増田文学に関するyamazakisatoのブックマーク (24)

  • じゃあ濡れて行こっか

    改札を出るとさっきまで晴れてたのにゲリラ豪雨でとんでもない雨が降ってて、ワイは降り止むのを待ってた 隣りでカップルとおぼしき2人は、雨雲レーダーを見て雨が抜けるのが20分後とか30分ってのを調べたらしく、作戦会議をしてた 雨が抜けるのを待つか、このまま濡れて帰るか 彼氏が雨抜けるのを待ってる時間で家に帰ってシャワー浴びれるわと言い、彼女はじゃあ濡れて行こっかと返し、スマホをビニール袋にしまうと、土砂降りの中に足を踏み出した 思いっきり手を広げてショーシャンクの空にごっこと笑いながら雨の中をゆっくり歩いて帰っていく それを見てなんだか胸が苦しくなって、煌めく物語からワイだけ取り残された気持ちになったんや

    じゃあ濡れて行こっか
  • 絵画のこと全然わからんけど何これ

    愛の原義を調べていて Wikipedia を開いたら、この絵が出てきて、何を調べていたかも今日やりたかったことも吹っ飛んでしまった https://commons.m.wikimedia.org/wiki/File:Haynes-Williams_Motherhood.jpg びっくりしたのが最初。宗教画みたいなのに人間で、すごく生々しくて、びっくりした。慈愛の表情と同じ形なのに、感情が立ち上ってきて思わず動いたみたいな微笑み。見れば見るほど人間みたい。人間より生々しい。 これ何だろう、何でこんな気持ちになるんだろう、とまじまじと見つめていると、涙がどわーっと出てきて止まらなくなった。今書きながらもう一回見つめたらまた止まらなくなってしまって休憩した。 作者の項目はリンク切れで、誰なのかも、どのように評価されているのかも分からない。絵画について知らなさすぎて、調べ方も分からない。 イギリス

    絵画のこと全然わからんけど何これ
  • 姉 俺と7つ離れてる俺の姉、のんびりや。 俺が小さい時はよくわかんなかっ..

    俺と7つ離れてる俺の姉、のんびりや。 俺が小さい時はよくわかんなかったけど、大きくなるにつれ、姉がボケボケなことをわかってきた。変なとこだけ書き出すと、グレーゾーンだと思うかもしれないが至って普通な人間だ。 姉、得意科目以外はダメダメ。 理数系は得意なのに文系はダメダメ、三者面談で担任に日語が苦手ですね、と言われた始末。(別に悪口ではない) 体育はもはやできない、特に球技が下手すぎてチームプレー系の時はボールが来ない。ボールが来そうになると他の人がすっ飛んで来る。一回バレーボールでたまたまレシーブになってしまった時に腕を上に振り回しながらジャンプして腹から床に落ちる、というイルカもビックリな動きをしたらしい。ちなみにボールは取れてない、怪我しなくて良かったな、姉。(姉の友人談) 姉、めっちゃう。 学生の時でも3合近くってた、社会人になってべる量減っちゃった…とか言いながら2合う。

    姉 俺と7つ離れてる俺の姉、のんびりや。 俺が小さい時はよくわかんなかっ..
  • 冬眠するあなたへアドバイスを送りたい

    急に寒くなってきた。そろそろ冬眠の季節だと思うので、全生物の同志に向けてメッセージを送りたい。 両生類、爬虫類へ君たちは変温動物だから、気温が約10℃以下になると自然と活動が停止し仮死状態になる。 だから別段準備は不要だが、一つ気をつけるのは「早めの行動」。寒くなって体がこわばり出したら早めに巣穴にもぐること。まだまだ遊んでいたいと外にいたら、巣穴にたどりつく前に凍ってしまうぞ。特に今年手足が出たばかりの若いカエルは遊びたい時期だろうが、先輩カエルの指示に従うのが無難だ。 鳥類へ鳥は冬眠しない。ただ世界に一種だけ、冬眠する鳥がいる。プアーウィルヨタカだ。鳥である君は、自分がプアーウィルヨタカかどうかだけチェックすればいい。そうでなければ冬眠はしないので、自由にすごしていい。ただし君が渡り鳥なら、天気の良い日に移動しておこう。 ちなみにコウモリの君は冬眠するから気をつけよう。君は鳥類ではなく

    冬眠するあなたへアドバイスを送りたい
  • 電話口から三人殺したかもしれない話

    ・一人目 一人目は学生時代、通販の受信専門コルセンで働いていたとき。住所の確認を繰り返している途中にボン、ゴトンっと鈍い音とともに会話が途切れてしまった。通話自体は続いていたのだで「歩きながら電話でもしていて落としちゃったのかな?」としばらくそのままに。しかし雑音は聞こえるものの一向に話し声が再開しないので、どうして良いかわからずリーダーへ報告した。リーダーが代わるも相変わらず電話が遠くて雑音と、なぜか水の滴るような音しか聞こえない。仕方なく「申し訳ございませんが、お電話が遠いようですので少し後にかけなおさせていただきます」と切断。その後何度かかけたが、着信はなるものの誰も電話に出ることはなかった。 その一週間後だったろうか。その電話番号の家族だという方から問い合わせがあった。ながら運転だったそうだ。私が電話をかけていた相手は運転しながら携帯電話を使用していたのだ。電話に気を取られ反対車線

    電話口から三人殺したかもしれない話
  • 原宿駅

    ある日の暮方の事である。一人の少年が、原宿駅の跡地で雨やみを待っていた。朽ちた柱に蔦の絡みついた、いまにも崩れ落ちそうな原宿駅跡地は、その昔、若人が大勢集う、たいそう賑やかな駅であったという。かつてこの地は「原宿」と呼ばれており、商いで栄えていたそうな。今は広大な荒れ地が広がり、かつての栄華は見る影もない。少年は荒野の真ん中でただ一人きりであった。ただ、所々地面から、かつてのビル群の瓦礫が顔を出している。少年は雨が止むまで、その瓦礫を見詰めて暇を潰すことにした。あれは、セシルマクビー、ピンクラテ、そして…Q-pot CAFE。少年は歴史がたいそう得意であった。 何故原宿がここまで荒れ果てたかと云うと、七十年ほど前、東京には、疫病とか五輪とか不況とか云う災がつづいて起った。そこで人々は住まいをこぞって京都に移し、それに続いて都も移された。およそ二百五十年ぶりの遷都であった。人の消えた東京のさ

    原宿駅
  • 挨拶がコラァ!だったおじさんの話

    私の地元は地方都市の都市部から1時間ほどかかる、まあそこそこの田舎町で、住宅地を少し外れると田んぼや放置された畑が広がっているような土地柄だった。田舎特有の濃い人間関係や噂話は大嫌いだったが、むせ返るほどの草木の緑や、稲穂が金色に輝いて風に揺れる様を見るのが好きだった。 私の実家周辺は1人の地主が土地を抱えており、そこの地主はコンクリートミキサー車の運転手と、稲作農家の兼業農家だった。父の古い知り合いで、安く土地を譲ってもらったと聞いた。丘の上で見晴らしの良い実家を家族は全員気に入っていて、仕事のことや人間関係の面倒ささえなければ、今でも私はその周辺の土地に家を建てたいくらいだ。 土地を買った時私はまだ幼かったので、地主のおじさんのことを、私は「タロのおじさん」と呼んでいた。タロというのは、地主の家で飼われている犬の名前である。このタロのおじさんというのが中々にファンキーな親父で、幼い頃か

    挨拶がコラァ!だったおじさんの話
  • 油揚を焼いて食った

    どこかで見た、「油揚げをフライパンで焼いて醤油を垂らしてべるとうまい」っていうのがずっと頭に引っかかっていて、今日とうとうやってみた。 薄いけどずっしりしたタイプの、京揚げ?薄揚げ?を買った。うまそうだったからだ。見るたびに「焼くならコレがいいな」と思っていたが、なんとなく機をのがし続けていた。とうとう掴んだ。 油を敷く必要がないのが油揚げのいいところだ。ちょっと熱しただけでかなり香ばしいにおいが立ち込める。メチャクチャうまそうやんけ!と期待が高まる。 醤油のタイミングが分からなくて、適当に垂らす。量もわからない。多すぎるとどうしようもないが、少なかったら足せるよな、と思って少なめにした。 醤油ごとさらに焼く。一瞬で馴染んで、もともとそういう色の油揚げだったかのような質感になる。焦がし醤油のにおいが…と思っているうちにガチで焦げそうな気配を感じ、あわてて火を止める。 切ったりはしない。め

    油揚を焼いて食った
  • おもいでのはなし

    中学生の頃さぁ、いろんなクラスが学級崩壊しとって、とある新人の若い女の先生がいじめられて休みがちになっとったんよ。 家庭の事情で不登校気味やったわいはその事情をあまり知らんで、たまたま先生と廊下ですれ違ったとき、オモムロに「先生の車かっこいいなぁ!」って言ってしまったんよ。 先生は当時セリカ(5代目やったかな)乗ってて実際かっこよかったんよ。 なんでか知らんけど、すれ違ったとき咄嗟にそのこと伝えてしまったんよ。 先生はよく知らない奴に話しかけられたことにビックリしたのか、今終えば、イヤなこと言われると思って身構えたのか一瞬ビクッとしてたけど、すぐに少しニコッと笑って「ほんとー?」と返してくれたんよ。 先生と交わした会話はそれだけなんよ。 その1ヶ月後くらいに、とうとう先生は学校にぜんぜん来られなくなって、やめてしまったんよ。 噂では病だとかで、学校に来ると吐いたり倒れたりしてしまうらしい

    おもいでのはなし
    yamazakisato
    yamazakisato 2021/01/25
    思ってもみないところで誰かに救われたり誰かを救ったりしていることってあるよね
  • 風俗に落ちた女友達

    念のため、年齢はぼかす。創作なので俺も彼女もどこにもいないです。 俺には中学生の頃に女友達がいた。その子は低い声がコンプレックスらしくあまり人前で喋る方ではなくて、アスペルガー障害を持っていた(これは後に発覚)ので、よく周りが笑っている時に笑いどころが分からないと一人で真顔でポツンと座ってるような子だった。ストレスで上唇を噛む癖があり、パッチりとした目をした可愛い子だったが上唇がいつもボロボロだった。それでも2,3人の女の子グループにいつもいて、ぎこちなく笑いを浮かべて過ごしてはいた。 その子も俺もよく休みがちだった。俺は情報量が多い学校生活を送っていると脳と体が疲弊しきるので、周りと比較することを覚えた小4あたりから社会生活を諦めていた。布団に入って教育テレビを見ながら疲弊と不安で泣いてることが多かった。 彼女と同じクラスになったのは中1の頃で、席替えの時に隣の席になった。とある授業で前

    風俗に落ちた女友達
  • 茶とコーヒーと俺ん家の話

    俺は30過ぎてこどおじで、別に給与が特段低いとか家族の介護が必要とかそういう事情でもなく、俺個人に引っ越しするための意欲が湧かないのと、そもそも家を出る意義がもう一つピンと来てないので、実家にいる。 俺と両親合わせて3人の家族仲は特別良くも悪くもない…というのは、家庭内の緊張とか不和とかの微妙な感情をないまぜにして無難に平均化した言い方で、俺と両親はそれぞれあまり会話もないけど、「お前、いつ家出るんだよ? あと、結婚…はまあ置いといて、日々の言動とか読んでるとかなんか変なんばっかりだし、まともに社会人やれてるんだろうか?」的な無言の変な気まずさを感じるし、母と父の方はわりかし明確にいまお互いの生活態度にストレスを感じているっぽい。 しかし、だからといって、各々の了見をめぐってケンカになったりとかもないのだ。だから、まあ特別仲は良くも悪くもない、ということになる。 … 夕飯は大抵三人で一緒

    茶とコーヒーと俺ん家の話
  • 自分の本当の望みが思っていたものと違ってびっくりした

    私は歌うことが好きだ。 録音したものを通勤中に聴くくらいには自分の歌声も好きだ。(ちょっとナルシストっぽくて他人には言えない) びびりなため控えめな人生を歩んできたが、こんな私でもいろんな人に歌声を聴いてもらい、あわよくば称賛してもらいたいという欲があった。 そんな折、簡単にスマホで歌を配信できるアプリがあることを知った。 そのアプリは固定客がいなくても視聴してもらいやすく、気軽にコメントを貰える空気だったので、私はここで歌ってみたい!と思った。 歌える曲の選別や音ズレしないかのチェック等、入念に準備をした。すごくわくわくした。 そして実際配信をしてみると、当に何人か視聴してくれて、褒め言葉も貰えた。ありがとうございます。 でも、楽しいという感情はあまり湧かなかった。 この配信、録音して後で聴けないのが残念だな、と思った。 私は今まで、歌声をいろんな人に聴いてほしいと思っていたはずなのに

    自分の本当の望みが思っていたものと違ってびっくりした
  • 数日後に死ぬカニ(後日談)|しまだあや(島田彩)

    いつかは死んでしまうカニたちの、お葬式を考えることにした。 当たり前のことだけど、生き物は、いつか死ぬ。私もだし、今私のおうちで暮らしているサワガニたちも。 先日、「7日後に死ぬカニ」という、業務スーパーで買ったサワガニを1週間だけ飼ってみる、という実体験をnoteにしたためた。 ₍₍⁽⁽🦀₎₎⁾⁾ 嬉しすぎます リプ、読んでおります 思い出や、正しい付き合い方を教えて下さる方、一緒に考えて下さる方、すき!と言って下さる方、今後を期待して下さる方、今夜の献立を教えて下さる方、カニに見える画像送ってくれる方、カニのTシャツ画像くれる方、みなさん当に(以下略) — しまだあや (@c_chan1110) June 17, 2020 (あれ…ちがうな…ザリガニのTシャツだった) 「子どもと読みましたよ。今日もカニさん読んで!と言っています」「LINEグループで回ってきて、みんなでいい話だなあ

    数日後に死ぬカニ(後日談)|しまだあや(島田彩)
  • 在宅勤務が始まり、いまが人生で1番幸せな春

    零細企業の社員。昼は公園で弁当派。 職場を転々としているから春は毎年違う公園で桜を見る。 去年は池袋で桜を眺め、来年の自分はどこにいるか考えながら、ぼんやり米をほうばっていた。 それがまさか在宅勤務になって、マンションの桜を見ながら弁当をべてるとは思わなかった。 マンションの桜はいつも子供が遊んでいる広場に咲いていてやや近寄り難く、いつも気がついたら散っている存在だった。 在宅勤務の昼休憩は12時からと決まっている。チャットで休憩に入りますと伝えるのもルール。 いつもの弁当箱じゃなくて、洗いやすいタッパーに米と昨日の残りの春巻きと卵焼きだけつめて階段を降りると、マンションの広場にはそこそこ人がいた。みんなそれなりの距離を保っている。 同年代の夫婦はシートを敷いてお弁当を広げ、老夫婦はベンチに座ってパンをべて、子供と母親はサッカーをしていた。 のどかだった。牧歌的という言葉が頭をよぎっ

    在宅勤務が始まり、いまが人生で1番幸せな春
  • 両親が不仲だった自分語り

    02/13 23:36 追記ちょこっとしました。 床屋勤務だった父に、美容院勤務だった母はハワイ旅行中に出会い結婚したらしい。 物心がついたころにはもう父と母は不仲だった。父は仕事を休みがちで、私が小学生低学年の頃にはもう職場を転々としていたのを覚えている。 一つの職場に留まらず、職場を変えるものだからもちろん給料も上がらない。父と母は夜な夜な電話口や居間で喧嘩していた。 それは深夜だった時もあるし明け方の時もあった。長いことアパート住まいで横にも上にも寝ている家があるのに家に居る母は金切り声を上げていた。 でもほとんどがお金の問題で、まだ小学生の自分にはできることが無いことが分かっていたので家の手伝いをして、3歳年下の妹の面倒をよく見た。 父が仕事から帰ってくるとき帰りは母の車の迎えを頼んでいた。母はまだ小学生の私と幼い妹を乗せて車で最寄り駅まで父を迎えに行く。 その車の中でもお金の話で

    両親が不仲だった自分語り
  • 夜勤明けの帰り電車を待つ

    現在私は工場勤務で、昼勤夜勤を繰り返す部署にいる。工場の御多分に洩れず、最寄り駅に各駅停車しか止まらないような田舎に職場があり、住んでいるのも各駅停車しか止まらない安さだけが売りのアパートである。夜勤の場合、いつ終わっても30分は電車を待つ必要がある。 私は、かつてこの30分が嫌いで仕方がなかった。 工場勤務は退屈である。ただ同じ作業を繰り返すのみ。作業をしながら考え事をするか、うるさい環境を利用してそこそこの音量で歌うくらいしか退屈しのぎがない。そんな退屈が終わった後に30分も無為な時間を過ごしたくない、早く帰って飯って酒飲んで寝たい、以外の感情がなかった。 去年の今頃、勤務中退屈しのぎに考えていたことを、30分の退屈しのぎに文章に起こすことを始めた。工場勤務者の御多分に洩れず、私は頭が良くない。私がそれまでに書いた文章なんて、2ページと1行の読書感想文が恐らく最長だろう。四苦八苦しな

    夜勤明けの帰り電車を待つ
  • 猫 数日前母が大量のキッチンペーパーを安かったからと言って買ってきた 今..

    数日前母が大量のキッチンペーパーを安かったからと言って買ってきた 今日ホルダーに備えつけていたものが切れたので母にあれはどこにあるの、と尋ねると冷蔵庫の上の開き戸の中だと言うので その冷蔵庫の上の天井に備え付けてある開き戸収納の中からキッチンペーパーの買い置きを出すのに 冷蔵庫横のシンクの台に乗るわけにいかないから卓の椅子を持ってきてそこにのぼって開き戸を開けたとき そういえば昔はが、人間みたいに衛生なんてことを気にもせずシンク台をステップにして冷蔵庫に飛びあがっていたなあ この開き戸を開けっ放しにしてやって収納スペースと冷蔵庫の上好きな方でのびのびが眠れるようにしてやってたなあということがばーっと映像で蘇ってきて そんな工夫のあったことも忘れるほどにはが冷蔵庫の上やサイドボードにひょいとのぼらなくなってからの年数がずいぶん経っていることに気がついて 急にものすごく寂しくなってスト

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  • 朝の満員電車で発狂した人

    朝の満員電車で一人の会社員男性が発狂した。もう無理だ俺たちは奴隷じゃないこんな電車乗ってられるかと叫んだ。普通なら変人がいるなぁってみんなで無視して終わりだが今日は違った。隣の男もそうだ!おかしい間違ってる。同調したのだ。しまいには泣き出してしまった。そしたら周りの人も泣き出した。なんでこんな目にあわなくちゃいけないんだ。ツライ、酷い、人権侵害、私たちは家畜じゃない、小池百合子おおおおおおおおおおおお、これが正しいの?正しいことなの?、みんな泣き叫び発狂した。電車が次の駅に着いたらみんな電車を降りた。そして電車の運転手を引き摺り下ろして運転席を破壊し電車を止めた。怒り狂った乗客たちはデモを敢行した。無許可のデモだ。警察に守られた生ぬるい行進とは違う。怒りをむき出しにした暴動だ。うおおおあお殺せ殺せ。壊せ壊せ。東京なんてぶっ壊しちまえ。東京暴動はSNSで拡散された。暴動は日全土にパンデミッ

    朝の満員電車で発狂した人
  • テトリス

    小6の時、親が離婚して母子家庭になった。父親とはその前からずっと別居していたから、家庭内に際立った変化は感じなかったけれど、苗字が変わったのがきつかった。同級生から好奇の目を向けられるのがとにかく嫌で、一時期、友達と遊ばなくなった。授業が終わると逃げるように家に帰った。 それで何をしていたかというと、部屋でずっとテトリスをしていた。布団に寝そべり、枕を高くして、毎日、何時間も。 そうこうするうちに、いつのまにか新しい苗字に馴れていた。同級生も僕の苗字のことなんて大して気にしてないことがわかった。僕はまたみんなと遊び始めた。 大学受験に失敗して浪人が決まった時も、ずっとテトリスをやってた。朝から晩まで一日中やってた。起き上がる気力もわかなかった。2週間ぐらいそうして過ごした。そのあとゆっくりと受験勉強を再開して、徐々にペースを上げ、翌年にどうにか志望校に合格することができた。 大学2年の時に

    テトリス
  • 電車ってもっとこう…ゆったりであるべきなんじゃないか

    隣りに座った初老のおっちゃんが俺のスマホを覗き込んだ。 (おいおい、なんだよ、やめてくれ) と思ったいるとおっちゃんが 「ここ、ちゃうで。」 と俺のスマホを指さした。 は?という顔をしていると 「ここに9が入ると、右上のマスに9が入る所ないやろ」 そう指摘されて照らし合わせると確かにそうだった。 「あ、そうっすね…」というと、 「あんた若いのにナンプレとかおもろいな」 と言われて、カバンをゴソゴソし始めた。 一冊のナンプレを取り出して、 「これやるわ。最近電車でやろうとしても取り出すのが億劫でやれてへんねん。」 といってこちらに差し出す。 「いえ、べつに…」と断ると 「ええから。」と強引に押し付けてくるので仕方なく受け取る。 「で、俺のスマホにそのアプリいれてくれへんか?」 といってスマホを取り出す。 アプリ名を教えて、app storeでそのアプリを取り、起動すると 「これやったら楽や

    電車ってもっとこう…ゆったりであるべきなんじゃないか