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教育と言葉に関するarihoshinoのブックマーク (10)

  • oʞıɹoN ∀NIIN on Twitter: "学問の方法が身についてないまま所謂ネット論客に染まってしまうのを防ぐにはどうしたらいいんだろうな。私も学生さんと話していたとき、まったく論理的でない持論を捲し立てられたことがある。これは腰を据えて話さないといけないな…と一呼吸置いたら「はい論破」と言われた。"

    学問の方法が身についてないまま所謂ネット論客に染まってしまうのを防ぐにはどうしたらいいんだろうな。私も学生さんと話していたとき、まったく論理的でない持論を捲し立てられたことがある。これは腰を据えて話さないといけないな…と一呼吸置いたら「はい論破」と言われた。

    oʞıɹoN ∀NIIN on Twitter: "学問の方法が身についてないまま所謂ネット論客に染まってしまうのを防ぐにはどうしたらいいんだろうな。私も学生さんと話していたとき、まったく論理的でない持論を捲し立てられたことがある。これは腰を据えて話さないといけないな…と一呼吸置いたら「はい論破」と言われた。"
  • BLOGOS サービス終了のお知らせ

    平素は株式会社ライブドアのサービスを ご利用いただきありがとうございます。 提言型ニュースサイト「BLOGOS」は、 2022年5月31日をもちまして、 サービスの提供を終了いたしました。 一部のオリジナル記事につきましては、 livedoorニュース内の 「BLOGOSの記事一覧」からご覧いただけます。 長らくご利用いただき、ありがとうございました。 サービス終了に関するお問い合わせは、 下記までお願いいたします。 お問い合わせ

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  • 火葬場に職業体験しに来た中学生に感想を聞くと別に“命”を扱う仕事でもないのにみんな『命の大切さを学びました』みたいな事言い出す

    火葬場に職業体験に来た中学生の感想は『命の大切さを学びました』と言う事が多いようですが、その言葉には一体どんな意味が含まれているのでしょう。 公務員 @koumuinsan 年に数回、うちの火葬場に職業体験しに中学生のグループが2〜3班やってくる。毎回最後に1人ずつ感想を言わせていくんだけど、別に命を扱う仕事でもないのにみんな「命の大切さを学びました」みたいなこと言い出すから面白い。 2020-10-16 16:35:59

    火葬場に職業体験しに来た中学生に感想を聞くと別に“命”を扱う仕事でもないのにみんな『命の大切さを学びました』みたいな事言い出す
  • 「多様性の尊重」というスローガンは捨てた方が良い件|弁護士ほり

    やたらと使われる「多様性の尊重」現在、「多様性の尊重」というスローガンは、政府の文書から個人の会話まで、至るところで目につくようになっています。経済、雇用、福祉、教育その他、あらゆる分野で「多様性の尊重」という言葉が使われるようになりました。 これについて今回の記事では、この「多様性の尊重」というスローガン自体に重大な問題があり、むやみに使わない方が良いということを説明します。(念のためいうと、「多様性を尊重すること自体がいけない」という真逆の主張をしたいというわけではありません。) 多様な「状態」を尊重すれば良いのか?まず言葉そのものを眺めてみましょう。「多様性」を「尊重」するというわけですから、当たり前の話ですがここで尊重すべきとされているのは「多様性」です。「多様性」とは物事の性質とか状態ですから、結局は何らかの性質や状態を尊重しろと言っているわけです。 学校の制服問題で考えてみる一

    「多様性の尊重」というスローガンは捨てた方が良い件|弁護士ほり
  • 9時10分前を理解できない若手を生んだ日本語軽視のツケ

    先日、講演会後の懇親会で、管理職が20代の社員たちの日語能力に悩まされているという話で盛り上がった。 「9時スタートの研修会なのに1分前にドサドサと入ってきて、5分、10分の遅刻は当たり前。なので『9時10分前には集合するように』と言ったら、キョトンとした顔をされてしまって。ま、まさかと思いつつ『8時50分に来るのよ』と念押ししたんです。そしたら、『あ、そういうこと』って。もう、わけが分かりません」 こんな“珍事件”に面らった上司たちの嘆きが、「これでもか!」というくらい飛び出したのである。 確かに、私自身、店で領収書をもらおうとしたときに、「???」という事態に何度か出くわしたことがある。 【ケース1】 河合「領収書をお願いします」 店員「宛名はどうしますか?」 河合「上、でいいです」 店員「うえで、ですね!」←自信満々感満載 河合「……は、はい」 するとなんとその店員は宛名の部分に

    9時10分前を理解できない若手を生んだ日本語軽視のツケ
  • 冗談では済まない語彙をコピペで脊髄反射的に言う日本人

    最近どころかかなり以前から、〇〇テロとかいうスラングが流行っています。流行りというよりももはや、定着してしまっているみたいですね。例えば「飯テロ」とか「バイトテロ」とかです。TwitterとかSNSとかでスラングとして広まりもしましたが、マスメディアや広告代理店が流行らせたのとどちらが先か、私にはよく判りません。 「テロ」という語彙は冗談では済みません そもそもテロリズムというのは、テラー・イズムだからテロリズムなのですから、つまり目的のために恐怖を与える手法のことをテロリズム、略して「テロ」といいます。こうした語彙の意味もおそらく解っていない人が、〇〇テロとかいう造語を安易に用いているのでしょうね。 「ゲリラ的」と言っていた場面でさえも「テロ的」とか言う人が出てくるようになって、意味が全く判りません。そのうち、「緊急企画」などという大げさな表現がありますが、それも「テロ企画」って言うよう

    冗談では済まない語彙をコピペで脊髄反射的に言う日本人
  • 女の子はアインシュタインなんか知らなくていい?

    2016年05月09日 恵泉女学園大学学長 大日向雅美 「アインシュタインよりディアナ・アグロン」という歌をご存知でしょうか? "アインシュタインって どんな人だっけ? 聞いたことあるけど 当はよく知らない""世の中のジョーシキ 何も知らなくても メイク上手ならいい""女の子は恋が仕事よ""ママになるまで子どもでいい""ニュースなんか興味ないし たいていのこと 誰かに助けてもらえばいい"・・・と、博多を拠点とするアイドルグループHKT48が歌っている歌です。 この春、担当している「心理女性学」の授業を終えて部屋に帰ろうとした私を一人の学生が待ち受けて、スマホの画面でこの歌詞を見せてくれた時には目が点になりそうでした。ノルウェーの教科書に、女の子は男の子に比べて能力が劣っているからという理由で、教科書に"女の子は解かなくてよい"というマークがつけられていたことを思い出してしまいました。でも

    女の子はアインシュタインなんか知らなくていい?
  • 平成29年度 入学式 教養学部長式辞(平成29年4月12日) - 総合情報 - 総合情報

    3000人を超える新入生、そして約6000人のご家族のみなさま、その思い出に深く刻まれるであろうこの時をここに共有できることを光栄に存じます。 そして学への入学を許可された新入生のみなさんが、当に東京大学で学んでよかったとの深い喜びを抱いて卒業の日を迎えられることを心から願い、そのために学の一員として微力を尽くしたいと考えます。 入学にあたり、新入生のみなさんには期待もあれば不安もあるでしょう。現在の心境も、各人各様かもしれません。大学で過ごす毎日が始まるこの時期に、これからの時間はどのような選択の場面なのか、ということをいくつかの観点から考えてもらいたいと思います。 まず自分自身にとっての選択。みなさんは、駒場キャンパスの教養学部において前期課程を過ごすことになります。東京大学は、高校卒業・大学入学段階の限られた知識・情報や先入観を頼りに学生がその専門を選択するのは適切ではないと考

  • 【米国発!Breaking News】He、Sheをやめ“Xeを使用”とカナダの教育委員会。ジェンダーフリー発想もPTA大混乱。 | Techinsight(テックインサイト)|海外セレブ、国内エンタメのオンリーワンをお届けするニュースサイト

    男女平等、個性尊重、そして性同一性障害への理解が進み、児童・生徒を男子/女子に分けることを善しとしなくなってきた学校教育の現場。カナダで進むジェンダーフリーの精神にもとづき、バンクーバー市では“Xe”なる新しい言葉が誕生した。しかしその支持率はかなり低め。どの学校でもPTAは喧々囂々となっているもようだ。 カナダ・ブリティッシュコロンビア州バンクーバー市の教育現場では今後、これまで聞いたことのない「Xe(ゼ)」なる新しい単語が多用される可能性が出てきた。たとえば「ジョンはボブからリンゴを3つもらいました。ケイトからも4つもらいました。“He(ジョン)”は今、いくつのリンゴを持っているでしょうか」といった文章問題において、男女で異なる“He”や“She”といった代名詞を用いず、これからはどちらにも“Xe”を使おうという動きだ。 ジェンダーフリーの精神を具体化しようと、通達で各学校にそのような

    【米国発!Breaking News】He、Sheをやめ“Xeを使用”とカナダの教育委員会。ジェンダーフリー発想もPTA大混乱。 | Techinsight(テックインサイト)|海外セレブ、国内エンタメのオンリーワンをお届けするニュースサイト
  • アルフォンス・ドーデ「最後の授業」

    『月曜評論』平成15年6月號、46〜47頁 アルフォンス・ドーデ「最後の授業」 早稻田大學文學部專任講師■岡田 俊之輔 フランツ少年はその日も國語の宿題をしてをらず、おまけに朝寢坊、いつそ授業を怠けて何處かへ遊びに行かうかとも考へた。フランス語のややこしい分詞法の諳記などより、風光明媚なアルザスの野原を驅け廻るはうが遙かに樂しい。が、やはりそれは良くない、さう思ひ直して、大急ぎで學校へと向つた。 ところが、教室は何時になく靜かだし、普段は恐い擔任のアメル先生も遲刻を咎めず、優しく著席を促した。しかも先生は正裝してゐる。更に奧の席には、元村長を始め地元の大人たちが沈痛な面持で腰を下ろし、或る者は古い初等讀を膝の上に開いてゐる。「教室全體に、何か異樣な嚴かさがあつた」。やがて先生が、優しく且つ重々しく語り始める。 「皆さん、私が授業をするのはこれが最後です。アルザスとロレーヌの學校では、ド

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