〇筍飯つぎは豆飯来年は (たけのこめしつぎはまめめしらいねんは) 〇豆ごはんおにぎりにして縁に食ぶ 河童三子 〇ほっこりと雲浮き豆のご飯かな 々 〇豌豆の釜一面に豆の飯 々
〇筍飯つぎは豆飯来年は (たけのこめしつぎはまめめしらいねんは) 〇豆ごはんおにぎりにして縁に食ぶ 河童三子 〇ほっこりと雲浮き豆のご飯かな 々 〇豌豆の釜一面に豆の飯 々
NHKラジオで 絵本作家の伊勢英子さんの話を聴いた。 沢山の挿絵 絵本を出している人だそうだ。 私は知らなかった。 滑舌が良く 途切れる事なく話す人。 過干渉の母から 大学生になっても逃れられなかった伊勢さんは 大学生の時(卒業後かもしれない) ヨーロッパツアーのチラシを見て申し込む。 そして パリで帰国せず留まり 一年を過ごす。 今から50年ほど前の事だ。 ここで 私は親から自立した伊勢さんに興味を持った。 どんな絵本なんだろう。 すぐに図書館から借りた。 文も絵も 確かな力を感じさせ でも 子供には難解ではないかと思った。 沢山の絵本の中から 2冊を選んだ。 「見えない蝶をさがして」 「チェロの木」 チェロ製作の職人である父は 息子のクリスマスプレゼントにする チェロが間に合わなかった。 そして 誕生日に 作ったチェロをプレゼントする。 息子はずっとチェロを弾き続け 大人になって 演奏
1ヶ月の間に 多和田葉子の小説を2冊読んだ。 ずっと気になっていたのに なぜか後回し という経験は誰でもあるだろう。 その中の一人が 多和田葉子だった。 初期 中期 最近の作品とリストの中から選び まず 今回は初期と中期のを図書館から借りた。 「犬婿入り(ペルソナ)」は芥川賞の受賞作 「ヒナギクのお茶の場合/海に落とした名前」は 短編8作からなる。 大学を卒業してからドイツに住み そこで 小説と詩を日本語とドイツ語で書き 写真で見る風貌は 厳しい表情をしている。 そんな数行の前知識だけで 読み始めた。 「犬婿入り」はマグリットの絵のようであり 「ペルソナ」のラストはアバンギャルトの ヨーロッパ映画の様。 「ヒナギクのお茶の場合/海に落とした名前」の 8作も含め どれもシュールで エロティックで LGBTQが登場する。 言葉 単語の意味は深く しかし それは難解ではない。 読後は「後を引く」
アジュガ 京都から 引っ越しの時に持って来た薔薇は あんなに蕾をつけていたのに こちらでは 貧相な風采になってしまい ヒョロヒョロとやっと立っている。 勿論 最近は蕾をつけた事はない。 なんとか 手入れをしないと と思いつつ 10数年が過ぎた。 ブルーベリーも同じだ。 息も絶え絶えに 成長もせずに頑張っている。 増え過ぎて困ると言われている木苺類。 うちでは育たなかった。 かと思えば 植えた栃の実から芽が出て あっという間に 今は2メートルを超える木になった。 細い木だが 一人前の大きな葉っぱを 空に向かって広げている。 ジギタリスも 自生の百合も 毎年 少しずつ増えている。 肥料もやらない。 でも 育つものは育つ。 同じように陽の光を浴びているのに。 問題は土との相性かもしれないと 最近思うようになった。 狭い地面に 色々な草木が植っている。 放っておいても元気なもの 心配しながら 目を
藤の花 雨が降ったり止んだり 南風が吹いたり止んだり そんな日が昨日から続き なんとなく心が騒がしい。 でも そんな事には関係なく 緑は色を変え 木々に咲く花々は 移り変わる。 桜 山桜 梅 木蓮は遠に終わり 今は 薮椿の落ちた花が美しく あちらこちらに淡い薄紫の藤の花が咲き 濃い黄色の山吹の花は 今年は少ない。 「小屋」の前の崖に ガマズミの小さな花が満開で 紫色の花のアジュガが ドアの前に群れている。 ウマノアシガタの黄色の花は 細い茎の上で 風に揺れる。 何種類もの鳥の声が 山の中から聞こえるが 私が分かるのは ツツドリだけだ。 と、良い事ばかりを並べてみた。 自然の天候の厳しさは 想像していただこう。 台風の時は 雨雲レーダーを見て 避難するかどうかを決めている。 絵本「葉っぱのフレディー」は 林の木々達の葉っぱの一生を語っている。 それを読んだ後では 強風で裏返る葉っぱ 枝がしな
4日土曜日 京都シネマまで 映画を観に行った。 山から下り 京都まで映画館に行くのは 京都に住んでいた頃のように 買い物のついでに というわけにはいかない。 だから 一年に2〜3回ほどの映画鑑賞となる。 「悪は存在しない」 監督は濱口竜介。 なんの前知識もなく ミニシアターの 通路側後部シートに座る。 『長野県水挽町。代々そこで暮らす男と小学生の娘。 その暮らしは 水を汲み、薪を割るといった 自然に囲まれた慎ましいもの。 ある日 近くにグランピング場を作る 計画が持ち上がる。 それは環境や水源を汚しかねない ずさんな計画で・・・』 と チラシに書かれている。 筋書きだけだと 開発業者と地元民の対立だが 重奏音の音楽 自然の怖さを感じさせる映像 笑わない地元民達の表情が 何かあると観ている者に思わせる。 映画館から出て歩いている時や 電車の中 私は難解なラストの意味を考えた。 今でも ふと考
〇大島へ卯波の上を渡り来し (おおしまへうなみのうえをわたりこし) ◯ヒタヒタと卯波胸満つ夢の中 河童三子 ◯氣だるさの午後を卯波に呑まれそう 々 ◯卯波立つ帆を揚げていざ宝島 々 絵本劇場 「葉っぱのフレディ」⑨ フレディは悲しくなりました。ここはフレディに しがみつく葉もあるし あっさりはなれる葉も とって 居心地のよい夢のような場所だったから あります。やがて木は葉を落として 裸どうぜん です。 になりました。残っているのは フレディと 「ぼくはここからいなくなるの?」 ダニエルだけです。 「そうだよ。ぼくたちは葉っぱに生まれて 葉っぱ 「引っ越しをするとか ここからいなくなるとか の仕事をぜんぶやった。太陽や月から光をもらい きみは言ってたけれどそれは━」と
〇川のぼるかに百匹の鯉のぼり (かわのぼるかにひゃっぴきのこいのぼり) 〇休む日は立てる姿に鯉のぼり 河童三子 〇鯉のぼり初子儲けし峰の寺 々 〇鯉のぼり臓腑なき身に風を呑む 々 絵本劇場 「葉っぱのフレディ」⑧ 風が変わったのは そのあとでした。夏の間笑い 「みんな引っこしをする時がきたんだよ。 ながら一緒に踊ってくれた風が 別人のように顔を とうとう冬が来たんだ。ぼくたちは一人 こわばらせて 葉っぱたちにおそいかかってきたの 残らず ここからいなくなるんだ。」 です。葉っぱはこらえきれずに吹き飛ばされ まき 上げられ つぎつぎと落ちていきました。 「さむいよ」「こわいよ」葉っぱたちはおびえま した。そこへ 風のうなり声の中からダニエルの声が とぎれとぎれに 聞こえてきました。
八重咲き水仙 道端のあちらこちらに 群れて咲いている 黄色の八重咲水仙を 7、8本手折り 持ち帰り 白い花器に投げ入れた。 その花達もやがて萎れ 「小屋」の中の高い場所に 紐で結えて吊るした。 やがてそれは しっかりと乾き 薄い花びらを触ると パリパリと音がしそうな程だ。 外の杉の木の上に 並べる。 150年は生きたであろう杉に 数日の命だった 黄色い花達。 そよとも風の吹かない 雲一つない青い空の下 若い芽吹きの木々に囲まれ 遠くから聞こえる ツツドリの鳴き声を聞きながら 質素な美しさの 杉の年輪と黄色い枯れた花を眺め 私は満足である。
〇田んぼうの水にも映えて柿若葉 (たんぼうのみずにもはえてかきわかば) 〇五条より吉野へ上る柿若葉 河童三子 〇朝日照る山の若葉に手を振らる 々 〇目を病める吾を嗤ひし柿若葉 々 絵本劇場 「葉っぱのフレディ」⑦ 緑色の葉っぱたちは一気に紅葉しま 一緒に生まれた 同じ木の 同じ枝の した。公園ははまるごと虹になったよう どれも同じ葉っぱなのに どうしてちがう な美しさです。アルフレッドは濃い黄色に のか フレディには不思議でした。 ベンは明るい黄色に クレアは燃えるよう 「それはね━」とダニエルが言いました。 な赤 ダニエルは深い紫色の三色に変わり 「生まれた時は同じ色でも いる場所がち ました。 がえば 太陽に向く角度が違う。風の通り具 なんてみごとな紅葉でしょう。 合も違う。
〇水底に蝶も舞うらん先帝祭 (みなそこにちょうもまうらんせんていさい) 〇先帝祭家紋の揚羽解き放つ 河童三子 〇先帝祭抱かれ眠る安徳陵 々 〇ものの哀れ語り継がれり先帝祭 々 絵本劇場 「葉っぱのフレディ」⑥ ダニエルの話を聞いて フレディはますますうれしくなりました。老人たちは木かげからでないで小声で昔の思い出を話しているようです。子どもたちは 木に穴をあけたり 名前をほったり いたずらもするけれど笑ったり走ったり 生き生きしています。 けれど 楽しい夏はかけ足で通りすぎていきました。たちまち秋になり、十月の終りのある晩 とつぜん寒さがおそって来ました。フレディも仲間のアルフレッドも ベンもクレアも ぶるぶるふるえました。 みんなの顔に 白く冷たい粉のようなものがつきました。朝になると 白い粉はとけて 雫がキラキラ光りました。 「霜がきたのだ。」とダニエル
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