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ブックマーク / note.com/rshimada (2)

  • 生活保護世帯から東大で博士号を取るまで①|R. Shimada

    最近東大で博士号を取りました。専門は数学です。 数学の道を志すと決めたのは15歳のときでした。 この時の私は生活保護受給世帯で暮らしており、他の人より多くの困難を覚悟してこの決断をしました。 そして、実際に、ここまで来るには多くの困難がありました。 ここではその困難についてと、私がそれをどう打開したのかについてを書きたいと思います。 稿は私の経験を共有することにより、次の世代を励まし、生活保護制度や大学・大学院の問題点を明らかにすることを目指して書いています。 一方で、私の事例がこれとは逆の使われ方をすることがあります。 例えば「生活保護世帯出身でも努力すれば大学に行ける。行けない奴は努力が足りないんだ。」というような主張の根拠として使われることがあります。 このような使われ方は、私の意図するところとは全く異なります。 むしろ私は、どんなに努力してもくじ引きで当たりを引かなければ前に進め

    oktnzm
    oktnzm 2024/04/28
    id:cinq_na いやー、だから境遇によって普通に選択できる挑戦が、ハイリスクになっちゃってるということを問題視しているのでは?親が貧乏なら普通に就職で仕方ないという社会は冷たすぎると思う。
  • 生活保護世帯から東大で博士号を取るまで⑧|R. Shimada

    勉強から研究へ大学院ではいよいよ研究をすることになります。 自分はそこそこ勉強ができるということは知っていましたが、研究能力については未知でした。 それでも、私に出来るのは精一杯やるということだけでした。 勉強と研究は結構違っていて、その切り替えがうまくできずに失敗する人も多いという気がします。 私はこの違いを理解していたからか、案外スムーズに研究に移行できたと思います。 大学院を修了するまでに、私は8の論文(内4は出版済み)を書き、16回の口頭発表(内5回は国外)をこなしました。 数論幾何では、これはかなり多い方だと思います。 例えば⑥で出てきた教員は修了時に論文4(内2出版済み)で口頭発表は5回でした。 これらの業績により、無事博士号を取得し研究科長賞をもらうこともできました。 研究職の仕事も得て、今も数学の研究をするのが仕事です。 全ては15の時に始まった私が大学院修了までの

    生活保護世帯から東大で博士号を取るまで⑧|R. Shimada
    oktnzm
    oktnzm 2024/04/28
    “その理由の一つとして、「もし自分が数学の天才だったとしたら、その才能がここで消えてしまうのは人類に対しての罪である」と思い込むことにしました。”
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