先日生徒さんが「授業で英語で話すが、後で思い出したら日本語で思い出す。大丈夫のでしょうか。」と尋ねた。私にも同じ経験がある。日本語で何かを聞いて、後で英語で思い出す、それとも逆に英語で聞いて後で日本語で思い出す。私が何語で言ったか覚えられない場合もある。バイリンガルの人なら、このような経験は少なくないだろう。 興味深い点は、思い出の形を明らかにすることだ。要するに、思い出は、言語の形ではないと言える。思い出も言語だったら、思い出したら必ず同じ言語で出てくるはずだ。だが、私の場合、同じ思い出でも時々英語で、時々日本語で思い出す。思い出の形は何かが分からないが、博士論文の考察で示唆があると思う。ここで説明するのは難しくて時間がかかるので、詳細を述べないが、模型のような形で覚えると思う。そして、また考えたくなったら、言語に移して、脳の表舞台に出して考えるのではないか。実は考察は単純に言語で行われ