エントリーの編集
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
人生は、意思とたまたまでできている|桜林 直子(サクちゃん)
記事へのコメント0件
- 注目コメント
- 新着コメント
このエントリーにコメントしてみましょう。
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
人生は、意思とたまたまでできている|桜林 直子(サクちゃん)
はたらくってなんだろう、と考えられるようになったのは、30歳を過ぎてからだった。 わたしが18歳のとき... はたらくってなんだろう、と考えられるようになったのは、30歳を過ぎてからだった。 わたしが18歳のときに父親が病に倒れ、そこから4年間は介護をしながら入院費を稼ぐために働いた。父が亡くなってすぐ、23歳で子供を産んで、そこからはシングルマザーとして、生活費と子どもの学費のため、母の生活費のために働いた。 当時のわたしにとって、仕事は、困らないようにお金を稼ぐ手段でしかなかった。 介護中も子育て中も、自分の時間を仕事だけに費やすことができないので、限られた時間のなかで必要な金額をどうやって稼ぐかを考えて、実現させることが、常にやるべき優先順位の第一位だった。 「シングルマザーだからお金と時間がなくてもしかたがない」と諦めるのはいやだった。けれど、共稼ぎの夫婦と同じ生活をするには「半分の時間で2倍稼ぐ」を叶えないといけない。そんなことは到底無理だと何度もくじけそうになりながら、どうやったらでき