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カウラ事件:私残し231人死んだ ハンセン病療養所の90歳「体砕けるまで語る」 - 毎日jp(毎日新聞)
◇「生きて辱め受けず」豪の収容所脱走 国立ハンセン病療養所「邑久(おく)光明園」(岡山県瀬戸内市)... ◇「生きて辱め受けず」豪の収容所脱走 国立ハンセン病療養所「邑久(おく)光明園」(岡山県瀬戸内市)で暮らすハンセン病回復者の立花誠一郎さん(90)は、第二次世界大戦で豪州・カウラ収容所に収容された。集団脱走を図った捕虜多数が死亡した「カウラ事件」など、戦争体験を若い世代に伝えてきた。日米開戦から70年が過ぎたが、「戦争の真実やハンセン病患者が受けた差別の日々を、体が砕けるまで語りたい」と語る。 魚雷やオートバイの部品を作る名古屋市の工場に勤めていた立花さんは1941年12月8日、職場で同僚から開戦を聞いた。「やっぱり始まったか」という思いだったという。翌42年、通信兵として旧満州(現中国東北部)へ。各地を転戦し、パプアニューギニアでの戦闘中に敵に捕まり捕虜として豪州に送られた。 収容所でハンセン病を発病。他の日本兵から隔離された場所に天幕を張って暮らしていた44年8月5日未明、日本軍の突撃
2011/12/15 リンク