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中世の検索結果241 - 280 件 / 440件

  • 清水寺から大量古文書、新出資料は天皇綸旨15点 文書群には、秀吉・尊氏の名前も|社会|地域のニュース|京都新聞

    清水寺(京都市東山区)は7日、中近世の天皇や足利尊氏、豊臣秀吉の関連文書が古文書の整理調査で見つかったと発表した。新出資料となる天皇の綸旨15点は、中興の祖・願阿弥ら勧進僧が戦乱で荒れた伽藍復興に寄与し、寺院に定着してゆくさまを示す。 200点近くあった文書群には、京における鉄砲の使用時期を示す三好長慶の禁制のほか、厚い観音信仰で知られた尊氏による土地の寄進状、秀吉が母の病気回復への返礼をつづった書状といった多数の原本が含まれていた。

      清水寺から大量古文書、新出資料は天皇綸旨15点 文書群には、秀吉・尊氏の名前も|社会|地域のニュース|京都新聞
    • 『中世の弓矢と鎧について調べた実験』 -矢が弾かれたとき、首に行かないようになってるところがすごいよな

      syutendouji @syutendouji4 @mazomanzi 撃ち手「ほーん、弓に対する鎧の有用性を実証したいんね、ええよ。ただ弓兵舐められるのは癪に触るから初手で殺しとくンゴ。」 2021-12-27 10:02:33 はすね @Re_113_Gnu 実は右のおじさん(tobias capwell氏)、ロンドンにあるウォレス・コレクションの学芸員で、イングランド騎士の鎧に関する論文出したり、中世のトーナメントを再現するイベのリエナクターだったり、リチャード三世の遺骨をレスター大聖堂に護送する際は当時の鎧を着て同行するなど、色々とすごい人なのだ twitter.com/ichiipsy/statu… pic.twitter.com/nEWpTGqkf3 2021-12-27 13:45:27

        『中世の弓矢と鎧について調べた実験』 -矢が弾かれたとき、首に行かないようになってるところがすごいよな
      • 鎌倉幕府は、なぜ「権力体」になれたのだろうか?~当事者ですら曖昧だったのでは

        まとめ管理人 @1059kanri 「鎌倉幕府」の成立年代が諸説あることは有名ですが、実際には源頼朝や坂東武者によって関東に成立した権力体が一体何なのか、頼朝たち自身にも朝廷にもよく解らず、その定義を定めるための紆余曲折こそが「鎌倉幕府」の歴史なんだとも思し、結果として鎌倉幕府は自身を明確に定義できずに終わったとも 2022-01-15 01:01:18 銅大 @bakagane RT言及:まさに。鎌倉幕府って、当事者たちには曖昧な存在なまま終わり。後の武家政権や、歴史家などが「鎌倉幕府とはなんだったのか」を考え続けたことで輪郭ができていった感があります。なので、鎌倉幕府の成立といっても「ここまでで2割が成立」「このへんで7割」「5割に戻った」みたいになる 2022-01-15 01:06:38

          鎌倉幕府は、なぜ「権力体」になれたのだろうか?~当事者ですら曖昧だったのでは
        • 「歴史を変えた津波」が考古学で判明、14世紀末

          2004年インド洋で発生した津波によって露出した古い墓標をきっかけに、この地域を襲った過去の津波について、研究者らが調べ始めた。(PHOTOGRAPH COURTESY PATRICK DALY) 2004年12月26日、スマトラ沖を震源とした地震により、高さ30メートルに達する津波がインドネシア、スマトラ島北西のアチェ州を襲った。 津波はインド洋に面する海岸の町を次々にのみ込み、はるか遠くアフリカ大陸のソマリアにまで到達した。アチェ州だけで死者は16万人以上、家を失った人々はもっと多かった。 このアチェ州は、600年以上前の14世紀末にも同様の津波に襲われ、やはり沿岸の村が甚大な被害を受けていたことが、新たな証拠から明らかになった。さらに、それがこの地域で強大な権力を誇ったアチェ王国の勃興につながったという。この調査結果は、5月28日付けで「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に発表され

            「歴史を変えた津波」が考古学で判明、14世紀末
          • 埋もれた地蔵80体 救出大作戦! 中世の集落跡、住民「地域のルーツがここにある」|社会|地域のニュース|京都新聞

            京都府京丹後市丹後町久僧の山中で、地中に埋もれた80体を超えるお地蔵さんの救出作戦が始まった。場所は室町時代まで久僧の人々が住んでいたとされる集落跡。住民らは今夏、数体のお地蔵さんを救い出し、「久僧のルーツがここにある」と一帯の再生を思い描いている。 集落跡の名は「池上千軒」。地元の伝承によると、鎌倉時代に住み始め、南北朝時代には約60戸に広がった。室町時代の1557年に疫病による飢餓と大暴風雨が発生。人々は海沿いの久僧や中浜などに居を移したという。 久僧の地域史などを調べる吉本宏雄さん(80)によると、地蔵群は現在の宇川温泉の約500メートル東に位置する愛宕山麓のため池跡のそばにある。住民は池上千軒を後にした後も周辺の田畑に通い続けた。だが、昭和40年代から田畑が放棄され始め、近年は雑木林になり地蔵も忘れられたという。10年前に調べた時にはため池跡の東に約20体、西に約60体を確認したが

              埋もれた地蔵80体 救出大作戦! 中世の集落跡、住民「地域のルーツがここにある」|社会|地域のニュース|京都新聞
            • 干ばつのイタリア、川の水位低下で遺跡出現 | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)

              イタリアでは一部地域がここ70年で最悪の干ばつに見舞われており、河川の水位が低下したことで、これまで水没していた考古学的な遺構や遺物が出現している。 同国北西部ロンバルディア州にあるポー川の支流オーリオ川では、干上がった川底から、紀元前2300~700年の青銅器時代の建築物の支柱が出現した。同州のコモ湖では、湖底から約10万年前の大型の鹿の頭蓋骨や、サイ、ハイエナ、ライオンの骨が発見された。 北東部エミリアロマーニャ州のポー川沿いにある野生生物保護区では、第2次世界大戦時に沈没した船2隻の残骸が現れた。ベネチアのジュデッカ造船所で建造されたもので、1943年にドイツの攻撃を受けて沈没していた。ポー川ではさらに、第2次大戦中の1944年に米国の爆撃により沈没した長さ55メートルの荷船も姿を現した。 ポー川の主要な支流の一つである北部ピエモンテ州のセージア川では、赤れんがの遺跡が水中から現れ、

                干ばつのイタリア、川の水位低下で遺跡出現 | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)
              • SOW@新刊12月発売 on Twitter: "そういや、現在FGOで大人気な紫式部さん。 まさか死後千年を経て、グラマーな水着美女としてTVCMに出るたぁお釈迦様でも思うめぇなと思ったんですが、この人の「死後」のアレコレも大変だったんですよね。 https://t.co/Y2OmN6MGz1"

                そういや、現在FGOで大人気な紫式部さん。 まさか死後千年を経て、グラマーな水着美女としてTVCMに出るたぁお釈迦様でも思うめぇなと思ったんですが、この人の「死後」のアレコレも大変だったんですよね。 https://t.co/Y2OmN6MGz1

                  SOW@新刊12月発売 on Twitter: "そういや、現在FGOで大人気な紫式部さん。 まさか死後千年を経て、グラマーな水着美女としてTVCMに出るたぁお釈迦様でも思うめぇなと思ったんですが、この人の「死後」のアレコレも大変だったんですよね。 https://t.co/Y2OmN6MGz1"
                • バイキングの「武装女性像」に新説、ワルキューレではなかった

                  デンマークのリーベでは、さまざまなものをかたどった像が製造されていた。(MUSEUM OF SOUTHWEST JUTLAND, CC-BY-SA) デンマークをはじめ、イギリスやロシアなどの各地で、それぞれ何十個も発見されてきたバイキング時代の武装した女性の像は、殺された戦士を死後の世界に運ぶ北欧神話の女性戦士、ワルキューレだと考えられてきた。 しかし、その小さなアミュレット(お守り)あるいはペンダントは、バイキングの祭りや儀式で中心的な役割を果たした実在の女性たちを表したものだとする説が、8月5日付けで学術誌「Medieval Archaeology」に発表された。さらに、これらは儀式用具一式の一部であり、バイキング時代のヨーロッパにおける男女の役割が、考えられていたよりも複雑だったことを示唆しているという。 謎めいたその古代のブロンズ像は、長さ数センチの長髪の女性で、多くの場合、紋章

                    バイキングの「武装女性像」に新説、ワルキューレではなかった
                  • 顔面を斧でグサッ!中世ゴットランドの戦いの凄惨な様子を遺骨から復元 - ナゾロジー

                    中世ヨーロッパで最も陰惨な戦争の一つとされる「ゴットランドの戦い(the Battle of Gotland)」。 そこで壮絶な死を遂げた男性の顔がこのほど、ブラジル人3Dデザイナーのシセロ・モラエス(Cícero Moraes)氏の手により復元されました。 男性の頭蓋骨には、アゴの左側から口、鼻にかけて斜めにザックリと穴が空いており、これが調査の結果、手斧による一撃で付けられた可能性が示されました。 また、リアルな傷跡と生前の顔の復元により、戦争の悲惨な実態が明らかにされています。 ゴットランドの戦いとは一体どんな争いだったのでしょうか? 研究の詳細は、プレプリントが2022年10月30日付で3Dコンピュータグラフィックス専門誌『OrtogOnLineMag』に公開されています。 Medieval fighter may have died with an ax ‘stuck in hi

                      顔面を斧でグサッ!中世ゴットランドの戦いの凄惨な様子を遺骨から復元 - ナゾロジー
                    • 産業革命が起こる前は労働時間が現代よりもずっと短かった

                      by Good Free Photos 18世紀に起こった産業革命によって、工場や機械などの生産手段を私有する資本家が労働者を雇用して商品を作って資本を得るという「資本主義経済」が生まれました。資本主義経済は雇用者と労働者の関係の上で成り立っていることから、労働環境の整備や労働者の権利といった問題も資本主義経済から生まれたといわれています。そんな資本主義経済を生んだ産業革命以前では「一般的な労働時間は現代よりも短かった」とボストンカレッジの社会学教授であるジュリエット・ショア氏が説明しています。 Preindustrial workers worked fewer hours than today's https://groups.csail.mit.edu/mac/users/rauch/worktime/hours_workweek.html 13世紀イギリスの農民の労働時間は、平均し

                        産業革命が起こる前は労働時間が現代よりもずっと短かった
                      • モンゴル帝国から日本を救った北条時宗が「英雄」とは言い難いワケ

                        ほんごう・かずと/1960年、東京都生まれ。東京大学、同大学院で、石井進氏、五味文彦氏に師事。専門は、日本中世政治史、古文書学。『大日本史料 第五編』の編纂を担当。著書に『日本史のツボ』『承久の乱』(文春新書)、『軍事の日本史』(朝日新書)、『乱と変の日本史』(祥伝社新書)、『考える日本史』(河出新書)。監修に『東大教授がおしえる やばい日本史』(ダイヤモンド社)など多数。 ニュース3面鏡 インターネットの登場以来、以前にもまして巷にはニュースがあふれ返っています。そうしたニュースや出来事の中から、DOL編集部が気になる出来事を厳選し、正面のみならず右から左から、価値あるニュース、楽しいニュースをお届けします。 バックナンバー一覧 鎌倉時代、2度にわたってモンゴルに攻め入られた日本。そんな大国の侵攻から日本を救った英雄とみられているのが、北条時宗だ。しかし、モンゴルが日本に攻め入った経緯を

                          モンゴル帝国から日本を救った北条時宗が「英雄」とは言い難いワケ
                        • ビザンツ帝国の名君列伝 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

                          領土を広げ、財政を健全化させた名君たち ビザンツ帝国はいつから成立したか、というのは難しい問題です。 ディオクレティアヌス帝がローマ帝国を東西に分けた時から。 コンスタンティヌス帝が都をローマからコンスタンティノープルに移した時から。 テオドシウス帝が息子たちに帝国を東西に分けて相続した時から。 など複数の説があります。ビザンツ帝国はローマ帝国の延長上にある国家なので、どれが正解ということではなく解釈の問題です。 今回はビザンツ帝国の名君と呼ばれる人のピックアップなのですが、テオドシウス帝以降の皇帝で名君と呼ばれる人たちをピックアップしていきたいと思います。 1. ヘラクレイオス(在位:610年〜634年) Image by Classical Numismatic Group ササン朝ペルシアとの戦いに勝利した皇帝 ヘラクレイオスはカルタゴ総督の父を持つ貴族でしたが、暴君フォカスの政治に

                            ビザンツ帝国の名君列伝 - 歴ログ -世界史専門ブログ-
                          • 悪魔の造形の歴史 - 悪魔はどんな形で描かれてきたのか? - 歴ログ -世界史専門ブログ-

                            さまざまな姿で描写されてきた悪魔 悪魔とはキリスト教では、人間をたぶらかし、善の道に背かせ、神を裏切るように仕向ける存在であるとされます。 悪魔自体もサタン、ルシファー、アゼザル、ベゼルブブ、アスモデウスなどなど、数えきれないほどたくさんの数がいます。 悪魔を絵画に描くとき、そのビジュアルは、当時の人々が感じる醜悪で邪悪なイメージに基づいて描かれるのですが、時代によってさまざまに移り変わっています。 この記事では時代ごとの悪魔のイメージを見ていくのですが、そのどれもが悪魔のイメージを現代でも帯びているというのがスゴイところです。 1. アダムとイブをたぶらかす蛇 蛇がアダムとイブをたぶらかし、知恵の実を食べさせてしまう旧約聖書の「創世記第三章」は非常に有名です。 ところがヘブライ語の原文ではアダムとイブをたぶらかしたのは蛇ではなく、「サタン」と書かれているそうです。サタンとは「敵」「障害」

                              悪魔の造形の歴史 - 悪魔はどんな形で描かれてきたのか? - 歴ログ -世界史専門ブログ-
                            • ドイツ語「vogelfrei:破門された」という言葉がある……破門された人間の遺体は埋葬すら禁じられた「遺体は鳥(vogel)が自由(frei)に、ついばむに任せよ」

                              けんこまけん @kemkomakem 破門された者の末路 ドイツ語に「vogelfrei」という単語がある。フォーゲルフライと発音し「破門された」という意味を持つ形容詞。宗教用語なので、日常会話ではまず使わない。習うこともない。 この単語、ドイツ語を勉強した人ならわかっていただけると思うが、ものすごく響きが良い。 2022-07-16 16:18:16 けんこまけん @kemkomakem vogelは英語で言うとbird、要は鳥ね。freiを英語にするとfree、これは自由という意味だね。 つまり、言葉の響きだけ聞くと、鳥が自由に飛び回るようなイメージなので、ネガティブな要素は全く感じられない。それが何で破門というワードにつながるのか? 2022-07-16 16:18:52

                                ドイツ語「vogelfrei:破門された」という言葉がある……破門された人間の遺体は埋葬すら禁じられた「遺体は鳥(vogel)が自由(frei)に、ついばむに任せよ」
                              • 中欧の奇妙なうつぶせ埋葬、「蘇る死者」を恐怖か

                                ハンス・バルドゥング・グリーンが16世紀に描いた線画。ドイツの傭兵が死神と話をしている。ヨーロッパ全域でペストが流行するのに伴い、復讐を誓う飢えた不死者(アンデッド)の物語がドイツ語圏に広まった。そうした迷信が埋葬習慣に反映された可能性がある。(ILLUSTRATION BY DEA PICTURE LIBRARY, DE AGOSTINI/GETTY) 2014年、スイスの人類学者アメリー・アルタラウゲ氏は、数世紀前の共同墓地で見つかった奇妙な墓を調査するよう指示された。ベルン大学法医学研究所で働き始めてからわずか数日後のことだった。 共同墓地には340の墓があったが、その中の1つが際立っていた。教会の墓地の片隅に、中年の男性がうつぶせに埋葬されていたのだ。「このような墓を実際に見たのは初めてでした」とアルタラウゲ氏は振り返る。 曲がった肘の内側には、硬貨がいっぱいに詰まった財布と鉄製の

                                  中欧の奇妙なうつぶせ埋葬、「蘇る死者」を恐怖か
                                • 『世界の辺境とハードボイルド室町時代 』歴史学者と探検家の目 - HONZ

                                  歴史学者と探検家は同じ目をしている。といってもインディアナ・ジョーンズの話ではない。安楽椅子探偵とハードボイルド探偵ほど違う存在がともに事件の解決を追い求めるように、古文書を掘り起こして歴史の細部から埃を払う歴史学者と、命をかける大冒険で世界の辺境に旅をするノンフィクション作家とは、実は同じものを求め、同じところを見ている。彼らは異世界を見て、異世界に旅することを知っている人たちなのである。 この本は、中世社会史を専門にする歴史学者と探検旅行を旨とするノンフィクション作家の出会いから生まれた。清水克行は『喧嘩両成敗の誕生』(講談社選書メチエ、2006年)で中世における紛争解決から当時の社会のありかたを浮き彫りにした。一方で高野秀行は『謎の独立国家ソマリランド』(本の雑誌社、2013年)において、崩壊国家ソマリアの中に奇跡のように生まれたソマリランドという未承認国家を訪れる。はるか過去の史実

                                    『世界の辺境とハードボイルド室町時代 』歴史学者と探検家の目 - HONZ
                                  • 黒死病(ペスト)流行下(1348~53年)におけるユダヤ人迫害のまとめ | Call of History ー歴史の呼び声ー

                                    「黒死病(英語”Black Death”)」と呼ばれる1347年から1353年にかけての世界的なペスト流行の渦中、ヨーロッパでは各地で暴力や虐殺を含むユダヤ教徒(ユダヤ人)への激しい迫害が展開した。 中世ヨーロッパにおけるユダヤ人二世紀のローマ帝国下での迫害(注1)以来、ユダヤ教徒(ユダヤ人)はパレスティナ地方から世界中に離散した(ディアスポラ)。キリスト教国教化以来迫害は苛烈なものとなり、六世紀に東ローマ帝国(注2)や西ゴート王国(注3)等で大規模な迫害があったが、世界各地に住み着いたユダヤ人たちは宗教的慣習を維持して自治共同体を築き、国際的なネットワークを生かして交易で富を得て存在感を発揮するようになり、特にイスラーム世界で重用され、キリスト教世界でも王権との関係が安定化して寛容な時代を迎える。 ユダヤ人たちはローマ帝国の迫害を逃れてドイツからイベリア半島にかけてのローマ帝国周縁に逃れ

                                      黒死病(ペスト)流行下(1348~53年)におけるユダヤ人迫害のまとめ | Call of History ー歴史の呼び声ー
                                    • サイゼリヤで中世ヨーロッパの風を感じろ

                                      ここしの⛩ @Cococno 今日もレンズ豆とスペルト小麦のミネストローネ食べにサイゼに来てしまったんだけど本当これ王道RPGで主人公が自分の村から旅立って最初の宿屋で出る宿のおばあちゃんが作ってくれた晩御飯という感じがすごくて謎の郷愁に駆られるんで好きなんですよね…素朴に美味しい…町のファンタジー飯の風情… pic.twitter.com/ESJ5v1PN8g 2019-08-10 17:10:16 イナダシュンスケ @inadashunsuke レンズ豆とスペルト小麦のミネストローネはサイゼ史に残るであろう大傑作!青菜がドス黒くなるまでクタクタに煮込まれてあるのがいい。肉が具として入ってないのもいい。 夜更けに嵐の中をようやくたどり着いた宿で「スープくらいしか無いけどいいかい?」と出てきそうなやつの最高峰。 2019-07-16 09:19:16

                                        サイゼリヤで中世ヨーロッパの風を感じろ
                                      • “神風”は本当に吹いた? 「水中考古学」で浮かび上がる歴史に迫る | 佐々木ランディに聞く 「日本に眠る遺産」

                                        海や湖、河川と人の関係の歴史を探る「水中考古学」。沈没船や水中遺跡のみならず、人間が水とどのように関わってきたかを調査する学問だ。 実は、日本では多くの水中考古学的「発見」があり、海外からも注目されるほどだ。と同時に、それらの遺産を守るうえで大きな課題も抱えている。 では、水底に眠る遺跡が現代人に教えてくれることとは? 水中考古学者の佐々木ランディに話を聞いた。 日本は「水中遺跡」大国だった! ──2022年2月に出版された著書『水中考古学 地球最後のフロンティア』では、水中考古学に対する想いが綴られ、印象的でした。同書で伝えたかったことは何ですか。 一番に伝えたかったのは、水中遺跡が「実はどこにでもあるもの」だということです。同時に、世界的に見て、日本がこの分野で大きく遅れをとっている事実を知ってほしいと思いました。「このまま変化を起こさないと貴重な遺産が失われていく」と。 ですが、ただ

                                          “神風”は本当に吹いた? 「水中考古学」で浮かび上がる歴史に迫る | 佐々木ランディに聞く 「日本に眠る遺産」
                                        • 遂に完結『乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ』(大西巷一作)1~12巻感想

                                          『乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ』(大西巷一作)は十五世紀のボヘミアで起きた宗教戦争「フス戦争(1419年-1434年)」を描いた中世ヨーロッパ歴史漫画で、2019年6月12日発売のコミックス12巻で完結しました。 フス戦争は、ローマ教会の世俗化を厳しく批判していたプラハ大学総長ヤン・フスが1415年異端として処刑されたことに対して、フスの信奉者たち=フス派が蜂起して始まった宗教戦争で、フス派内の急進派ターボル派を率いたヤン・ジシュカが貧しい農民たちを組織し、当時はまだ一般的ではなかった銃火器を駆使して騎士たちの大軍を次々と撃破した火器戦術の革新をもたらした戦争として位置付けられます。また、フス派内の諸派の合従連衡と葛藤、ボヘミアの貴族たちと神聖ローマ皇帝ジギスムントとの対立、帝国諸侯の権力闘争、ローマ教会の権威の失墜など多様な要因が重なり合って、宗教戦争の枠を超えた国際戦争の様相を呈

                                            遂に完結『乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ』(大西巷一作)1~12巻感想
                                          • 古代に発生した「第一のパンデミック」はこれまで知られていたものより大規模なものだったと歴史家が指摘

                                            2020年から続く新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、1918年から1920年にかけて世界的に流行したスペインかぜ以来の「100年に一度のパンデミック」と呼ばれています。歴史の中で繰り返されるパンデミックのうち、541年から750年にかけてヨーロッパなどで猛威を振るったユスティニアヌスのペストに注目した最近の研究により、「第一のパンデミック」とも呼ばれるこのペストの被害が、これまで知られていたものより甚大だった可能性が浮かび上がりました。 New Approaches to the ‘Plague of Justinian’* | Past & Present | Oxford Academic https://academic.oup.com/past/advance-article/doi/10.1093/pastj/gtab024/6427314 Justinianic Pla

                                              古代に発生した「第一のパンデミック」はこれまで知られていたものより大規模なものだったと歴史家が指摘
                                            • 1559年に鹿児島県の神社を補修工事した大工が書いた「依頼主が焼酎をおごってくれなかった」って愚痴が国内最古の焼酎の記録になってるのがエモい

                                              すきえんてぃあ@書け @cicada3301_kig 1559年に神社を補修工事した大工が「依頼主が焼酎をおごってくれなかった」ってグチを書き残したのが国内最古の焼酎の記録になってるのエモだな。現在の鹿児島県。 pic.twitter.com/J67oIxUqyj 2020-10-16 19:37:36

                                                1559年に鹿児島県の神社を補修工事した大工が書いた「依頼主が焼酎をおごってくれなかった」って愚痴が国内最古の焼酎の記録になってるのがエモい
                                              • 「俺は衛生感と飯が現代日本並みの中世ヨーロッパ風ファンタジーが好きなんだよぉぉ!」イラストレーター・よー清水先生の叫びに「ほんまコレ」の声

                                                よー清水🐧🐕‍🦺YoShimizu @you629 ConceptArtist,Illustrator 参加作品✍『映画ドラえもんのび太と空の理想郷』『BLUE PROTOCOL』『ポケモン』『横浜ガンダム』『FF7 REMAKE 』著書📖『「ファンタジー背景」描き方教室』 『「キャラ背景」描き方教室 』『絵がふつうに上手くなる本』画集『Flexible』 yo-shimizu.com よー清水🐧🐕‍🦺YoShimizu @you629 俺は日本並みの衛生感で生水が飲めて風呂が普及していて寄生虫も嫌な虫もいなくて人々が親切でカラフルな塗料も金属も布も安価で飯が日本並みに美味しくて清潔感のあるモンスターが適度にいて顔がいいキャラがたくさんいる中世ヨーロッパ風ファンタジーが好きなんだよぉぉ!悪いか! 2021-09-17 09:30:53 よー清水🐧🐕‍🦺YoShimizu

                                                  「俺は衛生感と飯が現代日本並みの中世ヨーロッパ風ファンタジーが好きなんだよぉぉ!」イラストレーター・よー清水先生の叫びに「ほんまコレ」の声
                                                • 中世から近世の法的文書に羊皮紙が使われていた理由とは?

                                                  ヒツジの皮から作られる羊皮紙や、ウシの皮から作られるベラムなど、植物の繊維を絡ませながら平らに成形した紙が発明されるまでは、さまざまな種類の動物の皮が筆写に用いられてきました。エクセター大学で考古学を研究するショーン・ドハティ氏率いる研究チームが、中世から近世にかけて作成された法的文書の大部分が羊皮紙を用いていたことを発見し、ヒツジの皮が法的文書の記載に適していた理由を考察しています。 Scratching the surface: the use of sheepskin parchment to deter textual erasure in early modern legal deeds | Heritage Science | Full Text https://heritagesciencejournal.springeropen.com/articles/10.1186/s

                                                    中世から近世の法的文書に羊皮紙が使われていた理由とは?
                                                  • 中世ヨーロッパ  - 平凡社

                                                    中世ヨーロッパは古代ローマとイタリア・ルネサンスに挟まれた暗黒時代だった? 狡猾なカトリック教会の言いなりで、迷信を好んで科学を拒み、野蛮で不潔だった? それとも、騎士が華麗に戦い、魔法と妖精が出てくるおとぎの世界? 本書は中世ヨーロッパに関する11のフィクションをとりあげ、私たちの中世観がどのように作られてきたのか、実際どうだったのかを、豊富な一次史料とともに提示する。 ●〈試し読み〉ができます! 以下をクリックしてください。 『中世ヨーロッパ』まえがき~イントロダクション まえがき イントロダクション 第1章 中世は暗黒時代だった 第2章 中世の人々は地球は平らだと思っていた 第3章 農民は風呂に入ったことがなく、腐った肉を食べていた 第4章 人々は紀元千年を恐れていた 第5章 中世の戦争は馬に乗った騎士が戦っていた 第6章 中世の教会は科学を抑圧していた 第7章 一二一二年、何千人も

                                                      中世ヨーロッパ  - 平凡社
                                                    • 戦国大名・朝倉氏の栄華と没落の地 一乗谷朝倉氏遺跡(1) | 朝日新聞デジタルマガジン&[and]

                                                      日本の城を知り尽くした城郭ライター萩原さちこさんが、各地の城をめぐり、見どころや最新情報、ときにはグルメ情報もお伝えする連載「城旅へようこそ」。今回は福井市の一乗谷朝倉氏遺跡です。戦国大名・朝倉氏の栄枯盛衰や戦国時代の城下町の姿を伝える、広大な国の特別史跡でもあります。 (トップ写真は朝倉氏5代の本拠地、一乗谷朝倉氏遺跡) 【動画】一乗谷朝倉氏遺跡を訪ねて 明智光秀が頼った朝倉義景 美濃を追われた明智光秀は、朝倉義景を頼って越前に逃れたとされている。称念寺(福井県坂井市)の門前で、10年ほど浪人として過ごしたようだ。朝倉氏が美濃守護の土岐氏と親しい間柄であったことから、土岐一族出身の光秀は朝倉義景を頼ることができたという。 光秀の前半生は謎が多く、越前での動きも定かではない。一説には、鉄砲の腕を買われて義景への仕官がかなったという。文献上で光秀の名が確認されるのは、1567〜68(永禄10

                                                        戦国大名・朝倉氏の栄華と没落の地 一乗谷朝倉氏遺跡(1) | 朝日新聞デジタルマガジン&[and]
                                                      • マヤ人とは何者だったのか? 古代文明の謎を解き明かす

                                                        メキシコ、パレンケの「碑文の神殿」で発見されたマヤ戦士の頭部像。この神殿は7世紀の君主キニチ・ハナーブ・パカルの墓で、最大かつ最も保存状態が良いマヤのピラミッドのひとつだ。(DE AGOSTINI VIA GETTY IMAGES) 長く忘れられていた文明の痕跡は、中米ユカタン半島のあちこちに残されていた。スペイン植民地時代の修道院の地下にも、道路の下にも。その大半は草木に覆われ、ジャングルに埋もれていた。だが1830〜40年代、ユカタン半島を詳細に調査した英国人と米国人の探検家はすぐに、これらの謎に満ちた遺跡が考古学上の重要な宝であることを確信した。 発見された遺跡や工芸品は放棄されて荒廃しており、寺院やピラミッド、芸術品や文字といったそれらの役割は、当時はほとんど不明だった。それでも、米国人探検家のジョン・ロイド・スティーブンスは1841年に、これらは同一集団の人々が生み出したもののよ

                                                          マヤ人とは何者だったのか? 古代文明の謎を解き明かす
                                                        • 中世ヨーロッパの「十分の一税」とは何か

                                                          十分の一税は中世ヨーロッパで教会の維持や聖職者の生計のために各教区の農民から生産物の十分の一を徴収した貢租のこと。 十分の一税の起源十分の一税の起源は聖書の記述にあるイスラエル人の慣習に遡る。 『彼はアブラムを祝福して言った。 「天地の造り主、いと高き神に アブラムは祝福されますように。 敵をあなたの手に渡された いと高き神がたたえられますように。」 アブラムはすべての物の十分の一を彼に贈った。』(新共同訳[創世記14.19-20]) 『わたしが記念碑として立てたこの石を神の家とし、すべて、あなたがわたしに与えられるものの十分の一をささげます。』(新共同訳[創世記28. 22]) 『土地から取れる収穫量の十分の一は、穀物であれ、果実であれ、主のものである。それは聖なるもので主に属す。もし、十分の一を買い戻したいときは、それに五分の一を加えて支払わなければならない。牛や羊の群れの十分の一につ

                                                            中世ヨーロッパの「十分の一税」とは何か
                                                          • 「神の罰で洪水に飲み込まれた」と伝えられる中世ヨーロッパの都市ラングホルトの大教会が干潟の底から発見される

                                                            ラングホルトは北海とバルト海を分けるユトランド半島に存在したといわれる中世ヨーロッパの都市であり、「神の罰によって海に沈んだ」とも伝えられています。近年の発掘調査でラングホルトは空想上の都市ではなく実在したことがわかっており、新たにラングホルトにあった大きな教会の遺構が干潟の底から発見されたと報告されました。 Lost since 1362: Researchers discover the church of a sunken medieval trading place | Press and Public Relations https://press.uni-mainz.de/lost-since-1362-researchers-discover-the-church-of-a-sunken-medieval-trading-place/ Impressive Medieval

                                                              「神の罰で洪水に飲み込まれた」と伝えられる中世ヨーロッパの都市ラングホルトの大教会が干潟の底から発見される
                                                            • 昔の人はどう呼ばれていたか

                                                              ちぇり麟bot @charee_bot 【ちぇりー雑学】小学時代に北条政子を「ほうじょうまさこ」という読みで習ったと思うけど、実はこれ、正しい読み方じゃないんです。ヒントは政所。 …もう、お分かりになりましたよね? #知りたくなかった雑学 2019-10-15 16:57:23 すきえんてぃあ@書け @cicada3301_kig 本人の母語を尊重した歴史教科書 溥儀(プイ) 毛沢東(マオ・ツォトン) 西郷隆盛(セゴ・タカモッ) 織田信長(ウォンダ・ノブナンガ) 北条政子(フォンディエウ・マンコ) 平将門(タヴィラ・ノ・マザガンド) 藤原不比等(プンディバラ・プビィダ) 小野妹子(ウォヌォ・ナ・エムォグォ) 卑弥呼(ピミハ) 2019-10-15 17:25:10

                                                                昔の人はどう呼ばれていたか
                                                              • 『ヴァイキングの歴史――実力と友情の社会』熊野聰 著/小澤実 解説 | Call of History ー歴史の呼び声ー

                                                                ヴァイキングは概ね八世紀から十一あるいは十二世紀まで活動した北欧の人々で、一般的なイメージではロングシップに乗った赤ら顔の海賊であるが、このイメージは見直されて久しい。本書は名著として名高い1983年に刊行された『北の農民ヴァイキング――実力と友情の社会』の改題・増補改訂版で、ヴァイキングの歴史を知る上でぜひ読んでおきたい一冊である。 本書の元となった『北の農民ヴァイキング――実力と友情の社会』の意義について、解説を寄せている小澤実氏は『略奪者であるはずのヴァイキングを「農民」ととらえ直すことにより、日本の学界と読書界にヴァイキングの実態の再定位を求めた』(283頁)、『強固な理論性と実証性』(287頁)を備えた啓蒙書であるという。その上で、本書の三つの特徴として『アイスランドとノルウェーが主たる舞台となっていること』(289頁)、『史料としてサガが多用されていること』(290頁)、『個人

                                                                  『ヴァイキングの歴史――実力と友情の社会』熊野聰 著/小澤実 解説 | Call of History ー歴史の呼び声ー
                                                                • 6500枚の銀貨や王族の名前が刻まれた金の指輪がトウモロコシ畑から発掘される

                                                                  ポーランド中西部のスウシュクフにあるトウモロコシ畑の地下から、6500枚の銀貨を含む6600点以上の中世の宝飾品が発掘されました。 Medieval treasure trove ‘belonging to princess’ found in cornfield following tip off from village priest – The First News https://www.thefirstnews.com/article/medieval-treasure-trove-belonging-to-princess-found-in-cornfield-following-tip-off-from-village-priest-18571 6,500 medieval coins and rare gold rings unearthed in Polish cornf

                                                                    6500枚の銀貨や王族の名前が刻まれた金の指輪がトウモロコシ畑から発掘される
                                                                  • 戦国時代「下克上」は確かに多かったけど「マジ反社」のレッテルも張られるので皆、その回避に必死~という話。

                                                                    「実質的に多くなった」のと「世間的にも許容された」のタイムラグみたいなものは、これに限らず現在でも忘れられがちですよね。/たとえばLGBTやオタク趣味の社会的認容にもこの時差はあったような?

                                                                      戦国時代「下克上」は確かに多かったけど「マジ反社」のレッテルも張られるので皆、その回避に必死~という話。
                                                                    • ドラキュラのモデル「串刺し公」、真の姿に光

                                                                      【1月2日 AFP】オーストリア東部ブルゲンラント(Burgenland)州の丘に建つフォルヒテンシュタイン城(Forchtenstein Castle)。たいまつの明かりが揺れる暗い廊下を、黒いマントをまとった少年が駆け抜けていく。「彼はルーマニアの王子で、吸血鬼ではありません」とニクラス・シュエッツ君(10)は声を張り上げた。 この城は15世紀ワラキア公国の君主で、串刺し公(Vlad the Impaler)とも呼ばれるヴラド3世(Voivode Vlad III)の子孫が所有していた。 当時、ハンガリー王国の中でルーマニア語圏の属国だったワラキアを統治していたヴラド3世は、アイルランド人作家ブラム・ストーカー(Bram Stoker)の小説「吸血鬼ドラキュラ(Dracula)」のモデルとなった。 この城には数少ないヴラド3世の肖像画も残されている。城の見学ツアーに参加した人々は創作上

                                                                        ドラキュラのモデル「串刺し公」、真の姿に光
                                                                      • 中世の人々は「異様に先のとがった靴」による外反母趾で苦しんでいた証拠が見つかる

                                                                        足の形に合わない靴や先のとがった靴を履いていると、足の親指が内側に曲がってしまう「外反母趾(ぼし)」を発症してしまう可能性があります。この外反母趾は中世イギリスでも流行していたようで、研究者らは「先のとがった靴がファッションとして流行したことで、外反母趾に苦しむ人が劇的に増加した」との研究結果を発表しています。 Fancy shoes and painful feet: Hallux valgus and fracture risk in medieval Cambridge, England - ScienceDirect https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1879981721000280 Suffering for fashion: The pain of medieval pointy shoes - Medieva

                                                                          中世の人々は「異様に先のとがった靴」による外反母趾で苦しんでいた証拠が見つかる
                                                                        • 源平合戦の幕開け! なぜ以仁王と源頼政は挙兵するに至ったのか?(呉座 勇一)

                                                                          『頼朝と義時』(講談社現代新書)の著者で日本中世史が専門の歴史学者の呉座勇一氏が、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の放送内容をレビューする本企画。第3回目となる今回は、声優の木村昴さんが以仁王(もちひとおう)役で出演して話題となった昨日放送の第3話「挙兵は慎重に​」について、最新の学説を参照しつつ、専門家の視点から見たみどころを解説してもらいました。 第1回:いよいよ放送開始!『鎌倉殿の13人』第1話を歴史学者はどう観たか 第2回:仲が悪いけど実は〇〇〇!?伊東祐親と工藤祐経の複雑すぎる関係 『鎌倉殿の13人』の第3話では、本作の主人公である北条義時が周到な分析によって挙兵成功の見通しを語り、源頼朝が決断する場面が活写された。当時18歳の義時が参謀的な役割を果たしたという設定にはいささか疑問も残るが、様々な情報が錯綜し頼朝や北条一族が迷い悩む展開には引き付けられた。歴史学の観点から、第3

                                                                            源平合戦の幕開け! なぜ以仁王と源頼政は挙兵するに至ったのか?(呉座 勇一)
                                                                          • 藤原道長は恐らく日本で最古の糖尿病が記録されている人物で国際糖尿病会議の記念切手に六角形のインスリン結晶と共に描かれていた

                                                                            リンク www.club-dm.jp 藤原道長 ノボケアCircle、糖尿病だった有名人、藤原道長。糖尿病の症状、食事、運動、検査、治療方法、合併症など幅広く解説。血糖値のコントロールをサポートするコンテンツもあります。 そんな栄華に満ちあふれた道長は、美酒美食に明け暮れ、運動不足となり、さらには権力闘争でストレスも強かったためか、中年過ぎからは、しばしば口の渇きを訴え、昼夜なく水をほしがり、脱力感にもおそわれていました。これが、日本で最初の糖尿病患者としても知られる道長が訴えた症状です。

                                                                              藤原道長は恐らく日本で最古の糖尿病が記録されている人物で国際糖尿病会議の記念切手に六角形のインスリン結晶と共に描かれていた
                                                                            • Japan's public broadcaster condemned over 'offensive' BLM anime

                                                                              NHK later apologised and removed the clip from its website, saying it had done so after receiving “lots of criticism and other opinions on Twitter.” It added: “The clip was posted after a lack of consideration, and we would like to apologise to anyone who was made to feel uncomfortable.” The clip, made for a programme that aims to explain world events to children, made no mention of George Floyd,

                                                                                Japan's public broadcaster condemned over 'offensive' BLM anime
                                                                              • シェイクスピア作品にも登場、「ムーア人」とは?

                                                                                シェイクスピアの戯曲『オセロ』の主人公は、ムーア人のヴェニス軍将軍。その主役の姿でここに描かれた19世紀のアフリカ系米国人俳優、アイラ・オルドリッジは、黒人では初めて英国でシェイクスピア劇の舞台に立った。(Photograph by Hi-Story, Alamy) 「ムーア人」という言葉をご存じだろうか。 聞き覚えはあるが、実際にはよくわからないとしても無理はない。シェイクスピア作品などの文学をはじめ、芸術、歴史書で目にするにもかかわらず、特定の民族を示す名ではないからだ。ムーア人とはむしろ、スペインをその時々に支配したイスラム教徒やアフリカ系の人々などを表す概念として、何百年もの間使われてきた言葉だ。 ラテン語の「マウルス」に由来するこの語は、もともと現在の北アフリカにあった古代ローマの属州、マウレタニアに住むベルベル人などを指す呼称だったが、次第にヨーロッパで暮らすイスラム教徒に対し

                                                                                  シェイクスピア作品にも登場、「ムーア人」とは?
                                                                                • エディンバラ城――スコットランド王家歴代の居城の歴史 | Call of History ー歴史の呼び声ー

                                                                                  エディンバラ城(Edinburgh Castle)はスコットランドの首都エディンバラ市にある中世の城。スコットランド王歴代の居城であり天然の要害に立つ堅固な要塞である。「翼の生えた岩の城」「乙女の城」(注1)とも呼ばれ、「英国史上最も包囲を受けた城」と評される(注2)。ユネスコ世界文化遺産「エディンバラの旧市街と新市街(Old and New Towns of Edinburgh)」を構成する建造物の一つ。 城が建つ岩山「キャッスル・ロック」は古くから砦として利用されていたが、エディンバラ城の築城は十一世紀頃とみられている。1130年頃に建てられた城内の「聖マーガレット教会堂」を除くと、現存する城の古い部分は1430年頃から1588年頃にかけて築かれたものが中心である。 エディンバラ城(Edinburgh Castle) © Ronnie Macdonald from Chelmsford

                                                                                    エディンバラ城――スコットランド王家歴代の居城の歴史 | Call of History ー歴史の呼び声ー