エントリーの編集
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
ロシア語が怖くなった私 「好き」とまた言える日はいつになるだろう|NHK取材ノート
記事へのコメント0件
- 注目コメント
- 新着コメント
このエントリーにコメントしてみましょう。
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
ロシア語が怖くなった私 「好き」とまた言える日はいつになるだろう|NHK取材ノート
去年4月中旬、ウクライナに取材に入った私たちがはじめに向かったのは、西部の都市、リビウ。 ポーラン... 去年4月中旬、ウクライナに取材に入った私たちがはじめに向かったのは、西部の都市、リビウ。 ポーランドから国境を歩いて渡ったあと、車で向かった。その前日、リビウにある自動車整備工場が、ロシアによるミサイル攻撃を受けて死者が出ていた。 (前編の記事はこちらです) はじめて嗅いだ「戦場」の匂いロシアによるミサイル攻撃を受けた工場前日に攻撃を受けたばかりの工場は、焦げ臭い匂いがした。 真っ黒に焼けて元の形がわからなくなった自動車の数々。 初めて目にして匂いを嗅いだ「戦場」だった。 がれきの上に、亡くなった人の数のろうそくがともされていて、祈る女性がいた。 この人は亡くなった人の家族なのだろうか。話しかけることはできなかった。人が殺された戦争の現場に初めて足を踏み入れて、私はおじけづいていた。 がれきを黙々と片付ける男性がいた。攻撃を受けた自動車整備工場の従業員のようだった。インタビューしてみよう。