのさまざまな部分を測量、スケッチに落とし込んだもの。初の著書には、「アマン東京」「帝国ホテル」など人気の名建築ホテルがたっぷり収録されています。どのような視点で実測スケッチを描いているのか? ホテルの実測スケッチに密着し、建築スケッチに込めた思いをたっぷり語ってもらいました。
溜め込んでしまったので一気に書いていく。 ポーラ美術館のシン・ジャパニーズ・ペインティング展。宝永山に登って富士屋ホテルに泊まり,翌日は無計画という状況だったため,都内で開催されているポーラ美術館展には何度も行っているのにポーラ美術館自体には行ったことがないことに気付いて,良い機会と捉えて行くことにした。したがって,ねらって行った企画展ではなく,行ったら偶然この企画展だったという形である。「新たな日本画の創造」をテーマとして所蔵品から明治から現代までの作品に,加えて現代作家から出品してもらったものを加えて大規模な展覧会を構成していた。とはいえ所蔵品からの出品は所蔵品であるがゆえの制限からそこまで統一性が無く,また現代の作家が「新たな日本画の創造」等という抽象的なテーマで素直な出品をするはずもなく,結果として総花的な展覧会と化していたのは否めない。が,個々の作品はなかなか面白かった。有名な現
地下駐車場に置かれた鉄製の作品には、さびが発生していた。特に右上のダクトから外気が直撃する箇所は塩素(海塩)の影響とみられる黄色みを帯びたさびが目立つ=大阪府の公表資料から、黒川弘毅さん撮影 「美術作品に直接ステッカーが貼られている」 大阪府が公表した資料には、赤茶色にさびた作品の写真とともに、目を疑うような言葉が記されていた。 所蔵する美術作品を地下駐車場に置くなど不適切に扱った問題で、府は30日、作品の活用や保全を検討する専門家チームの中間報告を公表した。中間報告では、府が咲洲(さきしま)庁舎(大阪市住之江区)の地下駐車場に6年間も置いていた彫刻105点について、さびやほこりなど「保管環境が要因と思われる劣化」があったと指摘した。 ステッカーをはがすと、その部分は周りと比べて、さびが少なかったという。温湿度の変化も調べた専門家は「(作品のさびは)2017年以降急激に進行したと考えられ、
大阪府の咲洲庁舎地下駐車場に置かれた美術作品。ビニールシートがめくれ、むき出しになった作品もあった=大阪市住之江区で2023年5月、山田夢留撮影 大阪府が所蔵する美術作品を地下駐車場に置くなど不適切に扱った問題で、府は30日、作品の活用や保全を検討する専門家チームの中間報告を公表した。所蔵作品を適切に活用・保全することは「所有者である府の責務」と明記し、予算を十分に確保するよう求める内容。2024年度末までに、安定した保管場所の確保や、劣化した作品の修復などを実施すべきだと指摘した。20年度以降不在となっている府の学芸員の配置なども課題に挙げた。 「アート作品活用・保全検討チーム」は23年8月に発足し、座長は山梨俊夫・前国立国際美術館長が務める。府が咲洲(さきしま)庁舎(大阪市住之江区)の地下駐車場に6年間も置いていた彫刻105点のほか、駅や公園に展示し、劣化した作品など、府所蔵の現代美術
🥩チワ族🔪東京都美術館B3FギャラリーA @Chihua_Zoku 本日より 【東京都美術館 B3FギャラリーA 3B】にてパフォーマンス作品を展示します🥩 作家本人は着ぐるみを操演しているため、直接お話することはできませんが、ご来場いただけたら嬉しいです❤️🔥 twitter.com/chihua_zoku/st… 2024-01-28 07:46:27 🥩チワ族🔪東京都美術館B3FギャラリーA @Chihua_Zoku 【展示のお知らせ】 フルスーツver.のハクアに会いに来てください🩶 【タイトル】貌 【場所】東京都美術館 地下ギャラリー(学部彫刻科) 【期間】2024年1月28日(日)~2月2日(金) pic.twitter.com/W1cZAoPqu0 2024-01-19 22:42:40
【1月29日 AFP】スペイン北部バスク(Basque)地方サンセバスチャン(San Sebastian)のラコンチャ(La Concha)海岸で28日、パレスチナ自治区ガザ地区(Gaza Strip)に連帯を示す抗議活動が行われた。 参加者らは、スペインの巨匠パブロ・ピカソ(Pablo Picasso)の傑作「ゲルニカ(Guernica)中に描かれている、死んだわが子を抱く母親のイメージを使った横断幕とパレスチナ自治区の旗を浜辺に並べ、「SOSガザ(SOS Gaza)」のスローガンを掲げた。 「ゲルニカ」は、スペイン内戦(Spanish Civil War)中の1937年4月26日に北部バスク地方の町ゲルニカで、ナチス・ドイツ(Nazi)とイタリアのファシスト政権が行った無差別爆撃を描いた作品。 ガザでは、昨年10月7日のイスラム組織ハマス(Hamas)による越境攻撃以降、イスラエルによ
9:30 - 17:30(入場は 17:00 まで) ※入場無料・事前予約不要 ※東京都美術館内「講堂」は2月1日(木)まで 学 部|東京都美術館(館内講堂)・大学構内 大学院|大学美術館・大学構内 主 催|東京藝術大学 東京都台東区上野公園12-8 助 成|東京藝術大学美術学部杜の会 学生生活の集大成として毎年ご好評を頂いております卒業・修了作品展は、今回で72回目を迎えます。美術学部全科が上野に一堂に会し、東京都美術館、大学美術館、また、学内の各科の特徴のあるアトリエのスペースや屋外のロケーションなどを活用しながら、見応えのある展覧会を構成していきます。展覧会を通して本学の恵まれた制作・研究環境を楽しみながら、本学卒業・修了生のこれまでの質の高い成果と、これからの更なる成長の兆しを感じ取っていただけることでしょう。 どうぞ広くご高覧、ご高評いただき、本学卒業・修了生の成長に期待していた
レオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』は史上最高の絵画と名高い。ところが、1911年の盗難事件で注目されるまでは、無名の作品にすぎなかった。行動学者のジョン・レヴィ氏の著書『影響力の科学 ビジネスで成功し人生を豊かにする最上のスキル』(小山竜央監修、島藤真澄訳、KADOKAWA)より、一部を紹介しよう――。 その絵画は、誰にも気づかれずに盗まれていた 1911年8月21日月曜日、午前6時55分、白い作業スモックを着た男が、フランス、パリのルーヴル美術館に入った。毎週月曜日、ルーヴル美術館は清掃、メンテナンス、搬出入のために一般公開されず、そのため男は気づかれずに行動できた。おまけにこの時、美術館は、当時世界最大の建物(約18万2000平方メートルの敷地に1000の部屋)の警備要員を、すでに166人から僅わずか12人にまで減らしていた。 男は誰もいないホールを歩きながら、ルネッサンス絵画を
フランスのルーブル美術館で28日、名画「モナリザ」に環境活動家がスープをかける騒ぎがありました。「モナリザ」はガラスで守られ、無事だったということですが、ヨーロッパでは有名な絵画を標的にした過激な行為が相次いでいます。 AFP通信によりますと、28日朝、フランス・パリのルーブル美術館で、環境活動家がレオナルド・ダビンチの名画「モナリザ」に向かってスープをかけました。 AFP通信が配信した動画では、2人の女性が「モナリザ」にオレンジ色のスープを繰り返しかけ「健康的で持続可能な食べ物を得る権利と、芸術と、どちらが大切なのか。私たちの農業システムは病んでいる」などと叫ぶ様子が確認できます。 地元メディアは「モナリザ」はガラスで守られ、無事だったと伝えています。 ヨーロッパでは有名な絵画を標的にした環境活動家による過激な行為が相次いでいます。 おととしには同じ「モナリザ」にケーキが塗り付けられたほ
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日本テレビで昨年10月に放送された連続ドラマ「セクシー田中さん」の原作者で、漫画家の芦原妃名子氏(50)が28日、自身のX(旧ツイッター)を更新。脚本をめぐって局側と折り合いがつかず、自らが9、10話の脚本を書くことになったと告白したことについて謝罪した。 【写真】ドラマ「セクシー田中さん」番組インスタグラムから 芦原氏は26日、「ドラマ『セクシー田中さん』について」とし、「色々悩んだのですが、今回のドラマ化で、私が9話・10話の脚本を書かざるを得ないと判断するに至った経緯や事情を、小学館とご相談した上で、お伝えする事になりました」と投稿。ドラマ化にあたって“必ず漫画に忠実に”などの条件が守られていなかったことを明かし、自ら9、10話の脚本を手がけることになったと説明した。 この告白は大きな反響を呼び、たちまち拡散。ドラマの脚本を担当した脚本家・相沢友子氏に対し批判の声が上がっていた。 2
画像説明, オークション・ハウスによると、「リーゼル嬢の肖像」の資産価値は5400万ドルを超えるという オーストリア出身の画家グスタフ・クリムト作で、100年近く行方が分からなくなっていた肖像画が発見された。ウィーンのオークションハウス「イム・キンスキー」が25日に発表した。4月24日に競売にかけられる。 「イム・キンスキー」によると、クリムト作の肖像画「リーゼル嬢の肖像」はその晩年に描かれたもので、かつてはオーストリア在住のユダヤ人家族が所有していた。1925年の展覧会出品を最後に行方が分からなくなっていた。「世間に知られないまま、オーストリア市民が何十年にもわたり個人所蔵していた」という。
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