タグ

関連タグで絞り込む (0)

  • 関連タグはありません

タグの絞り込みを解除

将棋に関するpolice5410のブックマーク (2)

  • 女流新棋戦創設と主催者交代について|将棋ニュース|日本将棋連盟

    公益社団法人日将棋連盟は、ヒューリック株式会社と女流新棋戦「ヒューリック杯 白玲(はくれい)戦・女流順位戦」を新たに創設することとなりました。 また、これにともない、清麗戦の主催をヒューリック株式会社より大成建設株式会社に交代することとなりました。 第1期 ヒューリック杯 白玲戦・女流順位戦は、順位決定リーグ戦と順位決定トーナメント戦にて女流棋士の順位を決定します。そして、順位決定トーナメント戦の1位・2位決定戦を七番勝負で行い、第1期白玲を決定します。優勝賞金は女流タイトル戦最高額の1500万円です。 第3期大成建設杯清麗戦は棋戦方式の変更を行いません。予選を2敗失格で実施し、予選通過4名による戦トーナメントを行い、里見香奈清麗への挑戦者を決定します。 左から佐藤康光会長、ヒューリック株式会社代表取締役会長・西浦三郎様、大成建設株式会社代表取締役社長・相川善郎様、清水市代常務理事 【

    女流新棋戦創設と主催者交代について|将棋ニュース|日本将棋連盟
  • 藤井聡太七段の師匠・杉本八段が明かす“東海の師弟物語”「永瀬さんは名古屋の終電に詳しくなった(笑)」 | 観る将棋、読む将棋 | 文春オンライン

    史上最年少タイトル挑戦の記録を塗り替えた17歳の藤井聡太七段。藤井の師匠・杉昌隆八段と一門でいえば“イトコ関係”にあたる“教授”勝又清和七段が、東海の棋士の系譜と師弟の物語に迫る。 ◆◆◆ 藤井聡太の大師匠・板谷進は「弟子の成長を何よりも喜ぶ」 板谷四郎九段(1913-1995)は、40代で引退すると名古屋で板谷将棋教室を開き、中京棋界の発展に尽力し、多くの弟子を育成。私の師匠の石田和雄九段など5人の棋士が誕生した。やがて四郎の次男の板谷進九段(1940-1988)が親であり師匠でもある板谷四郎から引き継いでいく。板谷進は名古屋に将棋会館を建てよう、東海地区にタイトルを持ちかえろうとパワフルに活動した。東海が栄えるためには棋士を増やさなければならないと弟子をとった。内弟子からは小林健二九段が活躍する。小林は18歳の若さで四段に上がると、順位戦も順調に昇級し、20代でB級1組まで昇級した。

    藤井聡太七段の師匠・杉本八段が明かす“東海の師弟物語”「永瀬さんは名古屋の終電に詳しくなった(笑)」 | 観る将棋、読む将棋 | 文春オンライン
  • 1