「最初はだまされたと思った」――。小澤修一は苦笑まじりに振り返る。2005年に選手として加入し、北信越1部とJFLへの昇格に貢献。2010年に現役を退いてクラブスタッフに転じ、今年から取締役に就任した... 有料会員になると 続きをお楽しみいただけます。 有料会員[ 月額550円(税込)]は、この記事だけでなく ヤマガプレミアムのすべての有料記事をお楽しみいただけます。
岡田武史(おかだ・たけし) サッカー元日本代表監督、FC今治オーナー。早稲田大学政治経済学部卒業。古河電気工業株式会社に入社し、同社サッカー部に所属し、日本サッカーリーグ(JSL)に189試合出場。1980年~85年に日本代表選手。引退後クラブチームコーチを務め、1997年に日本代表監督就任。史上初のW杯出場を実現。その後Jリーグでのクラブチーム監督を経て、2007年から再び日本代表監督に復帰。2010年のW杯南アフリカ大会でベスト16に導く。2014年からはFC今治オーナーに就任。 岡田 まず、当たり前ですが、ずっと勝ち続けることはないんです、絶対に。ただ、波がありながらも常にハイレベルをキープしていく、そういうチームはもちろんあります。「勝ち続ける」というのはおそらくそういうことだと思います。個人で言えばどんなに強い選手だとしても、それを超える選手が後からどんどん出てきます。栄枯盛衰で
鎖川のおっさん(芯) @ksrgwa_suz なぜ、アルウィンが松本に生まれたか。 そこら辺をちゃんと語れる山雅サポどれほどいるかな? 前にFBにも書いたんだけど 私の知っているというか持っている資料で書いてみます。 2016-09-26 21:24:06 鎖川のおっさん(芯) @ksrgwa_suz FIFA国際Aマッチの基準を満たすほどの専用スタジアムが この松本に生まれた経緯は 「長野市で冬季五輪をやって開閉会式会場を野球場に転用するから 県内バランスをとるため松本はサッカーにした」 「02日韓ワールドカップの招致のため」 いろいろ言われていますがそれらは違っています 2016-09-26 21:24:31
サッカーW杯の代表選考には、ドラマが付き物だ。 日本でもかつて、話題をさらったメンバー発表があった。 その主役として、明暗を分けた2人。 12年ぶりの邂逅(かいこう)は、人知れず実現しようとしていた。 4月15日、熊本・えがお健康スタジアム。 東京ヴェルディ戦に備え、会場入りするチームバスを降りたロアッソ熊本FW巻誠一郎は、離れて見守る人影に気付いた。 少し近づいて確認する。間違いない。急いで駆け寄り、声をかける。 「タツさん?タツさんですよね!」 短く刈った頭に、無精ひげ。見た目は当時とほとんど変わらなかった。元サッカー日本代表、久保竜彦だった。 再会を喜ぶ後輩に、久保は少し照れたように歩み寄る。ジャージの裾でゴシゴシと右手を拭い、握手をする。 「マッキー、元気そうやな。いくつになったん?」 「38です!」
社長退任のご挨拶から丸1ヶ月経ちましたが、ようやく次の行き先をオープンにできるようになったのでお知らせいたします。本日よりサッカーJ2リーグに所属する栃木サッカークラブ(通称:栃木SC)に入社し、マーケティング戦略部長に就任することになりました。 というわけで、このnoteを公開したあと、私は普通に会社に出勤して働いていると思われます。この連休前半は、夫も巻き込んで宇都宮にせっせと荷物を運んでいました。そして、のんびりする暇もなく2日後の5月3日にはホームの栃木グリーンスタジアムにて京都サンガを迎えた公式戦があります。 転職先については、4月中にお会いした方々にはポツポツと経緯をお話していたのですが、誰もが驚き「なぜ栃木?(サポーターをしている)ジェフじゃないの?」と同じ疑問を口にされました。私は富山の出身で栃木は地元でもなんでもないので、当然そのような疑問を持たれるだろうと思います。 ま
久しぶりにサッカーの話題に触れておきたい。 この先、ワールドカップ(W杯)が間近に迫ったタイミングになると、ネガティブな文章は書きにくくなる。 だから、いまのうちに書いておく。 今回の記事はそういうテキストになる。 私は、一人のサッカーファンとして、6月から開催されるロシアW杯の成功を願っている。 なので、本当なら、その盛り上がりに水をさすような原稿は書きたくない。 でも、それはそれとして、サッカーファンだからこそ書かねばならないことがあるはずだとも思っている。 いま書いておかなければ、日本のサッカーに未来はないとすら考えている。 なんというのか、一人の男がサッカーファンになるということは、自分の力で自国のサッカー界を変革せんとする夜郎自大な思い込みをアタマの片隅から滅却できなくなるということでもあるわけで、実に厄介な生き方なのである。 私は、ハリルホジッチ監督を解任した日本サッカー協会の
12月2日、東京・味の素スタジアムで行われた明治安田生命J1リーグ最終節FC東京対ガンバ大阪。背番号18を着ける36歳の大ベテラン・石川直宏が2015年7月19日のモンテディオ山形戦以来、2年5カ月ぶりの先発復帰を果たした。 「今週水曜日(11月29日)の紅白戦でスタメン組に入れてもらって、みんな驚いたと思う。でも僕がFC東京に来て最初の駒沢(陸上競技場)でのJリーグナビスコカップ(清水エスパルス戦)の時はゲームに飢えてて、周りの目は関係なかった。自分の力を示せばいいんだと。その時と同じ気持ちだったし、自分に何ができるかを示したいと考えて、堂々とピッチに立ちました」と本人は言う。 立ち上がりから動きは軽快だった。25分には橋本拳人のスルーパスに反応。素早い飛び出しから相手の背後に抜けたが、惜しくもオフサイドの判定が下される。後半もピッチに立ち続け、56分には再び橋本の縦パスを巧みにキープし
思うところがあって、お礼の手紙を書いてみたいと思う。 すごく長くなったけど、どうしても全部吐き出したかった。 子供の頃、ヒーローに会ったことがある。 毎日、小学校でいじめられていた私の狭い世界を、一瞬で壊してくれたその人は、有名なスポーツ選手だった。 いじめが始まったのは、小学校の中学年。たぶん、三年生の後半だったと思う。 いじめの内容は、スタンダードなものだった。 バイキン呼ばわりして、私や持ち物を避ける。 机の上に筆箱を出しっぱなしにしていると、休み時間に奪われて、それで菌のつけ合いがはじまる。 遠足の時の写真が教室に張り出されると、私の顔だけポスカで塗りつぶされる。 お風呂に入ろうが何しようが、臭いだの汚いだの言われる毎日だったけど、途中からエイズとか言われるようになった。 その時期、ニュースでエイズが取り上げられるようになったから、男子が面白がって言いはじめて、クラス中に広がった。
46歳の永井秀樹は 人生の半分以上となる25年間をプロサッカー選手として過ごしてきた。 1992年、国士舘大学を中退してヴェルディ川崎に入ると、 1993年、1994年はリーグ優勝 1995年、福岡ブルックスでJリーグ昇格を決め、 1996年、清水エスパルスでヤマザキナビスコカップ優勝 1998年、横浜フリューゲルスで天皇杯優勝 2000年、横浜F・マリノスでステージ優勝 2001年、ヤマザキナビスコカップ優勝 2005年、FC琉球でJFL昇格 2007年、東京ヴェルディ1969でJ1昇格 2013年、FC琉球でJ3参加承認 そして2016年、東京ヴェルディで引退する。 1991年、バルセロナ五輪アジア最終予選で敗れた後は 残念ながら日本代表のシャツを着ることはなかった。 それでもこれだけのキャリアを誇る選手、 うれしかったことも、怒ったこともたくさんあったことだろう。 そう思って聞き始め
Jリーガーだった。 つい先日、取引先の人に「前の会社ではどんな業務をしていたの?」と聞かれた。「プロ契約でサッカー選手をしていました。」と聞かれたら驚かれた。僕はJリーガーだった。でも、かつて所属していたクラブのサポーターですら、僕の名前を聞いてもピンと来ない人も多いだろう。その程度の選手だった。経歴を詳しく書いても、僕のことが分かるのは僕の知り合いくらいだろう。なので書いてみる。 山に囲まれたド田舎に生まれた。7歳で幼馴染とスポーツ少年団に入った。たまたま県選抜に選ばれて、地元の広報に載ったりしてちょっとした人気者だった。小学校6年生の時、県外のプロサッカーチームのジュニアユース入団試験を受けた。もし合格していたら、両親は仕事を辞めて、家族で引っ越す予定だった。ジュニアユースに入っても、そこからトップチームまで昇格してプロになれるのは一握りなのに、仕事を辞める覚悟で応援してくれた。でも僕
今朝、こんな記事を読んだ。 内容はタイトル通り、女性のスポーツ観戦者はどうしたら増えるのかという話。 私自身、スポーツを見るのは苦痛という人間だったが、今から10年ほど前にいろいろあって熱狂的なオシム監督のファンになり、ジェフサポになったのでその経緯を細かく書いてみる。 そもそもサッカーが嫌いだった 2002年の日韓W杯。中学3年の私にとってサッカーはただの緑の画面だった。90分も緑と豆粒人間を見続けるなんて苦痛。なのに翌日には高視聴率!なんて狂気の沙汰だと思っていた。 とはいえコミュニティもコミュニティ。女子校で進学校。いわゆるサッカー部のイケメン先輩が周りにいないので、サッカー?なにそれ美味しいの?状態。 どちらかというとみんなさめていた。女子3人くらい集まると、 A子「ちょっとちょっと国民浮かれすぎでは〜??」 B子「いやいやイルファンとベッカムはイケメン」 C子「DFとFWの違い分
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