紀元前620年頃: アテナイの立法者ドラコンはアイギナ島の劇場で、自らの業績を称える群衆によって投げかけられたマントや帽子の贈り物のなかに埋もれて窒息死したという[2][3]。 紀元前564年: ギリシアのパンクラチオン選手フィガリアのアリチオンは、古代オリンピックのパンクラチオン決勝で自らの死を引き起こした。対戦相手(名称不明)に喉を締めつけられる形で押さえ込まれ、そこから抜け出すことができなかったアリチオンは、対戦相手に足蹴りをくり出し、そのあまりの痛みに対戦相手は審判に降参のサインを出したが、その際にアリチオンの首を折ってしまった。対戦相手が敗北を認めていたため、アリチオンは死後に勝者として宣言された[4][5]。 紀元前475年頃: ディオゲネス・ラエルティオスによる記述では、ギリシアの哲学者ヘラクレイトスは、浮腫を治療するため牛糞を自らの身体に塗りたくった結果、犬に食い殺されたと