ジャニー喜多川氏による性加害は、ジャニーズが結成された60年代初期から起きていた。隠蔽したのは当時権勢を誇ったナベプロで、そのマスコミ支配の構図は今日まで引き継がれた。(編集部) 1962年、ジャニーズ結成直後から性加害が ジャニー喜多川による性加害の問題は1960年代にすでに事件化し裁判になっている。しかも裁判についての報道も多くなく、多くのマスコミが沈黙するという、現在に至るジャニーズ事務所問題の核心がすべてそこに見られている。 1965年に行われた裁判とその前後の経緯を整理することでジャニーズ問題の本質とはなにかを検証してみたい。 1931年、アメリカで日系二世として生まれたジャニー喜多川は33年に帰国、戦中を日本で過ごした後、1947年に姉のメリー喜多川とともに再び渡米、米軍に志願し朝鮮戦争に従軍したとされる。52年に再帰国したジャニー喜多川はアメリカ軍事援助顧問団MAAG(自衛隊