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  • ネットの音楽オタクが選んだ2019年のベストアルバム 50→1 - 音楽だいすきクラブ

    2019年のベストアルバム最後の50枚です。今回は最後までトップが決まらず最終的にはたったの6点差でした。2010年代、最高でした!このリストが誰かにとっての新たな音楽との出会いになることを願って!(ぴっち) このランキングについて ネットの音楽オタクが選んだベストアルバムは音楽だいすきクラブ、及びそのメンバー等の特定の誰かが選んで作ったものではありません。 Twitterのハッシュタグ、募集記事のコメント欄に寄せられたものを集計しています。 504人分のデータを集計しました。 募集期間は2019年12月1日から31日の間ですです。 同点の場合、乱数を発生させて順位づけしています。 そのため順位に深い意味はありません。気にしすぎないでください。 150位以内はすべて5人以上に挙げられたものです。 レビューは有志によるものです。500字以内ディス無しでやっています。 レビューは随時追加してい

      ネットの音楽オタクが選んだ2019年のベストアルバム 50→1 - 音楽だいすきクラブ
    • 日本の「シティ・ポップ」世界的人気のナゼ…現象の全貌が見えてきた(柴 那典) @gendai_biz

      ここ数年、日本のシティ・ポップの海外人気が続いている。竹内まりや「Plastic Love」の再評価に端を発し、山下達郎や大貫妙子などの日本のポップスの名曲が世界各国の若い音楽ファンに受け入れられている。そんな話題を耳にしたことのある人もいるだろう。 が、コロナ禍以降の大きく変動する音楽シーンの中で、シティ・ポップのリバイバル・ブームも以前とは違う様相を呈するようになってきている。 少し前だったら「都内のレコードショップで70年代や80年代のアナログ盤を買い求める外国人観光客」の姿がブームの象徴として取り上げられることも多かった。しかし、今はTikTokで若い世代に発見された楽曲がSpotifyのバイラルチャートを駆け上がり、新たなアンセムとしてストリーミングサービスで人気を呼ぶ現象が生まれているのである。 その代表が、松原みきのデビュー曲「真夜中のドア〜stay with me」だ。19

        日本の「シティ・ポップ」世界的人気のナゼ…現象の全貌が見えてきた(柴 那典) @gendai_biz
      • シティポップの世界的ブームの背景 かれらの日本という国への目線 | Kompass(コンパス) ミュージックガイドマガジン by Spotify&CINRA

        「シティポップ」にまつわる言説はとても複雑だ。そもそも音楽的な定義が曖昧で、その反面なんとなくの風景やビジュアル、イメージを想起させてしまう言葉の魔力も理由としてあるだろう。だがもちろんそれだけではない。 たとえば、1970~1980年代のリアルタイム世代の感覚、1990~2000年代にクラブシーンで「和モノ」としてリバイバルされたときの感覚、2010年代初頭に「ネオシティポップ」としてリアルタイムではない世代による実践が盛んに行われていたときの感覚が、そのときどきの社会的状況やメディア環境を反映して微妙に異なっていることもひとつの背景にある(もちろん共通している部分も大いにあるのだが)。 そこに海外からの目線が加わると一層ややこしくなる。ちょうど「ネオシティポップ」という言葉が用いられはじめたころ、インターネット上ではヴェイパーウェイヴと呼ばれる新たなジャンルが勃興し、日本のシティポップ

          シティポップの世界的ブームの背景 かれらの日本という国への目線 | Kompass(コンパス) ミュージックガイドマガジン by Spotify&CINRA
        • 若者はプログレなんて聞くな(追記あり)

          プログレッシブロックというジャンルをご存じだろうか。いつぞやかのジョジョのEDのTo be Continuedのアレである。まあこれだけだといくら何でも説明不足が過ぎるのでもう少し一般化して言うと「60年代後半~70年代前半に出てきた当時のロックから逸脱しているバンド及びそのフォロワー達がやる音楽」である。具体的なバンド名はググればいくらでも転がり出てくるので割愛させて頂くが、もう数年前とはいえアニメのED(かつネットミーム)になったり、様々なバンドが影響を公言していたりと割と触れる機会がぽつぽつある上、最近ではSpotifyやYoutubeで気軽に聴ける環境が整っているので、なんとなく手を出してみようかしらん、なぞと思う人間ももしかしたら居るのかもしれない(多分そうそう居ない)。しかし、率直に言って若者はこのジャンルを聞かない方が良い。 以下、何故プログレを聞かない方が良いか書きなぐって

            若者はプログレなんて聞くな(追記あり)
          • 京都で学生生活を送り、東京で就職した人間の身に起こること - SUUMOタウン

            著者: 夜衰 私は大学の学部入学から大学院(修士課程)修了まで、京都で過ごした。年で言うと2004年から2010年初頭までの話だ。いまのところ、人生の中で、もっとも長い期間住んでいた場所になる。だから京都について紹介しようと思うのだが、ここSUUMOタウンでも、そうそうたる面々が京都について語っているから、まだ未読の人がいたら、まずはそちらを読んでもらうとよいのではと思う。 最近は“僕の京都”を壊しにかかっているんです――小説家・森見登美彦さん 京都には世界の全てがあった(著者:phaさん) 二条に住んで、今日もヨーロッパに思いを馳せる。(著者:上田誠さん) 特にphaさんの記事は素晴らしく、京都の魅力を私の少なくとも1000兆倍は上手に語っている。というか、ほぼ私の言うことがなくなってしまって途方に暮れているのだけど、とりあえず自分なりに体験したことを書きたいと思う。 私が京都で過ごした

              京都で学生生活を送り、東京で就職した人間の身に起こること - SUUMOタウン
            • ライムスター・宇多丸さん「原風景は、誰もいないポツンとした後楽園」【東京っ子に聞け!】 - SUUMOタウン

              インタビューと文章: 柴那典 東京に住む人のおよそ半分が、他県からの移住者*1というデータがあります。勉学や仕事の機会を求め、その華やかさに憧れ、全国からある種の期待を胸に大勢の人が集まってきます。一方で、東京で生まれ育った「東京っ子」は、地元・東京をどのように捉えているのでしょうか。インタビュー企画「東京っ子に聞け!」では、東京出身の方々にスポットライトを当て、幼少期の思い出や原風景、内側から見る東京の変化について伺います。 ◆◆◆ 今回お話を伺ったのは、ラッパーとして、『アフター6ジャンクション』(TBSラジオ)のパーソナリティとして、八面六臂の活躍を続けるライムスターの宇多丸さん。 ライムスターの楽曲「東京、東京」で「オレは港区生まれ 文京区育ち 周りは至ってフツーの人たち」と歌ったとおり、生粋の東京っ子である宇多丸さん。その全方位的なカルチャーに対する造詣の深さは、どのような東京と

                ライムスター・宇多丸さん「原風景は、誰もいないポツンとした後楽園」【東京っ子に聞け!】 - SUUMOタウン
              • ミヤシタパークの渋谷横丁で飲んだ「西成酎ハイ」は1984年の味がした|あしやまひろこ(テクノコスプレ研究会のnote)

                はじめに先に自己紹介をすると、私は関東者である。生まれは神奈川で、祖父母は渋谷から歩いて行ける距離に住んでいる。北関東の大学に下宿して通い、そのあと一瞬だけ関西と北陸に住んでいたことがあるが、今はまた関東に住んでいる。今は西川口という町に住んでいるが、とても性に合っている。 私は関東者であるが、大阪の雰囲気が好きだ。観光ガイドにはあまり書かれていないが、大阪環状線よりも南のあたり、西成区や阿倍野区のあたりの風土が特に好き。自分で歩いて見聞きした範囲しか知らないし、観光や仕事でしか訪れたことはないが、もし関西に転勤になったらこの辺りに住みたいと思う。西成や阿倍野がどういう町なのかについて、僕は語るほど詳しくないが最低限補足すると、西成区=あいりん地区(釜ヶ崎)ではないし、あいりん地区に限ってもいろいろな人が住んでる。そして、あいりん地区そのものは結構狭い。西成に限っても結構広く、いろいろな地

                  ミヤシタパークの渋谷横丁で飲んだ「西成酎ハイ」は1984年の味がした|あしやまひろこ(テクノコスプレ研究会のnote)
                • アイカツ!と渋谷系/ラウンジ/世界のポップスについての長文|eaccount

                  先日の「アイカツ!曲とR&B/Funk/ブラコンについての長文」がご好評頂いたので、前回書けなかったアイカツ曲についても書きたいと思います。 今回は渋谷系やLounge、世界のポップスに影響を受けたアイカツ曲を取り上げていきます。 (8/10 23:50追記 Twitterやはてなブックマークコメントなどでご指摘のあった情報を勝手ながら追記させて頂きました。関連しそうな楽曲の情報を少しでも多く残しておけたらと思います。) 1. Pretty Pretty 〜 渋谷系とPizzicato Fiveまず最初に「渋谷系」と言うジャンルについて説明します。 時は80年代、渋谷にタワーレコードのような外資系のCD・レコードショップが出店すると、それまでは日本に入ってこなかったような海外のマイナーな音楽が手に入るようになりました。その音楽と言うのは、例えばブラジルのBossa Novaやサンバであった

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                  • 相方と出会い、夢をかなえてくれた茨城県鉾田市│文・竹内まなぶ(カミナリ) - SUUMOタウン

                    著: 竹内まなぶ(カミナリ) 相方・たくみと過ごした幼少期 茨城県鉾田市(ほこたし)。南東部の海沿いにあるこの街で僕は生まれ育った。 カミナリは茨城弁の掛け合いをする漫才を芸風としているので、もちろん相方のたくみも同郷だ。 たくみと出会ったのは保育園の頃だが、会話をした覚えはほとんどない。その代わりに、僕が砂場で遊んでいるとたくみが砂をかけてくるのだ。最初はすごく嫌だったが、どうやらその様子を見た周りの友達が笑うから俺に砂を投げていたらしい。それに気づいてからは、僕も抵抗するのをやめた。 保育園ではそれだけの関係だったが、たくみは僕の実家で営んでいた「スーパータケウチ」にお母さんとよく買い物に来てくれていた。たくみはお母さんが買い物している間に僕の部屋で遊んでいたのだが、そのときはいじめられることもなく、僕のことを好いてくれているんだなという気持ちが伝わってきた。 当時は僕がたくみにおもち

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                    • 「場」をつくれば予想外の出会いが生まれる。20点から始まった曽我部恵一さんの上京物語 - SUUMOタウン

                      インタビューと文章: 柴那典 写真:谷浦龍一 進学、就職、結婚、憧れ、変化の追求、夢の実現――。上京する理由は人それぞれで、きっとその一つ一つにドラマがあるはず。地方から東京に住まいを移した人たちにスポットライトを当てたインタビュー企画「上京物語」をお届けします。 ◆◆◆ 今回の「上京物語」に登場いただくのは、ミュージシャンの曽我部恵一さんです。 香川県で育った曽我部さんは、大学進学を機に上京し、1992年にサニーデイ・サービスを結成。バンド解散後は下北沢にインディーズレーベル「ROSE RECORDS」を設立し、やはり下北沢の駅近くにレコードショップとカフェを併設した「CITY COUNTRY CITY」を開業するなど、街に根ざした活動を続けてきました。 田舎の洋服屋で知り合った仲間とバンドを結成した思春期のころから、サニーデイ・サービスの名盤『東京』をつくったときのこと、そして変わりゆ

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                      • 90年代、東京。ある若者がNujabesを名乗り、ヒットメーカーになるまで 【Think of Nujabes Vol.1】 | ARBAN

                        Home ニュース 90年代、東京。ある若者がNujabesを名乗り、ヒットメーカーになるまで 【Think of Nujabes Vol.1】 投稿日 : 2020.05.08 更新日 : 2021.12.09 90年代、東京。ある若者がNujabesを名乗り、ヒットメーカーになるまで 【Think of Nujabes Vol.1】 1990年代後半、日本のヒップホップシーンに突如登場し、「ジャジー・ヒップホップ」のブームを生み出した伝説的なプロデューサー、Nujabes(ヌジャベス)。2010年2月26日に36歳という若さで亡くなった彼の音楽は、2010年代半ばより世界的なムーブメントとなった「ローファイ・ヒップホップ(Lo-Fi Hip Hop)」のルーツと言われており、世代や国籍を超えた幅広い層の音楽ファンに今も愛され続けている。 振り返ると、初期の Nujabes は12インチ

                          90年代、東京。ある若者がNujabesを名乗り、ヒットメーカーになるまで 【Think of Nujabes Vol.1】 | ARBAN
                        • 2019年に盗んでよかった音楽を紹介します - nomolkのブログ

                          これは同意していただけるかどうかわかりませんけど店頭のBGMをShazamで調べてる時が人生で一番人に見られたくない恥ずかしい姿— メルセデスベン子 (@nomolk) 2016年11月15日 人様のものをばれないようにこっそり盗もうという浅ましさが強く文化的コソ泥という感じがする— メルセデスベン子 (@nomolk) 2016年11月15日 いまでこそ街でかかってる音楽はスマホでサッと調べて家に帰ったらYoutubeやサブスクで聴けるみたいな時代ですけど、かつては良い音楽というのはレコードショップに足しげく通ったものだけが知ることのできる価値のある情報であり、彼女の買い物についていった服屋のBGMがよくて店員にきいたら「有線なので分かりません」とか言われたりして、とにかく街でかかっている音楽なんてものは二度と再会することのない一期一会のものでした。 そういう時代に音楽好きとして育ってし

                            2019年に盗んでよかった音楽を紹介します - nomolkのブログ
                          • 「山下達郎のことなんかどうでもいい」と思っていた僕が、 「世界最高のアーティストは山下達郎」と考えを改めるまで。|さんたつ by 散歩の達人

                            大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた月刊『散歩の達人』の人気連載「失われた東京を求めて」のバックナンバーを配信。東京に生まれ育ち暮らしてきた"昭和40年代男子"樋口毅宏が綴る、あのとき思い出。 山下達郎なんて別に好きじゃなかった。初めて意識したのは「オレたちひょうきん族」のエンディングテーマ曲「土曜日の恋人」だった。その曲が収録されたアルバム『POCKET MUSIC』がリリースされると同時に、レンタルレコードショップ「友&愛」巣鴨店で借りて聴いてみた。「うーん、それほど……」と思った。僕はアホな中学3年生だった。 その後も思春期に、勉強のつもりで達郎の過去作を幾つか聴いたが、やはりハマることはなかった。もっと世代が近い代弁者を求めていたのだと思う。それに渋谷陽一が提唱する「ロックミュージック進化論」にかぶれていたので、山下達郎だけでなく、ポップソングのミュージシャンを「退屈

                              「山下達郎のことなんかどうでもいい」と思っていた僕が、 「世界最高のアーティストは山下達郎」と考えを改めるまで。|さんたつ by 散歩の達人
                            • DJシャドウ、新たな方向性を模索し続けるヒップホップ・イノベイターの軌跡と現在地 | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)

                              ベイエリア出身のベテランプロデューサー、DJシャドウ(DJ Shadow)が新たなアルバム『Action Adventure』をリリースした。近年はラン・ザ・ジュエルズやデ・ラ・ソウルなど客演を迎えて作品を作ってきたシャドウだが、今作はゲストを入れず自身のプロダクションのみで聴かせる作品だ。歌声をサンプリングした「You Played Me」を除く全曲がインストで、ヒップホップを軸にしつつエレクトロニカやジュークなどとも隣接するシャドウの越境的なセンスが光るものとなっている。 本人のInstagramによると、この方向性の変化は「パーソナルになり、再び自分自身のために音楽を作る必要があった」「作曲全体を『自分のもの』にしたかった」ことから生まれたという。先行シングル「Ozone Scraper」のリリース時に発表したステートメントでは、「これは私と音楽との関係について。コレクター、キュレー

                                DJシャドウ、新たな方向性を模索し続けるヒップホップ・イノベイターの軌跡と現在地 | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)
                              • 坂本慎太郎の音楽活動に根付くD.I.Y.精神 | あの人に聞くデビューの話 第2回 後編

                                音楽ライターの松永良平が、さまざまなアーティストに“デビュー”をテーマに話を聞く連載「あの人に聞くデビューの話」。前回に引き続き、坂本慎太郎をゲストに迎えてお届けする。後編では、レーベル移籍~ゆらゆら帝国解散後のソロデビューを中心に語ってもらった。 ──ゆらゆら帝国のメジャーデビューによってお客さんがどんどん増えて会場が広くなっていくのは望んでいたところではあると思うんですけど、以前のインタビューで、ある時期から、あまりキャパが大きくなりすぎるのもなという思いも出てきたとおっしゃっていました。それはもう少し先の話でしたっけ? そうですね。例えばイベントでも、知り合いがいるようなやつはまだよかったんですけど、メジャー系のアーティストしかいないようなイベントに出るのはキツかったですね。雰囲気が違いすぎて。なので、なるべくそういうオファーは断ってました。でも、今と比べて90年代のイベントは、もう

                                  坂本慎太郎の音楽活動に根付くD.I.Y.精神 | あの人に聞くデビューの話 第2回 後編
                                • 10年前にAmazonで買ったものを覚えているか

                                  このあいだ、なんの気なしにAmazonの注文履歴をひらいたら、自分が使い始めた10年前の履歴まで遡れることがわかった。 10年前。10年前にした買い物、覚えてる?わたしはちっとも覚えていない。 記憶の蓋をこじ開けろ 2011年のタブをクリックして現れたのはCDが数枚と、パソコンに繋いで使う、おもちゃみたいなDJ機材だ。 たった1件の注文履歴に、瞬間顔がボッと火照って背中から汗が吹き出す。 夜な夜な遊んでもらっていた大学の先輩たちの家にかっこいいDJブースがあって、憧れて買ってみたはいいけどもすぐに挫折して「わたしは聴いて盛り上がる担当がいいです!」なんて言ってお蔵入りにした記憶が、ビリビリと身体を駆け巡った。ひー!恥ずかしい! 勢いづいて、その後何年分も履歴を遡って見たが、これはつまり自身の生活史の一部である。 今でも大切な本やCD、初めての一人暮らしで買った日用品、はたまたなんで買ったか

                                    10年前にAmazonで買ったものを覚えているか
                                  • 三宿の街の記憶と散歩を【東京・三宿】 - SUUMOタウン

                                    著者: やけのはら 私は以前、東京都世田谷区三宿の周辺に住んでいた。 渋谷から東急田園都市線でひとつ目が池尻大橋駅。池尻大橋駅の次が三軒茶屋駅。 池尻大橋と三軒茶屋の間のエリアが三宿と言う街になる。 つまり、三宿には駅が無く、池尻、三軒茶屋、どちらへも徒歩で10分強という立地だ。 そう言うと不便なようだが、渋谷から池尻、三軒茶屋、二子玉川と進み、多摩川を抜けて神奈川県へと達する国道246号線(高架で東名高速道路が併走している)沿いでは、時間帯によって電車より多い間隔でバスが走っている。 また、渋谷を基点に、南の海側から、東急東横線、東急田園都市線、京王井の頭線と3路線が放射状に走っているが、東急東横線、京王井の頭線の駅へも、自転車で行けば10分強で移動できる。 音楽の仕事をしているので、渋谷周辺の街場に用事が多かったのだが、渋谷、代官山、中目黒、学芸大学、下北沢、そして世田谷線沿線といった

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                                    • 藤井隆、歌手20周年 “吉本芸人のはぐれ者”を救った『ナンダカンダ』の裏側「直前まで拒否していた」

                                      藤井隆がシングル「ナンダカンダ」で歌手デビューして今年で20周年を迎えた。これを記念して、1stアルバム『ロミオ道行』をひっさげた自身初のコンサートの模様が初Blu-ray化、更には当時所属していたアンティノスレコード時代にリリースされた全音源をリマスタリングしてCDにコンパイル。Blu-ray+CDの2枚組の作品『ロミオ道行』(Concert Movie + All Time Songs CD)が12月16日にリリース。"吉本芸人"でありながら、俳優、歌手、音楽プロデューサーと、その枠に収まらないマルチな活躍を見せるエンターテイナー・藤井隆は自身の"肩書き"をどのように見ているのだろうか。 「発売後すぐに売れたわけじゃない」新人歌手として寝る間を惜しんで行った挨拶回り 「ナンダカンダ」 先月、藤井隆のデビューシングル「ナンダカンダ」のフルMVがYouTubeで公開されると、再生数は280

                                        藤井隆、歌手20周年 “吉本芸人のはぐれ者”を救った『ナンダカンダ』の裏側「直前まで拒否していた」
                                      • 川谷絵音が振り返る2020年の音楽シーン | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)

                                        「Rolling Stone Japan vol.13」の特集企画「BEST OF 2020 2020年を語ろう」では、激動の変革期となったこの一年のシーンを振り返るべく川谷絵音(ゲスの極み乙女。/indigo la End他)に取材を実施。多作でワーカホリックな作家としての視点、あるいはディープな音楽ファンとしての視点から、国内外の音楽シーンを総括してもらった。 2010年代を総括した昨年に続いて、2020年も本誌年末号に川谷絵音が登場。Spotifyの年間ランキングを基に、この一年の音楽シーンを振り返ってもらった。世界中が未曾有のコロナ禍に見舞われた2020年は、音楽の受容のされ方にも大きな変化が起こった年となった。ライブ/フェスが開催できない、レコードショップに行けない、スタジオに入れないといった物理的な制限はもちろん、普段の行動様式の変化が音楽を聴く手段にも、時間にも、ジャンルにも

                                          川谷絵音が振り返る2020年の音楽シーン | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)
                                        • 「お醤油、貸して」が息づく街・谷中に教わりました。「頼り合える社会」が当たり前にあるカッコよさ - SUUMOタウン

                                          インタビューと文章: くいしん 写真:藤原慶 街には、そこに住む理由になる飲食店がある。そんな飲食店は、不思議なほど街がもつ特徴や色合いを具現化している。店を営む店主の目を通して、街の魅力に触れてみるのが本連載【その街に住む理由になるお店】です。 ◆◆◆ 東京、谷中。 多くの寺や谷中墓地など、歴史と伝統を感じさせる穏やかな空気を守りながら、一方で若者が何かを表現できる余白もしっかりと残す街です。 そんな谷中で、大正時代に建てられた古民家を改装し、谷中で暮らす人々と訪れる人の関わりを大切にしようとするカフェがあります。 「散ポタカフェ のんびりや」。黒電話や古時計など、レトロな骨董品が飾られた店内で、女将のmoshaさん自慢の日本酒を堪能することができます。 moshaさんと夫のきんちゃんがつくり上げるのんびりやは、開けっ広げ。いつも、通りに向かって開いています。軒下にはいつも人が集まり、店

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                                          • 日本は製造業を模範しすぎる 及川卓也氏が「ソフトウェア・ファースト」を重要視する理由

                                            ITエンジニアの課題解決能力を社会にインストールするために、2020年2月に発足したコミュニティ、ハッカーライフラボ。 第4回目のオンラインイベントは、2019年10月に刊行された『ソフトウェア・ファースト』の著者である及川卓也氏が「ソフトウェア・ファースト」の考え方、日本企業の課題などについて紹介します。2つめは、日本の企業の現状について。 所有ではなく体験に価値が移ってきている 『All Things Must Pass』という映画があります。私は恐らく飛行機の中かなんかで見たんじゃないかと思いますが、TOWER RECORDSの栄枯盛衰を描いた映画です。このTOWER RECORDSは日本ではまだ渋谷などにある、いわゆるレコード・CDショップです。米国ではしばらく前に潰れてしまっています。 考えてみると、私も学生時代は、こういったレコードショップ・CDショップから音楽との接点が生まれ

                                              日本は製造業を模範しすぎる 及川卓也氏が「ソフトウェア・ファースト」を重要視する理由
                                            • カセットテープが売れるのは「懐かしさ」からではない――有名アーティストも注目する魅力とは | スタッフブログ | マイネ王

                                              ライター: 村中貴士 大阪府出身。日々エッジの効いたネタを探し続けるフリーライター。得意ジャンルはサブカル、テレビ、音楽、現代アートなど。デイリーポータルZ 新人賞2017で佳作。自称・無料イベントマニア。 いまカセットテープが売れています。そう聞くと、30代以上の人は「なぜいまさら?」、「もう終わった音楽メディアでは?」と感じるかもしれません。 単なる懐古趣味かと思いきや、若者たちも巻き込み、盛り上がりを見せるカセットテープ。近年は新譜をカセットでリリースするアーティストも増えているとか。 カセットテープが再び注目を浴びるのには、どんな背景があるのか? 中目黒のカセットテープ専門店「waltz(ワルツ)」店主、角田太郎さんにお聞きしました。 カセットテープの再評価は、すでに5年前から始まっていた ——カセットテープ専門店って、珍しいですよね。どういったきっかけでお店を始めたのでしょうか?

                                                カセットテープが売れるのは「懐かしさ」からではない――有名アーティストも注目する魅力とは | スタッフブログ | マイネ王
                                              • 渋谷のクラブミュージック専門レコード店 「TECHNIQUE(テクニーク)」運営会社が破産(帝国データバンク) - Yahoo!ニュース

                                                (株)エナジー・フラッシュ(TDB企業コード:987797791、東京都新宿区西新宿3-3-23)は、7月14日に東京地裁より破産手続き開始決定を受けた。 破産管財人は花野信子弁護士(東京都港区赤坂4-7-15、光和総合法律事務所、電話03-5562-2572)。債権届け出期間は8月12日まで。 当社は、1988年(昭和63年)4月に宝石類等の販売を目的に設立。その後、実質休眠状態となっていたが、95年(平成7年)9月に音楽ライターの佐久間英夫氏が買収し、レコードショップとして再開した。東京都渋谷区にてレコード店「TECHNIQUE(テクニーク)」を経営し、オンラインショップでの販売も手がけていた。2017年には従業員だった佐藤吉春氏が代表に就任。テクノやハウス、トランスなどクラブシーンで使用されるジャンルを主体に扱い、大半が海外のものでインディーズレーベルの品揃えが多いことから、熱心なフ

                                                  渋谷のクラブミュージック専門レコード店 「TECHNIQUE(テクニーク)」運営会社が破産(帝国データバンク) - Yahoo!ニュース
                                                • カジヒデキが語る“僕が渋谷のレコ屋店員だった頃” | 渋谷系を掘り下げる Vol.4

                                                  渋谷系を掘り下げる Vol.4 [バックナンバー] カジヒデキが語る“僕が渋谷のレコ屋店員だった頃” 「レコードショップを中心とした口コミからブームが生まれた」 2019年12月13日 19:00 1088 56 × 1088 この記事に関するナタリー公式アカウントの投稿が、SNS上でシェア / いいねされた数の合計です。 229 570 289 シェア 1990年代に日本の音楽シーンで起きた“渋谷系”ムーブメントを複数の記事で多角的に掘り下げていく本連載。第4回はカジヒデキへのインタビューを掲載する。第1回に登場したHMV渋谷と並び、渋谷系周辺のカルチャーを語るうえで欠かせない重要なスポットがフリッパーズ・ギターのメンバーをはじめ、さまざまなアーティストが御用達にしていた渋谷の輸入レコード店ZESTだ。カジは1990年代初頭からネオアコバンドbridgeのベーシストとして音楽活動をする一

                                                    カジヒデキが語る“僕が渋谷のレコ屋店員だった頃” | 渋谷系を掘り下げる Vol.4
                                                  • 特集 | アーティスト・DJが選ぶ2020年ベストディスク! - | Record CD Online Shop JET SET / レコード・CD通販ショップ ジェットセット

                                                    皆さまお楽しみの年末企画「アーティスト/DJが選ぶ年間ベストディスク!」。今年も皆さまの期待に応えるべく総勢 49名・組のアーティスト、DJの皆様に選出をお願いいたしました。 但し、勝手ながらの縛りは例年通り、 ・今年リリース ・フィジカルリリース ・市販されたもの(プロモオンリーはNG) ということで選んでいただいています。 それでは、どうぞ皆さま御堪能ください。 text by KCMT(JET SET CEO) ■AOKI takamasa : Techno 1976年生まれ。大阪府出身。2001年初頭に自身にとってのファースト・アルバム『Silicom』をリリースして以来、Live, DJ、楽曲制作を中心に国際的な活動を続ける。2004年~2011年はヨーロッパに拠点を置き、2011年に帰国。国内外のアーティストのRemix、プロデュース、ミキシングも担当。Bun/Fumitake

                                                    • 世界で一番進んでいたレコード文化の国の変化 佐々木敦に聞く

                                                      1995年、渋谷区宇田川町にHEADZの事務所を構えた佐々木敦は言う。「1990年代を通して、世界で一番進んでいたレコード文化の国であった日本の中の、最も進んだスポットが渋谷だった」。タワーレコードやHMVといった大型ショップがにぎわう一方、宇田川町にはクラブミュージック系のレコードショップが密集し、雑居ビルの中にはマニアックなリスナーが夜な夜な通うアヴァンギャルド系のショップも点在した1990年代の渋谷。ライブハウスやクラブも含め、そこを行きかう若者たちが最先端の音楽文化を作り上げていた。 それから25年が経ち、インターネットの浸透は情報のあり方を質的に変え、再開発によって街の風景は大きく様変わりした。きらびやかな建物が増え、渋谷を訪れる層は広がったように思うが、かつての文化的な熱量は拡散してしまった印象も拭えない。そして、そんな最中での新型コロナウイルス感染症の拡大。都市のあり方が改め

                                                        世界で一番進んでいたレコード文化の国の変化 佐々木敦に聞く
                                                      • 追悼文「筒美京平さんと私」(西寺郷太) - QJWeb クイック・ジャパン ウェブ

                                                        2020年10月12日、作曲家の筒美京平さんが10月7日に誤嚥(ごえん)性肺炎により亡くなっていた、というニュースが日本全国を駆け巡った。 歴代作曲家シングル総売上1位の記録の持ち主であり、1960年代から2000年代まで5代連続でシングルチャート1位を獲得するなど、長きにわたって第一線で活躍しつづけた日本を代表するメロディメーカーのひとりだ。 自らのバンドNONA REEVESで2曲のシングルのプロデュースを受け、近藤真彦「情熱ナミダ」では作詞家として筒美さんと共作した経験を持つ西寺郷太さんに、いちリスナーとして、そしてミュージシャンとして、筒美京平さんについての想いを綴っていただいた。 近藤真彦『ギンギラギンにさりげなく』を手にした、1981年のクリスマス 親に初めて買ってもらったドーナツ盤3枚のうちの1枚が、筒美京平作品だった。1981年のクリスマスのことだ。小学2年生の僕は「サンタ

                                                          追悼文「筒美京平さんと私」(西寺郷太) - QJWeb クイック・ジャパン ウェブ
                                                        • 2020年に盗んでよかった音楽を紹介します - nomolkのブログ

                                                          これは同意していただけるかどうかわかりませんけど店頭のBGMをShazamで調べてる時が人生で一番人に見られたくない恥ずかしい姿— メルセデスベン子 (@nomolk) 2016年11月15日 人様のものをばれないようにこっそり盗もうという浅ましさが強く文化的コソ泥という感じがする— メルセデスベン子 (@nomolk) 2016年11月15日 去年とまったく同じことを書きますが、いまでこそ街でかかってる音楽はスマホでサッと調べて家に帰ったらYoutubeやサブスクで聴けるみたいな時代ですけど、かつては良い音楽というのはレコードショップに足しげく通ったものだけが知ることのできる価値のある情報であり、彼女の買い物についていった服屋のBGMがよくて店員にきいたら「有線なので分かりません」とか言われたりして、とにかく街でかかっている音楽なんてものは二度と再会することのない一期一会のものでした。

                                                            2020年に盗んでよかった音楽を紹介します - nomolkのブログ
                                                          • 【インタビュー】小林泉美&大森琢磨 | リズム遊び絵本という名の奇書『エイト・オー・エイト』

                                                            音楽好きを唸らせる奇書が1月26日に発売される。TR-808にインスパイアを受けたというリズム遊び絵本『エイト・オー・エイト – 声と手拍子で遊ぶ絵本 - 』だ。制作スタッフは、マニアなら垂涎の布陣。 著者は小林泉美。うる星やつら「ラムのラブソング」などのアニメソングで名を馳せ、キーボードプレイヤーとして活躍。’85年にイギリスに移住し、90年代には、国内と海外のテクノシーンの橋渡し役も果たした。現在、UKを拠点に音楽活動を続けている。 そして、作画はA. Qadim Haqq。Juan Atkins、Kevin Saunderson、Derrick May、UR、Carl Craigなど、数々のデトロイト・テクノの名盤のアートワークを手掛けるHaqqのSF的な筆致はインパクトが強い。 この本の編集者は、大森琢磨。90年代に『エレキング』編集部に在籍し、2 MUCH CREWの初期メンバー

                                                              【インタビュー】小林泉美&大森琢磨 | リズム遊び絵本という名の奇書『エイト・オー・エイト』
                                                            • 大の音楽好きでも実物の版は1枚も持っていない?レコードショップの中の人がお客さんから聞いた「若者のサブスク傾倒度が驚異的に伸びている」という話

                                                              ジャンゴレコード @djangorecords 最近お客さんたちから、若者のサブスク傾倒度が驚異的に伸びている実話を立て続けに何件も伺った。息子さん娘さんが大の音楽好きという場合でも実物の盤は1枚も所有しないケースもわりと普通。3千枚所有の盤を「俺が死んだら全部やるよ」と言ったら「いらんから捨てて」と真顔で返された話も凄かった。 2021-03-27 22:39:42 ジャンゴレコード @djangorecords 奈良市のレコード/CD店。餅飯殿(もちいどの)商店街中ほどを右折すぐ。全国でいよいよ本格的に稀少となった国内メジャー新譜も扱う独立個人店。中古盤もあり。630-8222 奈良市餅飯殿町 36 。家族の事情により開店時刻不定。夜は毎晩9時まで。原則として毎週木曜定休。 django@m4.kcn.ne.jp https://t.co/YLixVPy59P ジャンゴレコード @dj

                                                                大の音楽好きでも実物の版は1枚も持っていない?レコードショップの中の人がお客さんから聞いた「若者のサブスク傾倒度が驚異的に伸びている」という話
                                                              • 日本酒オタクな店主に聞く、もっと知られて欲しい「ちょっとマニアックな日本酒」10選 - メシ通 | ホットペッパーグルメ

                                                                いつの間にか進化を見せていた日本酒の世界 日本酒にはさまざまな味わいがあり、華やかな甘い香りが特徴的なものや、キレが良いさっぱりした味わいが楽しめるものまで、いろいろな種類の日本酒があって、非常に奥が深いんです。 でも、沢山の数の日本酒が世に出回っていることで「自分にぴったりな1本を選ぶ方法がわからない」と悩んでしまう方も多いのではないでしょうか。 そこで今回は、台東区の酒類販売店「酒のフタバ」のオーナー・関明泰さん(以下関さん)にインタビュー。 関さんは、利き酒大会や角打ちフェスに出店するなど「日本酒本来の味わいや奥深さ」「まだあまり知られていない日本酒の魅力」を知ってもらうためのイベントにも積極的に取り組んでいる、日本酒のマニアであり、日本酒の達人。 お店には、関さんの「目利き力」を活かした素晴らしい日本酒が並んでいます。日本酒といえば、どこか「変わらないもの」「保守的なお酒」というイ

                                                                  日本酒オタクな店主に聞く、もっと知られて欲しい「ちょっとマニアックな日本酒」10選 - メシ通 | ホットペッパーグルメ
                                                                • 東京・四谷 いーぐる  ジャズ喫茶の物語 Part2

                                                                  ロック喫茶として生まれた空間 東京・四谷のジャズ喫茶「いーぐる」が2019年12月14日で創業52周年を迎えた。これは東京で現在営業をしているジャズ喫茶の中では、1956年開業の日暮里「シャルマン」、1960年開業の明大前「マイルス」と浅草「フラミンゴ」、そして「いーぐる」と同じ1967年の11月に開業した新宿「DUG」に続いて5番目に古い。 筆者がこの店を初めて訪ねたのは1979年のことだった。店の入口も内装も今とほとんど変わらないが、当時の第一印象は、照明も雰囲気もジャズ喫茶にしては明るいなというものだった。 この頃筆者はジャズ関係の公演告知のチラシやポスターを置いてもらうために都内のジャズ喫茶や喫茶店を回るアルバイトをしていたが、数十軒訪ねた店の中でも「いーぐる」の「明るさ」は印象に残った。その後、数カ月に一度ぐらいの頻度で訪ねたが、その第一印象が変わることはなかった。 同じ時期に東

                                                                  • フィヨルドブートキャンプを卒業しました | Code Rules Everything Around Me

                                                                    プログラミングスクールのフィヨルドブートキャンプを卒業しました。 他業種から未経験でプログラミングを学ぶことになったんですが、その経緯や入会して卒業するまでのことについて一区切りついた今書き残しておこうと思います。 🌵卒業までにかかった時間入会して卒業するまでの期間としてはちょうど10ヶ月ぐらいでした。記録に残っている時間だと約1300時間です。 学んだことなどをまとめたり、学習時間を記入する日報を学習した日は書くようになっているんですが、きっちり書いていない時期などもあったのでプラス100〜200時間ぐらいはありそうです。 一般的に卒業までにかかる時間は大体1000時間前後みたいです。経験者の方もいるんですが、自分の場合は前職をやめる直前にProgateで勉強始めて、一週間ほどして入会したのでほぼ未経験の状態で入会しました。 別に早けりゃいいってものではないですが、少し時間がかかった方

                                                                      フィヨルドブートキャンプを卒業しました | Code Rules Everything Around Me
                                                                    • 対談 : 小西康陽 x クボタタケシ ── 1990年代のピチカート・ファイヴと、DJと

                                                                      ピチカート・ファイヴの珠玉の名曲たちがついに配信スタートしました。野宮真貴をヴォーカリストに迎え、日本コロムビアからリリースされた楽曲(1991年〜2001年)を、シングル曲を中心に小西康陽が完全監修でついにニュー・エディット&ミックスを行い、さらに全曲新たなマスタリングでリリース。題して『THE BAND OF 20TH CENTURY: Nippon Columbia Years 1991-2001』。「レコードの日」にすでにスペシャルな7インチ・ボックスとしてもリリース。 対談 : 小西康陽 x クボタタケシ OTOTOYでは『THE BAND OF 20TH CENTURY: Nippon Columbia Years 1991-2001』の配信開始とともに、当時のピチカート(とくに1990年代中頃)のそのサウンドにひとつヒントを与えていたであろうDJ〜クラブ・ミュージック的な音作

                                                                        対談 : 小西康陽 x クボタタケシ ── 1990年代のピチカート・ファイヴと、DJと
                                                                      • ファストリ 柳井正: 無限の成長欲で10兆円のカリスマへ|Yuya Murakami / East Ventures

                                                                        グローバルで”消費者”にモノを売って、成長し続ける数少ない日本発企業がユニクロを運営する「ファーストリテイリング」だと思う。 業界でのポジション会社HPに「業界でのポジション」というページを載せているのも珍しく面白い。海外企業との対比を業績・時価総額で載せているところから、並々ならぬグローバルで勝つことへの意識と自信を感じる。 「ひょっとしたら世界一になれるかもしれない」と1%の確率から始まったという柳井氏の旅路は、年々「世界一になれるかもしれない」確率が上がっていき、ついにコロナのときには 時間の問題です 成毛眞 with 楠木建「トップ経営者 × 企業戦略の未来」と言い切ったという。 そんな実質1代で10兆円のグローバル企業を作った稀代の起業家である柳井氏だが、孫さんのような昔から神童だったり、異質さを匂わせる伝説エピソードがあるわけではない。 良い意味で普通な感じで現実的である。 い

                                                                          ファストリ 柳井正: 無限の成長欲で10兆円のカリスマへ|Yuya Murakami / East Ventures
                                                                        • 瀧見憲司が語るセカンド・サマー・オブ・ラヴ期のプライマル・スクリームのサウンドと変遷について - TOKION

                                                                          投稿日 2022-08-16 更新日 2022-08-25 Author 黒田隆憲 MUSIC 観察する セカンド・サマー・オブ・ラブ期のプライマル・スクリームのサウンドと変遷について、DJの瀧見憲司が語る。 もうすぐ開催される「SONICMANIA」「SUMMER SONIC」への出演および大阪・名古屋での単独公演が決定しているプライマル・スクリーム。今回のライヴで彼等は、1991年にリリースしたロック史上に残る名盤『Screamadelica』を全編演奏するという。ロックンロールとダンスミュージックを絶妙なバランスで融合させ、後のインディーロックに計り知れない影響を与えたプライマル・スクリーム。その後も作品を出すごとに進化を繰り返しながら、シーンの最前線を走り続ける彼等は一体どのような存在だったのか。当時、下北沢ZOO/SLITSで伝説のレギュラーイベント〈Love Parade〉をオ

                                                                            瀧見憲司が語るセカンド・サマー・オブ・ラヴ期のプライマル・スクリームのサウンドと変遷について - TOKION
                                                                          • 多彩な才能が集った伝説のクラブ、下北沢SLITS | 渋谷系を掘り下げる Vol.13

                                                                            渋谷系を掘り下げる Vol.13 [バックナンバー] 多彩な才能が集った伝説のクラブ、下北沢SLITS 元店長・山下直樹が語る独自の“オール・イン・ザ・ミックス”感覚 2020年11月26日 19:00 882 56 京王井の頭線の急行で渋谷から1駅の距離にある世田谷区下北沢では、近年、大々的に再開発が進められている。一方で昔ながらの商店街と、中古レコード店、古着店、スケートボードショップ、ライブハウス、ロックバーなどが同居してきた街の特徴はむしろ売りにしようと試みられており、一帯にはまるでサブカルチャーのテーマパークのような雰囲気すら漂う。ただしかつての下北沢を──例えばZOOやSLITSを知っている人からすれば、少々きれいにまとまりすぎていると感じるかもしれない。 下北沢南口商店街、ミスタードーナツ向かいのビルの地下深くへと延びていく、細く急な階段。かつてその先には、1987年に下北ナ

                                                                              多彩な才能が集った伝説のクラブ、下北沢SLITS | 渋谷系を掘り下げる Vol.13
                                                                            • 細野晴臣とエキゾチックサウンド(前編) | 細野ゼミ 2コマ目 前編

                                                                              活動50周年を経た今なお、日本のみならず海外でも熱烈な支持を集め、改めてその音楽が注目されている細野晴臣。音楽ナタリーでは、彼が生み出してきた作品やリスナー遍歴を通じてそのキャリアを改めて掘り下げるべく、さまざまなジャンルについて探求する連載企画「細野ゼミ」を展開中だ。 ゼミ生として参加しているのは、氏を敬愛してやまない安部勇磨(never young beach)とハマ・オカモト(OKAMOTO'S)という同世代アーティスト2人。第2回では、細野が1970年代後半に発表した“トロピカル3部作”に多大な影響を与えたエキゾチックサウンドを題材に語り合ってもらった。 取材 / 加藤一陽 文 / 望月哲 題字 / 細野晴臣 イラスト / 死後くん エキゾはタイトルに出る──本日はエキゾチックサウンドをテーマにお話しを伺いたく思います。まず細野さんから、エキゾチックサウンドについて簡単にご説明いた

                                                                                細野晴臣とエキゾチックサウンド(前編) | 細野ゼミ 2コマ目 前編
                                                                              • ピンチを逆手に取った音楽番組!CDTV こと「カウントダウンTV」が1993年に始まった

                                                                                新・黄金の6年間 ~vol.3 ■ COUNT DOWN TV 放送局:TBS 放送開始:1993年4月8日 1993年4月8日に始まった『COUNT DOWN TV』 新・黄金の6年間がある。 1993年から98年にかけてエンタメの世界に新しい才能たちが台頭し、大ヒットを連発した時代である。テレビドラマはフジテレビの月9を筆頭に、視聴率25%超えが当たり前になった。 音楽界は小室ソングが牽引するように、ミリオンセラーを連発した。『週刊少年ジャンプ』は『SLAM DUNK』などを核に最大発行部数653万部を記録し、アニメ界は庵野秀明監督の『新世紀エヴァンゲリオン』が社会現象となった。 しかし―― そんな栄華も1998年、ひとりの天才歌姫(ディーバ)、宇多田ヒカルの登場で時代は次なるステージへ移行し、新・黄金の6年間は終わりを告げる。小室哲哉曰く「ヒカルちゃんが僕を終わらせた」――。 新・黄

                                                                                  ピンチを逆手に取った音楽番組!CDTV こと「カウントダウンTV」が1993年に始まった 
                                                                                • ご飯が美味しくて幸せならいい 曽我部恵一の楽しさ追求の生き方 | CINRA

                                                                                  今年の春、曽我部恵一は下北沢に「カレーの店・八月」をオープンさせた。なぜ、ミュージシャンがカレー屋を? 不思議に思う人もいるだろうが、じつは彼、約15年前から同じ下北沢でカフェも運営しており、場づくりにおいてはすでに長い蓄積がある。 それ以外にもソロ転向後、ほどなくして自身のレーベルを設立するなど、インディペンデントを機軸とした活動を展開してきた曽我部。ときには音楽、ときには飲食店と、形態にとらわれない表現を続けている。その背景に見えてくるのは、「好きなことを思うがままにやる」という、シンプルな生き様だ。 空間を豊かにするLIXILの壁材商品「エコカラット」のプロジェクトLIXIL「PEOPLE & WALLS MAGAZINE」とCINRA.NETのコラボレーションにより、空間と人との関係にフォーカスし、インタビューを行っていくこの連載。最終回となる第7回目は、そのときどきの感情を大切に

                                                                                    ご飯が美味しくて幸せならいい 曽我部恵一の楽しさ追求の生き方 | CINRA