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ブックマーク / shinichiroinaba.hatenablog.com (8)

  • 新しい終末論(ないしそれに代わる歴史目的論)としての長期主義 - shinichiroinaba's blog

    マッカスキルを読んで面白いと思ったのは、長期主義は新しいタイプの終末論というか、歴史目的論だなというところ。コジェーヴを引き継いだフランシス・フクヤマの「歴史の終わり」論なんかもあるし、そうするとそれらを踏まえた東浩紀の動物化論も終末論と言えるのかもしれないが、分析的伝統に立った哲学的倫理学においてこういう形で歴史哲学の復権が起こるとすると面白い。 もちろん終末論といってよいかどうかはわからないが人類絶滅の可能性、存亡リスクについてはかねてからボストロムが論じてきたところではあり、その背景には当然終末論法、そして人間原理の宇宙論がある。ただボストロム自身は存亡リスクを深刻に受け止めている一方で終末論法自体は受容していなかったのではないか。 人間原理は(語弊のある言い方をすれば)この現時点における人類文明を(人によってはその一員である論者自身の実存を)開闢いらいの全宇宙史の帰結として位置づけ

    新しい終末論(ないしそれに代わる歴史目的論)としての長期主義 - shinichiroinaba's blog
    smicho
    smicho 2024/02/05
    「持続的な〜」ってやつ。
  • 上野千鶴子の「マルクス主義フェミニズム」について(未定稿) - shinichiroinaba's blog

    2年前に某企画から依頼があって書いたっきり放っておかれて塩漬けになっている原稿をこの際だからお蔵出しします。もしが出る予定が具体的になったらひっこめるでしょう。 ================================ 上野千鶴子さんの「マルクス主義フェミニズム」に対して読者はいろいろな疑問を持つでしょうが、上野さんのお仕事全体を見通したとき特に重大な疑問となるのは「上野フェミニズムにとってマルクス主義は当に必要か?」「上野フェミニズムの全体系の中でマルクス主義は整合的に位置づいているのか?」「そもそも上野フェミニズムにとってマルクス主義とは何か?」でしょう。 上野さんは『家父長制と資制』において「なぜマルクス主義フェミニズムであってリベラルフェミニズムではないのか?」と自問し、「リベラルフェミニズムは解放の思想ではあってもそこには解放の理論はない」と答えます。つまるところリ

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    smicho 2020/05/04
  • 余剰モデルと消費貸借モデル再び - インタラクティヴ読書ノート別館の別館

    木庭顕がマルセル・モース、レヴィ=ストロース、そしておそらくはカール・ポランニーを意識しつつ交換echangeというとき、それはいわゆる「贈与交換」のことであるが、ここで大事なことは、この「贈与交換」が時間の流れの中で行われる非対称的な営みである、ということだ。すなわちそこでは贈る側が先手を取り、贈られる側が受け身となる。これが「交換」である以上贈られた側は返礼をしなければならない。しかしそれは一見、貨幣経済の中での貸借関係のように見えて実は違う。貨幣経済の中での貸借は、貨幣を媒介とした等価関係が明快に定義できるようになっているが、貨幣という尺度が確立する以前の贈与―返礼関係にはこうした明快さが欠けている。性急な一般化は避けなければならないが、このような場合には先手がリーダーシップをとってしまう可能性が高いのではないだろうか。 ポランニーの図式に従うならば、非市場的な取引様式のいま一つの類

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    smicho 2014/01/31
  • 「公共政策論」講義メモ - shinichiroinaba's blog

    第一の転換、自由な市場経済のシステムとしての自立においては、公共圏と私的領域との区別は未だ物理的、空間的な性格を失ってはいない。商品経済という新たな領域がその間に、これもまた物理的、空間的な実体としてさしはさまる、という理解ができなくはない。そして公共圏と私的領域との間の境界は、なお保たれる、と。 人々の生存、私的生活は、もともと当はそうだったのかもしれないが、市場経済の発達の下、もはや自給自足としてはあり得ない。しかしながら市場を介することによって、人々は他人との取引をコミュニカティブな「政治」として行う負担を大幅に軽減される。あたかも自然法則に従うかのごとく、第二の自然と化した市場経済の「見えざる手」に導かれて、公的な場で他人とかかわり合いつつもひたすら私的な利害だけを追求していくことができる。市場は公共圏というよりも公共圏の代替物となっていく。 しかしながらなおそこでは、市場に出る

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    smicho 2011/12/21
  • 2008-12-27

    ――としかぼくは思っていないんですが。 http://d.hatena.ne.jp/hiroyukikojima/20081226/1230274589 よーわからんのですが、「辛辣な悪意」とか誰のこと? ぼく? 田中さん? arnさん? ドラエモン氏? 他の人のことは知らんですよ? ぼく個人は小島さんに「悪意」はないつもりですが。arnさんは相当辛辣だが、別に小島さんを個人攻撃したいんじゃないでしょう。田中秀臣さんだって、政策レベルで相当真面目に批判しているんであって、人身攻撃したいんじゃない。ドラエモン氏は小島さん個人についてあれこれ言ってるんじゃなくて、一般的雰囲気について慨嘆してるだけ。 無視するなら無視でいいんですよ。でも問題を「悪意」とかの方にすり替えるのはいかんでしょう。大体世の中「悪意」よりもっと恐ろしいのは「善意によるいじめ」だということはさておいて。(田由紀さんとのこ

    2008-12-27
    smicho
    smicho 2008/12/28
  • 「まあ、なんでも、いいですけど」@日銀金融政策決定会合 - shinichiroinaba's blog

    461: 名無しさんの冒険  2008/12/19(Fri) 09:10 やっぱり、今回は現状維持ぽいね。 アメリカの緩和で、アメリカが回復した恩恵で 日も多少良くなるから、また日銀が 責任逃れをするわけだ。 今まで、日が引き締め気味でもアメリカが金融緩和して 日を外需で支えるってパターンだからな。 462: 名無しさんの冒険  2008/12/19(Fri) 09:39 見送り?マジで驚いた。凄いなw 463: 名無しさんの冒険  2008/12/19(Fri) 10:56 読売は「日銀、量的緩和を実施へ」という見出しを打ってるんだが http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20081219-OYT1T00074.htm 日銀行は18日に開いた金融政策決定会合で、事実上の量的緩和政策を導入する方向で最終調整に入った。 企業の資金繰りを支援するた

    「まあ、なんでも、いいですけど」@日銀金融政策決定会合 - shinichiroinaba's blog
  • 「疎外」「物象化」をめぐってあれこれ無秩序に - shinichiroinaba's blog

    考え方はいろいろあって、まず「マルクスの思想は現代経済学ゲーム理論と整合的である」という大前提から出発する。そうするとここで「だからマルクスも再読に堪える」という考え方も出てくれば、逆に「だったらマルクスイラネ」という考え方も出る。この違いはどちらが正しいか、という問題ではない。要はそれぞれの受け手の側での事情の違いである。マルクスを含めた「思想」によりなじみの深い人文系インテリにとって「だからマルクスも再読jに堪える」という結論には十分に意味がある。こうした層にとってはマルクスと併せ読むことによって、現代経済学ゲーム理論の理解がはかどる可能性があるからだ。 ただそれだけで済ますわけにもいかない。 山形の場合も「だったらマルクスイラネ」という結論は、何の気なしに出されているわけではない。マルクスには激烈な副作用があり、その副作用を勘案するならば、なくてすませられるなら敬して遠ざけるに越

  • アメコミ論争再訪 - shinichiroinaba's blog

    堺三保さんのmixi記事転載の許可は得られませんでした(田中ブログでのコメント以上の論点は出していないので再掲は無駄、とのこと。ちなみに堺さんは山さんの「と学会誌」原稿についてはまったく関知していなかったそうです)ので、了承の得られた海法、柳下、そして稲葉の発言のみを整理して再掲します。(「garth」とあるのが柳下さんです。いったん掲載した山さんのコメントは、ご要望により再消去しました。論脈を追うにはそれでも問題ありません。) これに伴い、元記事と海法さんによるコピーを削除します。 関係者は「無駄」「消耗」とのご感想が多いようですが、それなりに面白いと思う私には当事者意識が欠けているのでしょうか。 この議論の流れに似たものを最近見かけたような気がするんですよ、ほれ、あのqwertyの話とか。(あれは荒れませんでしたけど。) −−−−−−−−−−−−−−− 2006年05月21日 11

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