ブックマーク / p-shirokuma.hatenadiary.com (7)

  • 「いにしえの00年代のインターネットへの憧れ」はわかる気がする - シロクマの屑籠

    今の10代の人の間で、「ゼロ年代のいにしえのインターネットへの憧れ」がそこそこ共有されているっぽいのに最近気づいてる— highland (@highland_sh) 2023年12月18日 highlandさんの上掲投稿を見かけて、その少し前に読んだ00年代のブロガーの文章を連想せずにはいられなかった。 amamako.hateblo.jp gothedistance.hatenadiary.jp 未経験な世代の憧れを牽引し、その時代を経験した世代も懐古的に当時を語る、その00年代のインターネットとはどういうものだったのか? 私も思い出したくなったので少しだけ書く。 「当時のインターネットは良いことづくめじゃなかった」という一面 この問題について、同じくhighlandさんは絶対に無視できない一面にも触れている。 おもしろい個人サイトとか、フラッシュ動画とか、2ちゃんの面白コピペとか見て

    「いにしえの00年代のインターネットへの憧れ」はわかる気がする - シロクマの屑籠
    hofdamaan
    hofdamaan 2023/12/21
    わたしはそんなものよりいいものを見つけたので全くノーサンキューです😌匿名インターネットで時間を無駄にしました
  • 誰もが表現者になれる時代はとっくに終わってるんだよ - シロクマの屑籠

    今回の内容は、以前にも誰かが書いていたかもしれない。でもこれから私が書くことを一字一句違わず書いた人はいないはずだから、誰かに届くかもと期待しながら記してみる。 インターネットの普及期と現在を比較して、違っているところを挙げるとしたら何が挙がるだろう? アングラ感の強弱。インターネットの多数派がどんな人なのか。コミュニケーションの主な手段がウェブサイトかブログかSNSか動画か。挙げれば色々ある。 今日、まとめたいのは「誰もが表現者になれる時代の終わり」についてだ。 インターネットではさまざまな新しいネットサービスが流行っては廃れを繰り返してきた。そして共通点がある。どのサービスでも、流行期には「誰もが表現者になれる」という夢が薄らぼんやりと漂い、それに釣られて集まってくる人々がいた。 90年代から00年代のはじめはウェブサイトの時代だった。この頃インターネットをはじめたアーリーアダプターた

    誰もが表現者になれる時代はとっくに終わってるんだよ - シロクマの屑籠
    hofdamaan
    hofdamaan 2023/08/30
    今youtubeとかで「ストリーマー」と呼ばれてる人たちは別にワンチャン当てたからとかばかりではなく、昔から好きで配信続けてたりコンテンツに打ち込んだりしてた人たちで、その辺芸人の下積みの感覚とかまともでは
  • 絵本の周波数で宮崎駿アニメを観てみませんか - シロクマの屑籠

    (この文章は『君たちはどう生きるか』のネタバレをあまり含みません。終盤にちょっと含みますが、twitterほどは含まないでしょう。それから宮崎駿アニメ全体の話についてがメインです) 漫画 君たちはどう生きるか 作者:吉野源三郎,羽賀翔一マガジンハウスAmazon 『君たちはどう生きるか』が公開されて一週間が経った。SNSnoteはてなブログなどにはたくさんの感想や批評や見方がズラリと並んでいる。個人的には、博覧強記で経験豊かなアニメ愛好家が読み解いたネタバレ記事に惹かれた。専門家みたいな読み解きかたは難しい。それだけに、それが出来る人の文章にはリスペクトを感じる。 反面、あまり楽しめていない人、つまんないって言っている人も結構みかけた。インフルエンサーによる「駄作だ」というメンションに「いいね」が集まっていることも。それもわかる気がする。もはや国民的アニメでもあるいにしえの宮崎駿アニメ

    絵本の周波数で宮崎駿アニメを観てみませんか - シロクマの屑籠
    hofdamaan
    hofdamaan 2023/07/21
  • どんな人が・なぜ身体拘束の対象になっているのか──疾患分類からみえること - シロクマの屑籠

    東京新聞の記者が日精神科病院協会(日精協)の会長にインタビューした記事が掲載されていた。 www.tokyo-np.co.jp この記事は、精神科病院での身体拘束を問題視し、その必要性を述べている日精協会長の発言まで問題視するもののようにみえる……が、あまり迫力ある主張になっていなかった。 これは、精神保健指定医である私が見てそう感じただけでない。個人の自由を尊重する価値観の多いはてなブックマークのユーザーの反応も、そのようなものだった。 [B! 医療] 身体拘束「なぜ心が痛むの?」「地域で見守る?あんた、できんの?」精神科病院協会・山崎学会長に直撃したら…:東京新聞 TOKYO Web この、はてなブックマーク上の反応をみる限り、多くの人は事態がそれほど単純ではないことを見抜いている様子だった。 身体拘束をはじめとする行動制限については論点がたくさんあり、全てを論じようとすれば一冊の書

    どんな人が・なぜ身体拘束の対象になっているのか──疾患分類からみえること - シロクマの屑籠
    hofdamaan
    hofdamaan 2023/07/08
  • ますます静かに・安全になっていく社会は人間を自由にするか - シロクマの屑籠

    anond.hatelabo.jp リンク先の文章には、近隣の公園の喧騒に過敏になり、クレームをつけるに至った人の体験談が丁寧に記されている。いつものようにはてなブックマークにはたくさんのコメントが集まっていて、さまざまな意見、見解、感想が入り混じっている。 コメントのなかには、筆者の体験を病的であるとみなし精神科病院に行くよう勧めるもの、逆に精神科病院に行くよう勧めることが問題の個人化を促し、環境の改善がおざなりになってしまうのを懸念する声も見受けられた。なるほど。とても現代的だ。ここでは、近隣での騒ぎ声についての悩みが医療化されていると同時に、行政にクレームをつけることで改善を期待するさまが読み取れる。どちらも昭和時代以前には稀なソリューションだったに違いない。 昭和時代だったらどんなソリューションになっただろうか。 決まっている。「コラー!」である。 「子供が公園で自由に騒げた時代」

    ますます静かに・安全になっていく社会は人間を自由にするか - シロクマの屑籠
    hofdamaan
    hofdamaan 2023/06/08
    本邦は自由状態での危害・迷惑の認識が高まっていき、「人にしてはならないこと」というルール(権力)が強まっていくという話。一部では危害認識の高まりと批判されるが私はそれは自由状態の「ヘタさ」の問題と思う
  • 「TPOのできた発達障害な人でも働きにくい社会」とそのコンセンサス - シロクマの屑籠

    私の場合、診察室はもとより、私生活でも「大人の発達障害」と診断された人によく出会う。私が好きで好きでしようがないインターネットやサブカルチャーの領域にも「大人の発達障害」と診断される人がごまんといて、彼らなりに活躍していたり苦労していたりする。 「大人の発達障害」と診断される人々に診察室で出会っても、プライベートで出会っても、彼らの大半は礼節や礼儀作法をしっかり身に付けている。少なくとも、そういったTPOがなっていない人にはあまり出くわさない。もちろん、空気を読んで当意即妙の発言ができる/できないであるとか、会話中の手足の挙動とか、そういった部分から発達障害の特性が垣間見えることは、ある。けれども古典的な自閉症のような重度の発達障害ならいざ知らず、「いまどきの大人の発達障害」と診断されている人のなかには一定のTPOを身に付けている人がたくさんいるし、そのおかげでプライベートな付き合いが成立

    「TPOのできた発達障害な人でも働きにくい社会」とそのコンセンサス - シロクマの屑籠
    hofdamaan
    hofdamaan 2021/02/18
  • 「ダイレクトな怒りがタブーになった社会」 - シロクマの屑籠

    togetter.com 昨年末に、「今の世の中では怒りをコントロールすることに高い価値が置かれている」というtogetterを見かけた。@marxindoさんの投稿を中心に、怒りの表出が困難になった現代社会についてあれこれ書かれている。 marxindoさんの投稿は私もリアルタイムで読んでいて、以下のようなツイートを書かずにはいられなかった。 今の人、怒りをコントロールしているっていうより怒りを遠ざけているだけだな、と感じる。もちろん昭和の人々が怒りをコントロールできていたとは限らない。しかし社会に怒りの表出が少ないからといって、コントロールできているのか、さっぱりわからない。— p_shirokuma(熊代亨) (@twit_shirokuma) 2017年12月27日 怒りをダイレクトに表出するのは、現代社会ではタブーとなっていて、そういうことをやると、やれトラウマだハラスメントだ虐

    「ダイレクトな怒りがタブーになった社会」 - シロクマの屑籠
    hofdamaan
    hofdamaan 2018/08/02
    怒りっ「ぱなし」が忌避されるだけでは。そりゃそうだ、そんな奴には近づきたくない。
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