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コーヒー沼
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俺はイラスト描けないが LINE のスタンプを作りたい俺はイラストを描けないけど LINE スタンプ作りたくなったので、イラストを描けないのに無理して LINE スタンプ作りました。 なぜ LINE スタンプを作りたいのかというと、みんなを笑顔にしたいし、みんなを元気にしたいし、金が欲しいし、イルカは海を泳ぐし、子供の可能性は無限だし、とにかく金が欲しいからである。 そんなわけでイラストを描けない人間がいかにして LINE スタンプを作ったのかを紹介しようと思います。 まずはコンセプトを決めよう方向性が決まっていないのにダラダラ作業をしても意味がありません。まずスタンプのコンセプトを決めることが大切です。コンセプトをしっかりと作ることによって、イラストが下手糞な人でも、本職のデザイナーや画家やらイラストレイターよりも素晴しいスタンプを作れる可能性があります。 そんなわけで、俺が酒飲みながら
最近はあまり見ないが、ネットで時折使用されていた「フイタwwww」という用語が大正時代にもあった。ただし「フイタww」ではなく「フイタ……。」である。 豪傑由利鎌之助漫遊記 凝香園 著 博多成象堂 大正四(一九一五)年 1915 開いた口に魚の骨を投げ込まれた武士の発言、なぜフイタなのかは謎、後半の「ホヽヽヽ子(ネ)ヽヽヽノヽヽヽド……」は喉に骨がという意味だろう。 講談速記本のカタカナ表現は、明治の時点でも他ジャンルと比べて圧倒的な豊かさを誇っていた。 大正時代に入ると豊かになりすぎ、現在では読解不能な表現も発生している。
新聞とか終わりだ終わりバカモノ!!!!!みたいな話があって、なるほどなぁとか思わないでもないんですけど、新聞がなくなった後で、文化のある分野を誰が支えていくんだろという感じの素朴な疑問もあったりします。 新聞は今でこそニュースが書いてある紙みたいになっちゃっていますが、かっては印刷やら販売網などといった最新技術の結晶でした。なんでインターネットに乗り遅れたのか、意味が分からない感じがしますが、それはまた少々違うお話なので置いておきましょう。 とにかく新聞は最新鋭の技術を取り入れると同時に、優秀かつ新しもの好きな人材を集め、どんどん成長していき、その余力で様々な文化を地方に普及させたりしています。わかりやすいものだと、こういうのがあります。 読むのが面倒な人向けに要約すると、今でいう通販販売です。 なんでこんなことを始めたのか、理由は様々ですが、もともと広告として掲載した商品を、新聞社で販売
MacBook Air 13inch(1.8GHz i7 4GB SDRAM 256GBSSD (Mid 2011)) から MacBook Air 11inch (1.4GHz i5 8GB SDRAM 512GBSSD (Mid 2014)) に買い換えました。性能的には同じより少し速いくらいです。 MacBook Air のインプレは大量にあるので省略しますが 11inch にして持ち歩く頻度がすごく上りました。なぜなら 11inch のほうが、圧倒的に軽いからです。 こう見るとパソコン自体の重量差は270gでそれほど大きなものでもない。それなのに軽く感じる。なぜならカバンその他諸々を、小さいパソコン向けに買い換えたからです。 例えばですけどAmazonベーシック ラップトップスリーブ ですと、11inch 用と13inch用の重量差は36gです。誤差のようなものですが、製品によって
読書メモを書いておくと、便利で楽しい。しかし読書メモはなかなか続かない。なぜかといえば、読書メモを書こうとするからです。 そんなわけで、書かずに読書メモができる仕組みを作りました。 仕組みは簡単で emacs で近デジフォルダを開いた瞬間に、開いた日時と書誌情報を読書メモファイルに書き込むというものです。これで自動的に情報が蓄積していきます。 気が向いたらファイルに感想などを書き込みます。 形式としては次の様になります。 山岡勝子 : 軍事探偵 野花散人 著 駸々堂 大正二(一九一三)年 1913 2014-10-11 16:36:13:チャームされる。舞台はキリリと回り……などわりと斬新な表現、一部新感覚派に似ている部分あり。 具体的なファイルはこういう様子です。 個人的な経験則ですが、書籍の名前を正確に記憶できるのはせいぜい500冊程度まで、それ以上になるとエピソード記憶を使い書籍を管
より良くする電子書籍読書環境についてです。 OSX 上に電子書籍の読書環境を作りました この作業で純粋にファイルを開くのは、かなり楽になりました。 今回はさらなる高みを目指し、よりよい電子書籍読書環境を作っていきます。参考までに私が管理したい書籍ファイルは次のような感じです。 基本的には毎日読んでいる現在2000冊程度で毎年約450冊増えていく近代デジタルライブラリーからダウンロードしているこの環境で今後10年程度は快適に使い続けることが出来る環境を作っていきます。 より良い環境とは個人が電子書籍の環境みたいなのを考える場合、まずはモニタやソフトウェアに目がいってしまいますが、最近はとにかくダルい要素を排除する方向で環境を作っています。前回の作業では主にファイルを開くダルさを解消しています。 なぜダルいのがダメなのか、一言でいえば読まない時間は読めないからです。ハードウェアを使い読書速度を
古い本を読むと、今では失なわれてしまった変な表現を発見することができます。なかでも講談速記本は大正時代あたりまでは、常に時代の先端を走っており、個人的には非常に好きです。 奇妙奇的烈変的(きみょうきてれつへんてこ) 奇々怪々的変的(ききかいかいてきへんてこ)……何(どう)うも訝(おか)しい、余っ程大変しッかり訝(おか)しい いずれも講談速記本『寛永豪傑春日熊之亟』(玉田玉秀斎 口演[他] 樋口隆文館 明治四二(一九〇九)年 1909)より ちなみにこの時期にが『奇妙』『怪奇』『怪し』といった言葉が探偵小説で流行しはじめていました。もともと探偵小説は講談速記本の技術を取り入れ進化していったのですが、負けじと探偵小説の流行を講談速記本も取り入れていたという好例です。
大昔に『チャームする』というちょっとした流行語がありました。 山岡勝子 : 軍事探偵 野花散人 著 駸々堂 大正二(一九一三)年 1913 これは小学生高学年から高校初めくらいの子供向けの書籍です。多く場合、新しい言葉が子供向けの書籍に降りてくるまでには、タイムラグがあります。ですから大正2(1913)年には『チャームする』は、違和感なく受け入れられていたと考えられます。 こういった外国語のカタカナ表記は、新井白石のころには、すでに使われていたそうです。それでは一般の人々が気軽にカタカナ英語を使い始めたのはどのあたりの時代なのでしょうか? あくまで私が読んできた小説に限った感覚的な感想ですが、普通の人が読む小説にカタカナ英語が頻繁に出てくるようになるのは、大正2年より少し前、明治40年を過ぎたあたりのことです。 書籍というのは読む人がいなければ、出版されません。ですから明治の終りから大正に
MP3 が流行はじめた頃には、すでに ID3 タグのことは、あんまり考える必要はなかった。 どういう仕組みか知らないけど、CD入れて圧縮すると情報を勝手に付け加えてくれる。今ではネットで音楽を買ったりするけど、やっぱり音楽の情報が付いている。WAV にはタグ付けられないとか、色々な話もあるけど、とにかく普通の人は音楽ファイルに情報付け加えるのに苦悩したりしない。音楽のファイルには曲名だとかアルバムだとかの情報が付いていて、聴く時に表示してくれるって思ってる。 そしてかなり昔に取り込んだ MP3 は、やっぱり今も普通に聴けて、情報を表示してくれる。 ところが電子書籍はそういう感じではない。 今の俺はダウンロードした近デジファイルに書誌情報を加えていこうと思ってるんだけど、電子書籍の書誌情報のフォーマットっていうのがあんまりよく分からない。いわゆる自炊ファイルの場合、ファイル名を『[著者名]書
題名の通り。 ヨクイニンというのはハトムギを材料とする白い粉で、原理はよく分からないけど魚の目を防いだりする。 俺の足の裏には魚の目があって、これは切っても切っても復活するし病院に行くのはダルい。だからヨクイニンを飲んで魚の目を小さくするんだけど、飲み続けると肌が異常に滑らかになってしまう。肌とかどうでもいいので、あんまり観察してなくてよく分からんけど、時に美白効果まで発生し透明感も出る始末である。 すでに俺はオッさんなので、肌が異常に滑らかだと気持が悪い。しかし魚の目を防ぐために、持続的に飲む必要がある。 【第3類医薬品】日局 ヨクイニン末 400g一般的には薬屋に売っている。薬屋にはハトムギやハトムギ茶も売ってて、だいたい同じ効果あるっぽいけどよく知らないですし、効果も体質によると思う。 味はマズい。俺は200gのやつを購入してるけどマズいからあまり減らない。茶とかに混ぜて飲むとマシだ
肉じゃがは海軍由来の料理であるという噂があります。 肉じゃがの発祥は大日本帝国海軍である。日露戦争でバルチック艦隊を撃沈した当時の国民的英雄・東郷平八郎が、イギリス留学中に食べたビーフシチューの味を気に入っていて、それが忘れられなくて日本へ帰国した後に艦上食として作らせようとした時、ビーフシチューに普通使われる赤ワイン・ドミグラスソース・バターなどの材料が入手困難であったため、醤油と砂糖を使って作ったのが肉じゃがの始まりであるとされる。 http://dic.nicovideo.jp/a/肉じゃが実に面白いエピソードで、本当であって欲しいところなんですけど、実際のところは少々怪しい話です。 確かに明治の後半あたりだと、肉じゃがはメジャーな料理ではありません。 『家庭和洋料理法』 (明治三八)には、ジャガイモ料理として、甘煮や三杯酢などが紹介されています。しかし肉じゃがは掲載されていない。
スマートフォンを使ってると、いろいろなことを通知してくる。 俺は色々なことを通知されると緊張してお腹が気持悪くなるので、音とか振動とか一切させない状態で使っているのだが、通知されなさすぎても不便だから、この様に赤い丸だけ表示するようにしている。 ところがこのこの赤をムシっていると、どんどん数字が巨大になっていく。赤い丸の中の数字が増えてくると恐くて気が滅入ってくるから、赤い丸を消すための行動を起す。画像の例だとメール読んだら恐い赤い丸が消える。 こんな毎日が嬉しいかっていうと別に嬉しくない。というかむしろ嫌な気持です。 ところでスマートフォンと連携して使用するスマートウォッチには、この赤い丸をもっと強制的に目の中に入れるみたいな仕組みが付いていて、誰だって使うのが嫌になります。 なんでこんなに恐いものを強引に知らせようとするのか、ユーザーも理解できないし、作ってる奴らも理解できない。もちろ
近代デジタルライブラリーとは、著作権が切れた三十五万冊ほどの書籍を、画像データとして読むことが出来るサービスである。 http://kindai.ndl.go.jp 近代デジタルライブラリーの遊び方はいろいろあるんだけ、俺がたまにやるのが、"苛烈"とか"腕力"あるいは"硝酸" などといった微塵も興味ない単語を検索するというものだ。 例えば"腕力"で検索すれば、次のような最高の文字列と出会うことができる。 それだけでなく、どうでもいい情報も知ることが出来る。 "腕力"で出てきた書籍を適当に読んでいくと、母の日の起原みたいな話が出てくる。 時代は明朗 燕昇司和平 著 燕昇司出版部 昭和一一(一九三六)年 1936 wikipedia だと日本で母の日が普及しはじめたのは昭和に入ってからってことになっているけど、明治45年あたりからそこかしこでイベントは開催されていたようだ。 それじゃこの母の日
俺は多分だけど普通の人よりは電子本を読んでいる。Palm で聖書やら青空文庫を読んだりしたのが始まりで、それから今までずっと電子本を読んでる。 その上で思うのは、電子書籍を趣味として見ると、かなりレベルが低いということだ。 レベルが低いというより、懐の深くない趣味というほうが適切かもしれないけど、とにかく懐が深くレベルの高い趣味は、行為が単体で存在するのではなくて、行為の周辺も娯楽になり得る。電子書籍はそういうのがほとんどない。 『電子書籍 読書環境』(環境だと環境関係の書籍が出てくるため)『ゲーム 環境』で画像検索すると一目瞭然で、電子書籍は、ぼんやりしたイメージ、あるいはタブレットを使ってる金髪とゴミ捨て場しか出てこない。 一方のゲームは、大量のモニタ、スピーカーなど具体例が普通に出てくる。 最高のゲーム環境を整えようとすると、いくら金を注ぎ込んでも終りがない。ところが電子書籍の場合は
通信会社の料金体系が原因で、スマホの明確な値段ってあんまり意識できないようになっているけど、実際のところわりと高い。ちょっと良いモデルだと、だいたい5万から10万円くらいする。 そして最近の人は携帯を持ち歩く。だから常に5万から10万円くらいするものを、携帯して歩行していることになる。中高生もスマホを持っていたりするので、中高生も常に5万から10万円くらいするものを携帯して歩行している。 昔からそこそこ高い時計やら諸々を携帯していた人はいたけれど、それは生活に余裕のある大人の話であって、その辺の小汚い中高生や生活ギリギリ破たん寸前の人が5万から10万円くらいする商品を持ち歩いていたとは考えられない。さらにそういう高額商品を3年弱で買い替え続けるっていうのも、昔ならありえない行為だと思う。 こういう話って若者がスマートフォンを利用するから CD が売れないとかなんとかって話につながりがちだけ
チェストについて日本にはチェストという気合が存在します。 集英社(コミック版)キン肉マン8 ゆでたまご ジェロは全ての設定が曖昧ですからどうでもいいとして、チェストが積極的に使われる物語として有名なのは、イナズマンや空手バカ一代、最近の漫画だと日露戦争物語などでしょう。 このチェスト、一般的には鹿児島の示現流の掛け声だとされています。(諸説あり、陰之流のチェーが起原とも) 鹿児島では今でもスポーツ観戦の際に、『チェスト行けー』といった掛け声が用いられるそうです。 それではチェストが全国的に普及したのは、どの辺りの時代なのかというのが本日のお話です。 大正時代の事例チェスト、明治大正の物語で何度か見た気がするのですが、探してみるとなかなか出てこない。 私が確認できた範囲で最も古いチェストが登場する作品は『旅順攻囲決死隊 凝香園 (大正二年)』です。 この作品の主人公茨城憲一郎は石川県玉津村の
昔の農家の人は一升飯を食ってたみたいな話があって、一升というと1.8リットル分の米です。 肉体労働をしてない人はというと、年間一石(180L)あれば、生きていけるとされていました。いやいや1石というの180Lではなくてだなぁみたいな話もあるわけですけど、その辺りのことは興味もないので詳しいことは知らないです。 現代だと1人あたりの消費量は60キロ弱くらい、それでは明治あたりだとどのくらい食べていたのかなと気になりましたので、少々調べてました。 まずは調べやすいところから調べてみますと、日露戦争の頃の日本兵は、1日に6合の米を食べていたそうです。 飯盒というのがありますけど、あれで米を4合炊くことが出来る。1回の炊事で2回分の米を用意できる設計になっているというわけです。どこで読んだんだか忘れちゃいましたが、1日6合でも量が少なくて腹を減らしてる人がいたそうですから、食べる人はもっと食べてい
大きく長くなっていく新しいメディアが登場すると、最初は大きく長くなるという法則があります。その後、ほとんどの人間が快適だと思う長さに集約されていきます。 映画やら書籍やら、だいたいそういう感じですから、今回は明治の小説(講談速記本)を題材にして、長くなっていく過程を見ていきましょう。 今後新しいメディアが登場した際には参考になると思いますよ。 石川一口の場合創作の世界には時折化け物みたいなのが出現し、圧倒的に素晴しい作品を作り上げてしまう。そういう作品は当然後の世に残ります。それを読んだ人々は、当時の水準をはるかに超えた作品を、当時の平均的なものだと考えてしまいがちです。その結果、時代のイメージが狂ってしまうという問題がままあります。 そんなわけで、今回は一人の才能控えめな作家『石川一口』に絞り、物語の長さの変化を見ていくことにします。ちなみに誰も知らないと思うので軽く紹介しておくと、石川
OSX 上に電子書籍の読書環境を作りました MacBook Air の13inch が壊れたため MacBook Air 11inch に買い替え、電子書籍の読書環境を一新しました。ここで言う電子書籍というのは、紙書籍を画像化したもので、いわゆる自炊ファイルとも呼ばれているものです。 前提です 近代デジタルライブラリーから近デジダウンローダーを使って電子書籍ファイルをダウンロードしています。 ファイルの構成は次のようになります。 metadata には URL が書かれており original は元の画像データ、trim には余白を切った画像データが入っています。だから読む場合 trim を開く必要があります。フォルダ名は基本的に『凝香園 - 南郷三郎 / 冒険快男児』というように作者+作品名となります。 現状です ダウンロードした電子書籍の数は、ダブってるものも含めると2000程度です。
パソコンが壊れて2週間くらいになる。 近代デジタルライブラリーっていうサービスがあって、これは明治から昭和初期くらいまでの著作権切れた50万冊の本を異常に使いにくい電子本で閲覧できるという最高のサービスで、読んでも読んでも本がある状態に陥ることが出来る。とにかく最高すぎるためここ数年、近代デジタルライブラリーの書籍を1日平均三時間くらいは読んでいた。 近代デジタルライブラリーをまともに読むためには ruby が使える環境と、最低でも200Gできれば1T程度のディスクが必須である。パソコンがなければ近代デジタルライブラリーで遊ぶことが出来ない。 先にも書いたようにパソコンが壊れているため、ここ最近ずっと近代デジタルライブラリーを読んでいない。俺は近デジに依存した生活を送っていたため、暇すぎて病気になるんじゃないかなと思ってたんだけど、特に問題もなく元気よく生きている。というか特に暇を持て余す
二次会について調べているうち、学生がコンパで酒を飲み始めた時期は何時頃なのだろうかという疑問が湧いたので調べてみた。 コンパの発祥は旧制高校の一高で、当初は金を出しあい芋や菓子などを食べ馬鹿騒ぎをする程度のものだった。 食べ物にも流行があり、大正五年に出版された『寮のさゝやき 一高三高学生生活 (丘の蛙 磯部甲陽堂)』に書かれた落書によると、この当時は南京豆が流行していたようだ。 大正6年の時点で会費は7銭以下、現代だとアンパン3個を買える程度の価値しかなく、たいした事は出来ない。 実体はよく分からないのだが、晩飯を食べ終り暇になるのが8時あたり、消灯時間が11時あたり、若いから寮の食事だけで腹が満せるわけがない。そのうち小腹も減ってくる。毎日勉強してられるわけもないが、得に娯楽があるわけでもない。そんなわけで暇潰しにコンパの様なイベントを開催していたのであろう。 それじゃ酒はというと、も
ちなみに結婚式の後に開催される二次会ではない。飲み足りないから次の店に行こう的な意味での二次会である。『二次会』という言葉は比較的新しい言葉だと思っていたため、かなり違和感があった。 『二次会』がいつからあったのか軽く調べてみると、西郷隆盛以前に新食道楽という本で使われていた。こちらは園遊会の後の『二次会』である。 というわけで、少なくとも明治の四〇年代には『二次会』が存在していたことがわかる。 これ以前に使われていたのか、調べてみたがよく分からない。明治の辞書などをざっと見た限りでは『二次会』を発見することは出来なかった。与謝野晶子の現代語訳源氏物語では使われていたが、こちらは大正時代だから上で挙げた例よりも新しい。もちろん源氏物語の原文に『二次会』は出てこない。 どうやら花柳界でも使われていたようなので、江戸時代の作品なら出てきそうだが、私が過去に読んだ範囲内では『二次会』という言葉を
「明治の巨大ヒーロー」「明治の巨大怪獣」の続き。 仮面ライダーなどに登場する等身大の怪人たち、彼らは概ね次の様な特徴を持っている。 等身大である人間に近いが奇妙な姿をしている特殊能力を持っている カミキリインベス © 2013 石森プロ・テレビ朝日・ADK・東映 ところがこの定義に従うと、鬼や天狗も怪人だということになってしまう。 歌川国貞「木の葉天狗」 確かに姿形は似ているが、決定的に違うところがある。天狗や鬼には存在する理由がないが、怪人には存在する理屈があるという点である。 前近代の人々は、こういう化け物がいますと言われれば、はいそうですかと納得してしまう。ところが近代人だとそうはいかない。怪人が存在するに至った理屈が必要であり、怪人がそこに登場した理由が必要だ。 そんなわけで怪人の登場は明治まで待たなくてはならないのだが、基本的に明治にも怪人はあまりいない。むしろ長年生き続けた規格
最近 LINE 向けのスタンプを作りました。 http://line.me/S/sticker/1025986 普段はこういう感じのことをしています。 http://yamasitataihei.tumblr.com ちょっと前にスタジオジブリの小冊子『熱風』で『忘れられた物語 講談速記本の発見』というのを連載していました。 連絡先はこちらです。 textpresso@gmail.com 最近 LINE 向けのスタンプを作りました。 http://line.me/S/sticker/1025986 普段はこういう感じのことをしています。 http://yamasitataihei...
赤帽子の三楽がいた明治の横浜に、赤帽子の三楽という偉人がいた。散髪ができる元彰義隊隊士の落語家で、横浜市内の浮浪者や貧者の頭を刈り続けた人物である。 この活動によって、三楽は貧民街の人々から絶大な信頼を得ることになる。 当時の横浜では貧民街に住む人々の犯罪や物乞いが問題になっていた。そこで三楽は散髪で得た信頼を武器にして、浮浪者たちの犯罪防止に乗り出す。 例えば羽振りの良い家の冠婚葬祭時に、浮浪者が引き出物を奪い合うというトラブルが頻発していた。そこで三楽が代表者となり引き出物を受け取り、浮浪者たちに平等に分配する制度を作った。三楽さんならば信頼できるということなのだろう。 それだけでは飽き足らず、五〇〇円の寄付を集め、南太田庚耕地を五〇〇坪ほど購入し、貧民救済のために長屋『矯正舎』を設立する。続いて寄付を集め久保山半腹に帝釈堂「慈善堂」を建て、葬式費用のない人のために無料で埋葬まで始める
ただし鯨は自然界に存在する生物であり、これを怪獣と呼ぶのは厳しい。お化けは恨みを晴らすという理由はあるが、実体を持たないのだから怪獣ではない。それなら妖怪はというと、彼らは存在する理由も登場する理屈も持っていない。妖怪退治は、もともとそこにいたものに、ヒーローが遭遇するというようなパターンがほとんどである。 これが明治だとどうなるのかといえば、実はあまり代わり映えしない。しかし巨大怪獣に関して、明治時代になんら進歩することなく、江戸と同じ感覚で人々が過し続けたというのは理屈に合わない。 宍戸源八郎という怪力の武士がロシアに渡り、エリザベス女王の前で、象を一本背負い(正確には二本背負い)で転がした後に、寝技を決め日本刀で一刀両断にしている。この作品に出てくる象は、次のような特徴を持っている。 体重は550kgあるインドで捕まえたものである宍戸源八郎を殺すために登場した鼻を使い相手を取って投げ
江戸時代は良かったッ!!!!!! 江戸サイコーもう俺は江戸のしぐさでこの混沌とした時代を生きるッ!!! みたいな人ってわりと多いと思うけど、なんでああなるのかっていうと、江戸時代はわりとよく分かっている上に、現代人でもそこそこ彼らの行動やら気持みたいなのが理解できるからです。 よく分かっているっていうのは残ってる資料の量もそうだけど、丁寧にまとめてくれている人やら新書やら書いてくれる人の数も多いってことで、江戸 is 偉大程度のことなら簡単に調べることができる。(もちろん細かいとこはそうでもない) そこそこ彼らの行動やら気持が理解できるっていうのは、実際にはそうでもなくて、江戸の奴らは今から見ると概ねが頭おかしい。しかし時代小説やら時代劇経由でデフォルメされた江戸っぽいものならば、我々は知っている。だからなんとなくこういう感じなんだろって思うことができる。(もちろんそれが全て正しいわけでは
明治の未来予測としては、報知新聞『二十世紀の予言』が有名である。 これはかなり優れた予言で、当時の教育水準から考えるに、かなり勉強熱心な人が書いていることが推測できる。 それでは勉強不熱心な人は、どんな予測をしていたのか?もちろんゴミみたいな予測だ。 そんなわけで百年後の大阪を舞台にした探偵小説『地下鉄道の女賊 未来探偵』から十五の予測を紹介しよう。 明治一三〇年になる黒人が一中節を呻る十三代目市川団十郎が活躍している大阪の道路は幅十四メートルになる人力車が走っている全ての家はレンガ造りになる新聞が一日二四回発行される大阪の風俗店は端っこに移動する散髪屋は消滅し髪を燃やす焼髪屋になる福島安正が一五〇歳で陸軍大臣に福島安正の芝居が人気福島安正の映画が人気急ぎの人は気球で移動気球の夜間の照明はマッチ警察が気球で建物を吊るす『地下鉄道の女賊 未来探偵』(預言子 駸々堂 明治三二)より かなりどう
低糖質食で酒が減るらしい低糖質ダイエットっていうのは、炭水化物の摂取量を1日20g程度に制限すると、体重が落ちるというもので、ものすごい雑な説明をすると、米を食わずにおかずだけ食うという方法である。標準体型以上であれば痩せる。 とにかく炭水化物というか糖分を取らないようにする。それで肉とかを食う。基本的にカロリーとか油とりすぎとか無視すること。1ヶ月くらいでかなり痩せる。その程度の期間ならば、余程のアホじゃなければ適当にやっても死んだり体調崩したりはしない。 これでなぜ体重が落ちるのか詳しく説明すると、血糖値が上がりにくくなって、いろいろなことがあって脂肪がエネルギーとして消費され、なんだかんだで体重が落ちる。よく知らんけどだいたいそういう感じだと思う。本当に詳しく知りたい人は自分で調べてください。 それで個人的にはどっちかっていうと体重を増やしたい人間なので、痩せることにはあんまり興味な
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