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後で読むと社会とヲタに関するrag_enのブックマーク (4)

  • 戦後日本のサブカルチャーにおける加害としての暴力 - Write off the grid.

    以下は、2020年の『群像』新人賞で最終選考まで残り、落選となった文章である。 これはもともと同賞への応募原稿として書いたわけではなく、アメリカ留学中に何十と書いたノートの1つである。留学1年目の第2セメスター終盤、わたしは履修していた授業のレポートとして2つのアイディアを抱えていた。結局はもう片方の案、村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』論をレポートとして提出したのだが(これは論文化された)、その後、夏休みに入ってヒマになったので、提出のアテもないまま、もう片方のアイディアを日語で文章化することにしたのだった。同賞に応募したのは、その約2年後である。 なるほど、いま読むと院生のノート以上のなにものでもないが、もはや改稿して論文化する意味もないので、誰でも読めるようブログ記事として放流することにした次第である。これを読んで若い人たちに「阿部も留学初期はこんなもんか(じゃあ自分もイケるな)」

    戦後日本のサブカルチャーにおける加害としての暴力 - Write off the grid.
  • 【人物ルポルタージュ】29万票の金利~山田太郎と「表現の自由」の行方 - おたぽる

    「マンガ・アニメの表現の自由」をめぐる騒動は尽きない。おおよそ、この世に表現というものが生まれてからというもの、時の権力や世の良識と対峙するのは、あらゆる表現の宿命というもの。 けれども、それは大衆が議論する政治的な課題とはなりにくい。先月行われた東京都議会選挙でも「表現の自由」を争点としようという試みはあった。「表現の自由」に関心のある候補者が当選、あるいは落選はした。けれども、豊洲への市場移転などのテーマに比べれば関心を持つ人が少なかったことは否めない。 昨年「マンガ・アニメの表現の自由」を掲げて参院選に挑み、29万票超を獲得するも落選した山田太郎。この一人の人物を通して「マンガ・アニメの表現の自由」の実情を記していこう。 ■刺激を欠いた。「表現の自由」を求めた都議選署名活動 自動ドアが開き、一歩外へ踏み出す。そこは、夕方の目黒駅前のロータリーの雑踏。とたんに、長いため息が出た。 まだ

    【人物ルポルタージュ】29万票の金利~山田太郎と「表現の自由」の行方 - おたぽる
  • オタク文化の転換点? オタクの右傾化やミソジニー、ネタのベタ化、プロパガンダとしての「萌え絵」の批判的検証

    ミームはまだ時代を変革するレヴェルの“大衆兵器”とまではいかず(2016年のレヴェルに達するのはまだ先だった)、それでもトロール(荒らし)の意味は知られていた。そしていま、グランピー・キャットが死んだ。 グランピー・キャットの死と同時に、ひとつのインターネットの時代が終わった。インターネットが「憎悪」ではなく「喜び」であり、「嫌がらせ」ではなく「応援」だった時代が終わりを告げたのだ。 当時のネット掲示板4chan」は不穏な感じも漂う場ではあったが、笑いに関しては害のないものだった(少なくともそう見えた)。 けだるそうな、ダンス、絵画「エッケ・ホモ」の投稿などが、数カ月にもわたって大勢に幸福をもたらしてくれる時代があった。ノスタルジーはときに危険なものだし、古い人間だと言われるかもしれない。だが、そんな時代はもうやってこないのだ。 — 不機嫌なの死と、牧歌的なインターネットの終わり S

    オタク文化の転換点? オタクの右傾化やミソジニー、ネタのベタ化、プロパガンダとしての「萌え絵」の批判的検証
  • 民主党の失敗。オタク離反編。

    二日市とふろう (旧名:北部九州在住) @hokubukyuushuu 我が党の失敗。オタク離反編。しかし、ウォッチャーとして我が党を眺めると当に無数の失敗が出てくるからネタに困らないのが困る。で、Fate/stay night [Unlimited Blade Works]が放映されているので、それがらみのネタを一つ。 2014-10-15 12:01:06 二日市とふろう (旧名:北部九州在住) @hokubukyuushuu とあるオフ会にて、私はこんな予言をした。「衛宮親子はリベラル層にとっての天敵になるぞ」と。私的には見事に的中したのでほっとしたが、そんな予言の背景とその後を自分でまとめるためのつぶやきである。まぁ、気楽に流してくれるとうれしいと予防線をはりはり。 2014-10-15 12:04:24 二日市とふろう (旧名:北部九州在住) @hokubukyuushuu ま

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