ホームレスの方を駅から追い出したことを「成果」としてFBで報告した公明党の日野市議の方。姑息にもFBの文章を書き換え。しかも、よく読むと自分がホームレスの方と話したのではなく、市の担当者の話を紹介。あたかも自分が話したかのように。… https://t.co/j6PfgwTmLw
阿部 「50年近く、人々の悩みを聞き続けてきた取り組みについてです。」 相談員 「いのちの電話です。」 自殺を考える人たちの悩みを聞いてきた「いのちの電話」。 相談員 「眠れない、そうか…。」 これまで、1,700万件を超える相談に耳を傾けてきました。 いのちの電話に相談した人 「つながっている。 聞いてくださっている。 本当にそれが身にしみて、うれしかった。」 ところが今、鳴り続ける電話に応えられない事態が起きています。 相談員が足りないのです。 阿部 「去年(2016年)自殺した人は、2万1,897人。 年々減り続けていますが、いまだ高い水準にあります。 『いのちの電話』は、自殺を少しでも減らそうと、全国52カ所に拠点を構え、ボランティアが相談を受けてきました。」
http://mainichi.jp/articles/20160105/k00/00m/040/124000c 「最後の親孝行に」 片桐被告はこの日、車椅子の母を連れて京都市内を観光し、2月1日早朝、同市伏見区桂川河川敷の遊歩道で 「もう生きられへん。此処で終わりやで。」などと言うと、母は 「そうか、あかんか。康晴、一緒やで」と答えた。片桐被告が 「すまんな」と謝ると、母は 「こっちに来い」と呼び、片桐被告が母の額にくっつけると、母は 「康晴はわしの子や。わしがやったる」と言った。 この言葉を聞いて、片桐被告は殺害を決意。母の首を絞めて殺し、 自分も包丁で首を切って自殺を図った。 冒頭陳述の間、片桐被告は背筋を伸ばして上を向いていた。肩を震わせ、 眼鏡を外して右腕で涙をぬぐう場面もあった。 裁判では検察官が片桐被告が献身的な介護の末に失職等を経て追い詰められていく過程を供述。 殺害時の2
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く