心理に関するbookleaderのブックマーク (2)

  • 「察してちゃん」はなりたくてなったわけではない

    「察してちゃん」がまるで悪のように扱われるのは当にしんどい。 察してちゃんになりたくてなっているなんていない。 自分の場合は父親が原因だったけど、父親が母親に何でもかんでも命令して、命令を聞かないと暴力を振るう人だった。 それで母はいつも泣いていて、子供ながらに自分勝手は人を泣かせるのだと思った。 その上母は、私が何かをしたいといえば鬼のような形相で「わがままを言うな!」と叱りつけてきた。 これだけで自分の要望を人に押し付けることは罪なのだと思うに十分だった。 父親は自分勝手を押し付けてきた挙げ句に暴力を振るうろくでもない存在だと刷り込まれ、同級生が自分のしたいことを皆の前で発表する度に、あの子は愚かな子供だと、ヒヤヒヤしながら見ていた記憶がある。 わたしの知る限りでは、おとなになっても自分の意見や要望をたやすく口に出すことが許される世界なんてない。 その中で唯一、自分の意見が許される瞬

    「察してちゃん」はなりたくてなったわけではない
  • 「言い切る人」が強すぎる。

    私はコンサルタントだった時、上司から 「コンサルタントは意思決定するな」と口を酸っぱくして言われた。 「特に人事。人事に関しては、意見表明もできる限り避けること」 とまで言われた。 例えば、「ウチの取締役、どう思う?」など、人の印象について聞いてくる経営者は少なくない。 確かに、結構怖い質問だ。 その一言が、どのように波及するかわからないのだから。 それに対しては 「社長のお考えを聞きたく」と言い、はぐらかせ、というのだ。 要するに、リスクヘッジである。 「それでも、意見を求められたら、どうしますか?」と質問すると、 「それを言える立場ではないと言いなさい」と指導された。 * しかし後日、一人の経営者に意見を求められた時のこと。 社長は「あいつのパフォーマンスについて、どう思う。」と私に尋ねた。 あー、答えちゃいけないやつだ、と思い、「社長のお考えを聞きたく」というと、 「意見を求められた

    「言い切る人」が強すぎる。
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