こちらは明治時代の教育者である川田鉄弥が明治41年(1908年)に欧米各国を訪れた時の旅行記(『欧米遊記』)で、興味深かった記述や当時の社会の様子が窺える記述をまとめた記事です。 なお、引用箇所の一部には現代の基準だとあまり良くない表現がある場合もありますが、歴史的記述であることを尊重し一切手を加えていません。 <川田鉄弥> 土佐群初月村(高知市)出身。川田惣七・丑子の長男。 7歳の時に実父が死去し、坂本牛太郎が川田家をつぎ、その養子として育てられる。1892(M25)高知県尋常中学校(追手前高校)卒業後、上京して東京帝国大学分科大学に入り1899(M32)卒業。 同年9月文部省に入り、翌年1月陸軍幼年学校教官となり、東京専門学校(早稲田大学)講師を兼任。 教員生活で一貫教育の必要を痛感して退職し1903(M36)4月東京帝国大学卒業生として初の東京府小学校教員の免許を受け高千穂小学校を創