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思い出に関するmadookaのブックマーク (27)

  • 図書館の喫茶室が好きだった

    県立図書館に入っている喫茶室が子供の頃大好きだった。一通り好きなを読んで、借りるを選んだ後に立ち寄る喫茶室。街中の喫茶店より狭くて、整理整頓されているけれどどこか色気の欠けた内装をしていて、メニュー数も少ない喫茶室。やる気があるのかないのかよくわからない静かな店主。飲店として見ると決して充実しているとは言えなかったけれど、自分にとってはすごく特別な場所のように感じていた。 無味乾燥とした図書館の廊下から喫茶店に一歩足を踏み入れた時に感じるべ物の香り。ピラフもミートソーススパゲティもホットケーキも、決してすごく美味しいというわけではない。むしろ妙にこざっぱりとした深みのない味わいのメニューばかりなんだけれど、飲してはいけない図書室エリアのすぐ隣でべ物を頬張る背徳感みたいなのもあって、他の飲店では味わえない特別な気持ちを味わえる場所だった。 最近は公営の図書館に併設されている喫茶

    図書館の喫茶室が好きだった
  • 雪の宿とぽたぽた焼き

    保育園のおやつで出てくるお菓子で強烈に自分の味覚に刺さる味があった それが雪の宿であった せんべいに白いフレーク状の砂糖がのった甘辛い味 むちゃくちゃ奇跡のべ物だと思って愛していたが 自宅でも買ってほしいとお願いしたいのにも関わらず 「雪の宿」を読むことができなかったため 「せんべい」「甘辛い味」「読むことができる」お菓子として 『ぽたぽた焼き』をリクエストしては「これじゃない…」と悲しむ幼少期であった 大人になった今は無限に雪の宿を買うことができるようになったが 改めて識字についての重要性を考えた

    雪の宿とぽたぽた焼き
  • たまに思い出すこと

    大学生の時、空き教室で友達と喋ってたら 「クリスマスが今年もやってくる〜」って友達が歌い出して そういえば、クリスマスって「来る」っていう表現使うのに「行く」って表現は使わないのかなーと何の気なしに言ったら 知らない教授が急に教室に入ってきて俺に「君は研究者に向いている」って話しかけてきたんだよな それだけなんだけど なんとなく嬉しかったのを覚えてる

    たまに思い出すこと
  • 嫁のはてブが閉鎖し、なれのはてブを作って1週間が経った

    嫁のはてブが閉鎖して1週間が経った。変わらず手癖でGoogleに「嫁のはてブ」と入れてサイトに飛んでしまうのが悲しい。 [補足] 嫁のはてブ関連のブコメで「嫁のはてブって何だ?」というコメントを見かけたので、もし嫁のはてブを知らない人は以下ページを見てもらうといいと思う。 ■「はてブ」をリニューアル前風デザインで 個人が一晩で開発 - ITmedia NEWS https://www.itmedia.co.jp/news/spv/1301/09/news089.html 2013年から約10年間ほぼ毎日嫁のはてブを使っていた。 嫁のはてブの閉鎖が決まってからはてなブックマーク公式サイトを使おうとしてみたが、正直キツい。 アプリの方はまだ見た目には良さそうだったのだが、自分は気になった記事ページとブクマページを一旦タブで全部開いて、開ききってから読んでくというスタイルなのでアプリは合ってなか

    嫁のはてブが閉鎖し、なれのはてブを作って1週間が経った
    madooka
    madooka 2022/08/23
    サービスのこういうの読みたいんだよありがとう。少し前はポエムとか言われていたやつ(詩をやる人に失礼で呼ばれなくなったが、何か名前が欲しい)
  • 20年ほど前のWebサービスを探しています

    20年ほど前に楽しんだWebサービスの名前を思い出したいのですが、どうしても思い出せません。 もうサービスをしては継続していないことはほぼ明らかなのですが、気になっています。 そのサービスは、メールアドレスと架空の友人となる人物の名前を登録すると、 定期的にその友人から旅に行ったという報告が来るというものでした。 写真もついており、海外の風景が載っていた記憶があります。 しばらくするとその友人から、不思議な場所に来てしまった、という報告があり、 写真は CG で作られた、宇宙の一部のような写真が送られてきました。 今思えば子供だましではあるのですが、実際に当時私は中学生だったため、とても楽しんでいました。 金額は全て無料だったと思います。中学生が当時インターネットサービスにお金を払うとは考えにくいからです。 このようなサービスをご存じの方いないでしょうか?

    20年ほど前のWebサービスを探しています
    madooka
    madooka 2022/07/22
    解決済みだが、スマホゲームで似たのがあったな…と思い自分が悩んでしまった。なんだっけあれ… / id:TriQ それだ! ありがとうございます! / ひとりぼっち惑星だった
  • たろやんの横投げ

    ドッジボールでのたろやんは最強だった。 彼の横投げからは誰も逃れられない。 気がつくとコート内に残った者はたろやんだけ。 小5のたろやんは無敵だった。 そんなたろやんの家へ、ある日みんなで遊びに行った。 すると、たろやんともう一人の友人がいなくなった。 家中を探すと、2人はベットにいた。 なんと2人はキスをしていた。 男同士なのに・・・とショックだったが、 たろやんなら許されると思った。 それほどたろやんは魅力的だった。 たろやんの横投げ。そしてキス。 一度受けてみたかったな。 たろやん、今頃どうしてるかな。 今俺は結婚して、子供が産まれたよ。 いつか子供が大きくなったら、一緒にドッジボールをするんだ。 そして、横投げを教えたい。 横投げは最強の象徴だから。 たろやん イズ フォーエバー。

    たろやんの横投げ
  • あの夏。

    目が覚めたら終わっていたラジオ体操。 うだるような暑さ。 朝のニュースから惰性で流れていたワイドショー。 仕事へ向かう前に母親が切っていったスイカ。 昼にはコンビニの冷やし中華。 「笑っていいとも!」が終わり、チャンネルを変えて「大好き五つ子」「キッズ・ウォー」。 午後からは遊ぶ約束。 火傷しそうなくらい熱せられた、マウンテンバイク風の自転車のサドル。 友達の家まで5分。歪むアスファルト。 不思議な匂いだが、意外と嫌いではない友達の家の匂い。 ゲームに熱中している間に感じなくなっている、不思議な匂い。 友達と2人でゲームに飽き、駄菓子屋で啜る青色のゼリー。 変な看板が立ってる空き地。 いつも自転車のカゴに常備されている虫カゴに放り込まれるミミズと蜘蛛。 焼き魚の匂い、茜色の空。 手も顔も服もズボンも土まみれで帰宅すると、呆れた顔をする母親。 カレーべていたはずなのに、気が付くとスズメ

    あの夏。
  • 🕊 今の家では朝、 ホーホー ホッホー が聞こえる。 小さい頃、親戚の家..

    今の家では朝、 ホーホー ホッホー が聞こえる。 小さい頃、親戚の家(田舎)に泊まりに行ったときによく聞いてた鳴き声。 自分の家(ど田舎)では聞いたことがない。 毎年親の実家であるその家に行くのが楽しみで仕方なかったので、ホーホー ホッホーももちろんそのワクワクと結びついてる。 ちょっとしょっぱい気持ちもあるけど、 よい🕊

    🕊 今の家では朝、 ホーホー ホッホー が聞こえる。 小さい頃、親戚の家..
  • 激シブ紅茶は大学院の味

    ずいぶん前になるんだけれど、大学院生だったとき毎日紅茶を飲んでいた。6畳くらいの細長い居室に4人が机を並べて、来る日も来る日もボロボロの校舎で過ごしていた。大学院は楽しいだけではなかったけれど、今では懐かしい。 毎日、通勤ラッシュが終わったころ登校すると、ドンキで買った安物の電気ケトルでプラスチック臭いお湯を沸かし、卒業した先輩が残していった「HAWAII」と書かれたマグカップに注いでいた。安い紅茶、100個入りで500円の紅茶は、シブい。将来の不安と金欠のダブルパンチだったら、朝入れたティーバッグを入れたマグカップにお湯を継ぎ足して一日中飲んでいた。だんだん夕方になるとマグカップの中が出涸らしで茶色い水みたいになってきて、早く研究を終えて帰りたくてしょうがなかった。 寒い日も暑い日も毎日紅茶を飲んだ。教授に進捗報告をした後で、冷めて真っ黒になった紅茶を一気に飲み干す爽快感は忘れない。締め

    激シブ紅茶は大学院の味
    madooka
    madooka 2022/06/25
    良い…
  • 先輩にもらったマグカップ

    今日みたいな終わりかけの夏を感じる晴れた日はどこかしんみりとした気持ちになってしまう。 15年以上前だが、中高一貫の女子校に通っていた。 女子校あるあるなのだが、みんな「好きな先輩」がいて箱経由でお手紙交換したり、バレンタインには気合を入れてお菓子を渡したりしていた。 上下関係が厳しく、上級生の廊下、ましてや教室まで行くのはタブーとされており、階段や廊下で同じ部活の先輩に会ったら通り過ぎるまでお辞儀をし続ける、そんな「伝統」のある女子校だった。 私はハンドボール部の日焼けした肌と切れ長一重のショートカットの先輩が好きだった。 運動神経抜群な先輩の体育の授業をひと目見ようと休み時間ギリギリまで粘って校庭を眺めたり、先輩が生徒会に入るという噂を聞けば立候補したりした。(結局ただの噂で先輩は生徒会に入らなかった) 今では先輩のプロフィールなんてほとんど覚えていないが、長めの前髪から覗く目と視線

    先輩にもらったマグカップ
    madooka
    madooka 2022/06/25
    “どこかで私のような人がいつもあなたの幸せを願っている”
  • 迷子の犬についていったら飼い主の家についた話

    10年以上前の話。 友達の家のあたりで遊んでいたら、大型犬がリードもつけず歩いているのを発見した。 野良犬なんて滅多にいない時代だったし、飼い主らしき人もどこにもおらず、二人で迷子だろうと結論付けた。 小学校高学年あたりだったけど、隣に並んで立つと私の腰くらいの大きな犬だった。犬が立ち上がれば私と同じぐらい、いやもっと大きいかもしれないと思った。もうあまり覚えてないけど毛並み的にゴールデンレトリバーぽい感じの犬種だったと思う。 笑顔に見える人好きのする顔で、全く吠えず人懐っこい犬だった。 よく吠えられるせいで犬に近寄れない私でさえ怖がらず撫でることができた。 首輪をみると名前しか書いておらず、悩んだ私たちは交番まで連れて行くことにした。 なのに、犬は道がわかっているかのようにスタスタとどこかへ歩き出した。まるで私たちがついてきてるか確認するように振り返りながら。 私たちは好奇心でその犬につ

    迷子の犬についていったら飼い主の家についた話
  • 子どもの頃に食べて、すごく美味しかった干し梅があって、でもパッケージ..

    子どもの頃にべて、すごく美味しかった干し梅があって、でもパッケージがどんなだったかを忘れてしまった。 また同じものをべたい一心で、おやつにはいつも干し梅を買ってもらっていたんだけど、どれもなんか違った。 記憶にあったのは、種があって、酸っぱめで甘くなかった、ということだけ。 当時は子どもだったので、ネットで調べるだとか、スーパーやコンビニをはしごするなんてこともできず、ついぞその干し梅に再会することはなかった。 大人になって、その干し梅のことも忘れて、でも干し梅を好きな気持ちは変わらなかった。 ところで最近、家にいる時間がとても増えた。 今までは職場のお菓子をべながら仕事をしていたのが、お菓子が支給されなくなってしまったので近所のお菓子屋さんで買い溜めすることにした。 グミやクッキーをカゴに入れていると、梅コーナーに目がとまった。 よく買う干し梅の他にも、色んな干し梅が並べてあった。

    子どもの頃に食べて、すごく美味しかった干し梅があって、でもパッケージ..
  • 大根の味

    大根おろしが大好きで週に三回くらいは鼻歌歌いながらおろしてる。 ふと気づいたけど、大根、辛くなくなったよね。20年くらい前はなんかびっくりするくらい辛い大根とかたまにあたってたような気がする。 野菜の味、変わってきてるよなぁ。ほうれん草とか、やっぱり20年前はエグミ強かった気がする。子供が嫌いっていう程度には。 品種改良の恩恵なんだろうけれど、そう考えると、野菜の目利きスキルとか、相対的に価値が下がってるんだろうなあ。八百屋のおっちゃんの「今日は甘いよ」「辛いよ」みたいな判定って、無意味化しちゃったんだろうな。美味しい不味いという話じゃなくて、ブレ幅がなくなった気はしてる。 しなびた野菜売るスーパーもなくなったし、流通も進歩したんだろうなあ。

    大根の味
  • フリーセル大好き

    フリーセルが好きです。 最初は15年ぐらい前にガラケーのアプリでいろいろ遊んでいました。 あるとき100問が10面、全1000問あるフリーセルに出会いました。 1問解くごと1マスオープンされて、100問全部解くとワンちゃんのイラスト(実写風)が1枚完成します。かわいい。 最初は1000問全て解くまで1年ほどかかっていましたが、10周目以上になってくると3か月ぐらいでワンちゃん10匹そろうように。 7年前スマホに替えました。 早速ガラケーで遊んでいたのと同じような、イラストを作っていくタイプのフリーセルアプリがないかとストアで探しましたが、見つけられませんでした。 イラストを作らず普通にフリーセルを楽しみつつ、ワンチャン期待してストアで物色する日々。とうとう見つけました。喜び勇んで、まずは1枚目の100問を解きました。 お城の画像が完成しました。ワンちゃんのときほどテンションは上がりませんで

    フリーセル大好き
  • 昭和65年

    昔パソコン通信にSS65という草の根BBSがあった。 Since Showa 65の略で、平成の初期に誕生した、平成を認めない人たちの掲示板。 そこではずっと昭和が続いてる体で話すのが暗黙のルールになっていた。 インターネットの時代になってからSS77というネット掲示板も登場したが、そこはあまり流行らなかった。 あそこにいた人たちは今も昭和の世界を生きているんじゃないかと時々妄想する。

    昭和65年
  • アルフィー情報の島田さん

    という人が昔いて、何をしてたかって言うと、アルフィーのラジオ番組の一コーナーの中でアルフィーのコンサート情報を告知していた。 当時はインターネットなんかなかったので、全国各地のチケットプレイガイド(販売受付)の電話番号をいちいち読み上げていた。 で、その手の電話番号は末尾4桁が9999であるパターンが比較的多いので、島田さんは次第に9999を読み上げることにえもいわれぬ快感を見出すようになってきた。挙句の果てには9999と読み上げるその声にエコーがかけられることもあった。 島田さんはまだ元気だろうか? (追記) ブックマークのコメントでマネージャーの棚瀬さんという方が紹介されていたが、この方と混同しているかもしれない。 確か番組は2つあったような気が… 坂崎幸之助ののるそる と 坂崎幸之助のオープンG だったかな。 他にもあるのかも。

    アルフィー情報の島田さん
  • 田舎の祭り

    幼少の頃の記憶。当時は人口一万人弱だった私の郷里の、小さな町。そのまた更に片隅に在った、小さな神社の祭り。その夏の一夜も毎年の恒例どおり、屋台が並んだ神社前の商店街―――と呼ぶにはあまりにも短い道―――を御神輿が練り歩いていた。 「ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!」 (※掛け声や会話を正確に表記すると方言などから地域を特定される虞れが有るので、この文では誤魔化してあります。) 盛大で楽しげな掛け声と共に、御神輿は上下に、前後左右にと、激しく揺れ動いていた。 その御神輿を担ぐ集団が、幼い私の前を通過しようとした時のことだった。 「ワッショイ!ワッショイ!ワッ」 ガツッ!!! 大きな音を立てて、御神輿の担ぎ棒が、見物客の一人である中年のおじさんの額に当たった。 おじさんの額は割れて、血が流れ落ちた。飲酒して赤ら顔だったおじさんの皮膚よりも、もっと色が鮮やかな血は、瞬く間におじさ

    田舎の祭り
  • 1997 みんな体育館に座って、全校集会が始まるのを待っていた。小声でコソコ..

    みんな体育館に座って、全校集会が始まるのを待っていた。小声でコソコソおしゃべりをしながら。 一番寒い時期を超え、体育館用の大きな送風機付きヒーターが動いているとはいえ、床はとても冷たく、自分が座っている場所だけが徐々に居心地が良くなっていった。 隣に座っていた、あまり普段交流のないクラスメイトが突然、JUDY AND MARY の くじら12号を口ずさんだ。 「クラッカーとチーズとワインでフル回転のスクリューはグゥ」…知っているよ、なんて歌詞なんだろうね、でもいい曲だよね。自分も好きだよ。 こちらは声に出して言わなかった。ほんの少し、勝手にクラスメイトとの距離感は縮まった。

    1997 みんな体育館に座って、全校集会が始まるのを待っていた。小声でコソコ..
  • 予備校の食堂

    浪人時代行ってた予備校、堂が併設されていて、そこがかなり好きだった 授業料?寮費?から金が出てるっぽくて、異常な安さだった 18〜20歳くらいのやつらを相手にしてることもあり、量もすごかった 以下、メニュー覚え書き カレー ¥250固定メニューのひとつ ジャガイモとニンジンがゴロッと入っていて、そこらのレトルトカレーとは違う雰囲気を出しつつ、味はわりとレトルトで、なんなら結構まずい という稀有なカレーだった 福神漬けが(常識的な量なら)取り放題で、俺はわりと福神漬けをたくさん盛ってっていた 酸味が加わってうまかった 250円で若干完がキツいくらいの量を出してくれるのでコスパは抜群 マズイのにときどきべたくなる不思議な魅力があったように思う うどん・蕎麦 ¥150日替わり定が好みに合わず、カレーべる元気もない そんなときに候補になるのがこれだった 味はまあマジで特筆するべき

    予備校の食堂
  • 学校プールの中止と赤い旗

    自分が30年も前に通ってた小学校は、田んぼのど真ん中にあって、周りには学校より高い建物など何も無かった。 そんな田舎の小学校だったが、夏休みには他の学校と同様、プール開放日が設けられていた。 その日にはたまに、学校の屋上に赤い旗が掲げられていたことがあった。それは、何らかのトラブルでプールが使えないときで、 わざわざ学校まで行かなくてもプールの中止を知ることができる素晴らしい仕組みだったったのだ。 メールも無い時代だったので、その遠路をはるばる歩かずに済むその効果は、小学生だった自分にとって絶大なものだった。 のろしだなんて大昔のものかと思うかもしれないが、こうして近い過去にも存在していたのだ。 さて、今もこういうことしてる学校はあるのだろうか。

    学校プールの中止と赤い旗