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性と人生とジェンダーに関するnasuhikoのブックマーク (3)

  • 男らしくない男が嫌い

    というか、男の役割を投げ出した男が嫌い。 昔は「男らしさ」に苦しんでるなら可哀想だなと思って、理解しようとしたけど、嫌いになってきた。 結局、社会に貢献しようって気持ちが無いんだよね。 子供の時分に「個性を尊重されたい」って言うなら良いかもしれないけど、成人してからもこれが個性だ!って言ってるのは見苦しいなと思う。 私も成人して結婚して、「自分は女に産まれたんだから、それに見合った社会貢献(出産)をしよう、そのためには色々諦めてもいいや」と決断して、それ以来当に嫌いになった。 同じ理由で、女の役割を投げ出した女も嫌い。 共同体主義?ってやつかもしれないし、私だって芸術とか文化は好きだけど、共同体が機能しなくなったらそういったもの、何も生まれないじゃん。 若い女をチヤホヤするのは、子供を産めるからでしょ。女を優遇しても、何人か子供を産むなら充分ペイするから。だから産まないのは論外。 子供を

    男らしくない男が嫌い
  • 性嫌悪と自分の内なる加害者性について - 自意識をひっぱたきたい

    (※この記事は性暴力について言及されています。性暴力に関して思い出したくない記憶がある方は、見ないことをお勧めします。) 最近「性嫌悪」という言葉を知りました。きっかけは、Twitterのプロフィールに「性嫌悪」と表記されている人のツイートに共感することが多々あったとか、そのくらいのことです。そんなこともあり「性嫌悪」という言葉について少しだけ調べてみたら、自分の黒歴史や、現在の自分についてよく理解できてしまったので、そのことについて書こうと思った次第です。そしてそれを自覚できたことは、自分にとって割と辛いことであったのでした。 僕が性について考えざるを得なくなったのは、2年前にある人と出会ってしまったからです。最高にひきこもりを極めていた2年前の僕は、Twitterで「自分の後ろに常にもう一人の冷めた自分がいて、そのせいで何をしても楽しくないんだー!」と、離人的な苦しみをツイートしまくっ

    性嫌悪と自分の内なる加害者性について - 自意識をひっぱたきたい
  • わたしのセックス、労働観、そしてセックスワークについてのエントリのまとめ - c71の一日

    わたしは行きずりの人とセックスしたことがあります。 それで、わたしは自尊心と、男性に対する信頼感を取り戻しました。その人は、わたしにいやなことをせず、希望を尊重してくれました。何の関係のない人間だから、ひどいことだってできたのに。 でも、それをしないでいてくれた、ってことに自尊心がボロボロだったわたしは、救いを感じました。世の中には普通の男がいるってことがわかったこと。 だから、それはビッチ療法だったのだと思います。自分の彼氏だったり、付き合う、という形にとらわれなくても、お互いを尊重するセックス、って存在するんだな、ってわかりました。 それがわかったとき、わたしはとても救われました。 いやなことをひとつもしなかったその人のことを考えると、懐かしいです。 良い時間を過ごせた、ってことが、良かったです。わたしはあのとき、切羽詰まっていて、真剣でした。真剣に、セックスと向き合っていました。 誰

    わたしのセックス、労働観、そしてセックスワークについてのエントリのまとめ - c71の一日
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