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内田樹の検索結果361 - 400 件 / 1534件

  • 内田樹氏のエコ幻想 : 池田信夫 blog

    2011年03月27日10:25 カテゴリエネルギー 内田樹氏のエコ幻想 内田樹氏の記事について論評したら、大きな反響があったので、少し補足しておこう。この記事が前半でいっている「政府や東電の対応が帝国陸軍と似ている」というのはその通りで、私も同じような感想を書いた。しかし内田氏はそこから「すべての原発の即時停止と廃炉」を求めるのだ。その理由を彼はこう書く:[原発は]いったん事故が起きた場合には、被曝での死傷者が大量発生し、国土の一部が半永久的に居住不能になり、電力会社は倒産し、政府が巨額の賠償を税金をもってまかなう他なくなる。原発事故によって失われるものは、貨幣に換算しても(人の命は貨幣に換算できないが)、原発の好調な運転が数十年、あるいは数百年続いた場合にもたらされる利益を超える。これは事実認識として誤りである。今回の原発事故で、人命は1人も失われていない(今後も死者はゼロに近いだろう

      内田樹氏のエコ幻想 : 池田信夫 blog
    • 憲法の話 - 内田樹の研究室

      5月3日は憲法記念日なので、いろいろなところから憲法についてコメントを求められる。 一つは毎日新聞の「水脈」に書いた。 今日の夕刊に掲載されるはずだが、一足お先に公開しておく。 改憲の動きが進んでいる。一部の世論調査では、国民の6割が改憲に賛成だそうである。大学のゼミでも「もうすぐ憲法が改正されるんですよね」とあたかも既成事実であるがごとくに語る学生がいて驚かされた。 九条第二項の政治史的意味についての吟味を抜きにして、「改憲しないと北朝鮮が攻めてきたときに抵抗できない」というような主情的な言葉だけが先行している。 私は改憲護憲の是非よりもむしろ、憲法改定という重大な政治決定が風説と気分に流されて下されようとしている、私たちの時代を覆っている底知れない軽薄さに恐怖を覚える。 改憲とは要すれば一個の政治的決断に過ぎず、それが国益の増大に資するという判断に国民の過半が同意するなら、ただちに行う

      • 特殊な能力について - 内田樹の研究室

        京大の仏文の吉川一義先生にお招きいただいて、京大で講演をする。 吉川先生は東京都立大時代の同僚である。 同僚といっても、こちらは「お茶くみ、コピー取り」の助手であり、先生はプルースト研究者としてすでに一家をなしていたわけで、同列には論じがたいのであるが、まことにフレンドリーな先輩で、ご一緒したのは先生が東京女子大から赴任され、私が神戸女学院大学に去るまでの、二年間だけだったが、たいへん愉快な時間をともに過ごさせていただいた。 先生はフランス文学研究者としては例外的に「社会的常識のある方」である(という書き方をして仏文学者二千人をいきなり怒らせるというあたりに私の「社会的常識のなさ」は露呈しているので、そんな人間から「社会的常識のある方」と言われても「ウチダさんのその判断の蓋然性は誰が担保するのさ」と吉川先生は曇った顔をされるであろうが)。 世界的なレベルの学者でありながら、温厚で配慮の行き

        • 仕事力その1 - 内田樹の研究室

          朝日新聞に4回にわたって毎週日曜に「仕事力」というインタビューを連載します。 就活学生や転職をしようとしている若い人のためのアドバイスです。 昨日、東京の方では紙面に出たようです。朝日新聞をご購読でない方のために、ご紹介しておきます。 こんな話、ま「いつもの話」ではあるのですが。 「適職」は幻想である 「君、頼むよ」と言われ仕事は始まっていく 自分の適性に合った仕事に就くべきだと当たり前のように言われていますが、適職などというものがほんとうにあるのでしょうか。 僕は懐疑的です。 それは就職情報企業が作り出した概念ではないかとさえ僕は思っています。 「キャリア教育」の名のもとに、大学2年生から就活指導が始まり、その最初に適性検査を受けさせられます。これがいったい何の役に立つのか、僕にはまったくわかりません。 大学で教えている頃に、ゼミの学生が適性検査の結果が出たのだが、と困惑してやってきたこ

          • 集団的自衛権と忠義なわんちゃんの下心について - 内田樹の研究室

            日本維新の会の橋下代表は13日、集団的自衛権の行使について「基本的に認めるべきだ」との立場をはじめて明らかにした。 集団的自衛権の行使は許されないとするこれまでの日本政府の立場を否定して、「権利があるけれど行使できないなんて役人答弁としか言えない」と批判、「主権国家であれば当然認められる。」とした。 この人は何か勘違いしているようだが、集団的自衛権というのは、これが制定された歴史的文脈に即して言えば、わが国のような軍事的小国には「現実的には」認められていない権利である。 それが行使できるのは「超大国」だけである。 集団的自衛権というのは平たく言えば「よその喧嘩を買って出る」権利ということである。 安全保障条約の締結国や軍事同盟国同士であれば、同盟国が第三国に武力侵略されたら、助っ人する「義務」はある。 でも、助っ人にかけつける「権利」などというものは、常識的に考えてありえない。 よほど、戦

            • グローバルリスクについて - 内田樹の研究室

              常磐大学のこども教育学科の新設記念の記念講演で、学校教育とグローバルリスクについて話してきたら、翌朝の毎日新聞に西水恵美子さん(元世界銀行副総裁)がグローバルリスクについて書いていた。 西水さんはブータンが人口70万の小国であり、かつ多民族・多言語国家でありながら、よくその国民的統合を保ち得たのは、先王雷龍四世の国民国家観が堅牢だったからだとみている。 王は1989年の勅令にこう記している。 「国家固有のアイデンティティーを守る以外、独立国家の主権を擁護する術を持たない。富や、武器、軍隊が、国を守ることはできない。(…) 異邦文明を避け、我らの文明を献身的に責任を持って慣行とせねばならない。」 よく知られた「国民総幸福」(Gross National Happiness)という概念はこの王の提唱したものだが、「文明の持続的発展を国政の中心に置く」ものである。 日本の国民国家としての危機はま

              • エクリチュールについて - 内田樹の研究室

                クリエイティブ・ライティングは考えてみると、私が大学の講壇で語る最後の講義科目である。 80人ほどが、私語もなく、しんと聴いてくれている。 書くとはどういうことか。語るとはどういうことか。総じて、他者と言葉をかわすというのは、どういうことかという根源的な問題を考察する。 授業というよりは、私ひとりがその場であれこれと思いつくまま語っていることを、学生たちが聴いているという感じである。 「落語が始まる前の、柳家小三治の長マクラ」が90分続く感じ・・・と言えば、お分かりになるだろうか。 昨日のクリエイティヴ・ライティングは「エクリチュール」について論じた。 ご存じのように、エクリチュールというのはロラン・バルトが提出した概念である。 バルトは人間の言語活動を三つの層にわけて考察した。 第一の層がラング(langue) これは国語あるいは母語のことである。 私たちはある言語集団の中に生まれおち、

                • たたかえ! 公安調査庁 - 内田樹の研究室

                  朝鮮総連の中央本部の土地建物が627億円の借金のカタに差し押さえられるのを防ぐために、元公安調査庁長官と元日弁連会長がダミー会社へ所有権移転をはかった事件について、メディアは「真相は謎」とか「意味がわからない」と繰り返しコメントしている。 どうして? 誰にだってわかるでしょう。 公安調査庁は破壊活動を行う可能性のある組織を監視する官庁である。 国内における監視のメインターゲットは朝鮮総連である。 現に今年の5月30日の公安調査庁長官訓示で、長官は同庁の喫緊の課題を三つ挙げている。 「第一は,国際テロ関連動向調査の推進であります。テロを未然に防ぐためには,国際テロ組織関係者の発見や不穏動向の早期把握が何よりも大切であります。」 「第二は,北朝鮮関連情報の収集強化についてであります。北朝鮮・朝鮮総聯の動向は,我が国の治安のみならず,我が国を含めた東アジアの平和と安全保障に重大な影響を及ぼすもの

                  • 内田樹氏のどこがだめなのか: 黒木の世迷い言

                    「政治の美学化」と「美学の政治性」という2つの概念がある。 「政治の美学化」とは、政治的な議論を正しいか正しくないかではなく、美しいか美しくないかに置き換えてしまうこと。 「美学の政治性」とは美しいか美しくないかがいかに政治に作用してしまうか、という問題系のこと。 僕らよりの上の世代の仏文研究者には「政治の美学化」を好むものが多い。積極的に政治を語り、文学理論や所謂現代思想を応用することによって現状を分析し、自らの政治的前衛を誇るのである。その分析は面白いのだが、では具体的にどうすれば良いか、と問うと「現実を見ろ、という場合、この現実とはイデオロギーにしかすぎない」とか「直接行動を説く欺瞞性を弾劾しなければならない」とか「何もしないことが一番過激な政治運動なんだ」とか「具体的な政策を考えるのは政治家や官僚の仕事だ」などと言って、はぐらかす。 結局は、政治的発言を行なうことで格好つけているだ

                      内田樹氏のどこがだめなのか: 黒木の世迷い言
                    • 内田先生/新婚/歯医者通いさんのネタに突っ込むのは野暮だけど、まあ、これはちょっと突っ込むかな - finalventの日記

                      ⇒基地問題再論 (内田樹の研究室) 定数としてまず決めておくべきことは、日本国民は国内の米軍基地を「いずれ撤去すべきもの」と思っているのか、「恒久的に存続すべきもの」と思っているのか、どちらか、である。 隠れた前提に、日本は米国の属国だ論があるというかそれが先生の脳内に自明になっているからこういう問いがひょこっとオモテに出るのだろうと思う。まあ、確かに、実態は属国でもあるのだけど、そういうふうに議論を持って行くと、未来は展望できない。じゃあ、何? こういう問題はまず超越的な正義とかなんかメタな前提を一旦方法論上置いて、手続き論で整理してみるとよいのな。するとどうなるか? これは、日本と米国の軍事同盟に従属することなのな。 つまり、軍事同盟があり、その具体化として米軍駐留基地がある。で、こういうのは別段日本だけが特殊ということでもない。 軍事同盟の一つの帰結として米軍基地があるというのだから

                        内田先生/新婚/歯医者通いさんのネタに突っ込むのは野暮だけど、まあ、これはちょっと突っ込むかな - finalventの日記
                      • 「反日」の意味について - 内田樹の研究室

                        MBSの朝のラジオ番組に呼ばれて、中国の反日デモについて、パーソナリティの子守さんと、解説の毎日新聞の相原さんとお話をする。 別に中国問題の専門家として呼ばれたわけではない(違うし)。 ただ、このイシューについて「とりあえず頭を冷やしたら」という提言をなす人がメディアではまだまだ少数派なので、話す機会を与えてくださったのである。 尖閣諸島をめぐる領土問題で、日本と中国のそれぞれのナショナリストがデモを繰り返している。 中国では前日の日本国内でのデモに呼応するかたちで、「官許」の反日デモが行われた。 中国には政治的主張をなすための集会の自由が認められていないから、デモができるというのは、事前に当局の許可が与えられたということである。 ただ、この場合の「官許」の意味はいささかこみっている。 それは必ずしもデモが中央政府の意を受けているということではない。 今回のような領土問題にかかわるデモは、

                        • メルトダウンする言葉 - 内田樹の研究室

                          神戸大学都市安全研究センター主催、岩田健太郎さんがコーディネイターをつとめる「災害時のリスクとコミュニケーションを考えるチャリティー・シンポジウム」が日曜にあった。 参加者は岩田健太郎(神戸大学都市安全研究センター、神戸大学医学部教授)、上杉隆(ジャーナリスト)、藏本一也(神戸大学大学院経営学研究科准教授)、鷲田清一(哲学者、大阪大学総長)と私。 チャリティ・シンポジウムなので、そこで発生するあれこれの収益は被災地に寄付される。 上杉さんの名前は茂木さんのツイッターでよくお見かけするが、私は初対面。記者クラブの閉鎖性と日本の既存メディアの退嬰性を徹底的に批判している独立系ジャーナリストである。 藏本先生はビジネスにおけるリスク・マネジメントの専門家。 私はいったい何の専門家として呼ばれたのか、よくわからない。 「どうしていいかわからないときに、どうしていいかわかるための能力開発」の専門家と

                          • 『百年目』のトリクルダウン - 内田樹の研究室

                            子守康範さんのMBSラジオ『朝からてんこもり』に三ヶ月に一度出演している。今回は「冬の出番」。 日曜に迫った大阪ダブル選挙の話は放送の中立性に抵触するデリケートな話題なので、微妙に回避。 子守さんが今朝の新聞記事から、ユニクロの柳井会長兼社長の「グローバル人材論」を選んだので、それについてコメントする。 柳井のグローバル人材定義はこうだ。 「私の定義は簡単です。日本でやっている仕事が、世界中どこでもできる人。少子化で日本は市場としての魅力が薄れ、企業は世界で競争しないと成長できなくなった。必要なのは、その国の文化や思考を理解して、相手と本音で話せる力です。」 ビジネス言語は世界中どこでも英語である。「これからのビジネスで英語が話せないのは、車を運転するのに免許がないのと一緒」。 だから、優秀だが英語だけは苦手という学生は「いらない」と断言する。 「そんなに甘くないよ。10年後の日本の立場を

                            • 大学教育は生き延びられるのか? - 内田樹の研究室

                              ご紹介いただきました、内田でございます。本日は、国立大学の教養教育の担当の人たちがお集まりになっていると伺いました。ずいぶんご苦労されてると思います。日々本当に胃が痛むような、苛立つような思いをしていらっしゃると思います。今回のご依頼をいただいたとき、かなり絶望的な話をしようと思ったんですけども、先ほどみんなを励ますようなことをお話しくださいと頼まれましたので、なんとか終わりの頃には少し希望が持てるような話にできればと思っています。 「大学教育は生き延びられるのか?」という問いの答えは「ノー」です。それは皆さん実感してると思います。大学教育は生き延びられるのか。生き延びられないです。今のまま状況では。 でも、仕方がないと言えば仕方がないのです。急激な人口減少局面にあり、経済成長の望みはまったくない。かつては学術的発信力でも、教育水準でも、日本の大学は東アジアの頂点にいましたけれ。でも今はも

                              • 空中キャンプ - 禁止されること、後悔すること

                                わたしは映画を見るために、よく歌舞伎町へいくのだが、あのあたりには三店のマクドナルドがあって、いつもたくさんの人が並んでいる。きっと、テイクアウトしたハンバーガーを映画館に持ち込むのだろう。看板に書かれた、赤地に黄色のMマークをなんとなく眺めながら、あのふしぎな国際企業について、わたしはいろいろと考えていたのだった。マクドナルドってへんな会社だよな。というのも、誰ひとりとして、マクドナルド製品が「健康的である」とは認識していないからである。あの店に並んでいる人はみな、これから口にする食品がからだによくないことをじゅうぶん承知している。ことによると、マクドナルド社は、自社製品が「からだに悪い」と認識されることを、むしろ「ビジネス的にはプラスである」ととらえてはいないだろうか。なんだかそんな気がしたのである。 アルコール中毒者のための自己診断には、このような項目がある。「今までに、自分の飲酒に

                                • 日本維新の会のこれから - 内田樹の研究室

                                  日本維新の会が28日に発足した。 同日制定された党規約では、党の意思決定や代表選出について、国会議員と地方議員に同じ力を与えた。 党の重要事項は「執行委員会」で決定するが、代表、副代表、幹事長、副幹事長、政調会長、総務会長で構成される委員会のメンバーの大半は代表が選任する。 国会議員は副代表・副幹事長として執行委員会には加わるが、議決には代表を含む過半数の賛成が必要。 このほか、国政・地方選挙の候補者選定、公認、推薦、比例代表名簿順位の最終決定権は代表に帰属する。 ほとんど橋下徹大阪市長の「個人商店」のような政党である。 この記事を読んで、維新の会のこれからの様子がなんとなく見えてきた。 維新の会の「おとしどころ」がわかったような気がする。 いったいどのへんに「おとしどころ」があるのか、こういうことは事後的に「あのときに私はそう予見していたのだ」と言っても所詮「後知恵」である。 あとで賢し

                                  • 憲法記念日インタビュー - 内田樹の研究室

                                    5月3日に東京新聞の憲法記念日インタビューが掲載された。 お読みでない方のために、ここに転載しておく。 「いつもの話」である。 「それはもうわかった」と言われても、しつこく言い続けるのが身上ということで、ひとつ。 ―96条の意義をどう考えますか。 「変えるな」という意味だと思います。憲法は国のあるべき形を定めたもの。硬性であるのが筋です。政権が変わるたびに国のあるべき形がころころ変わっては困る。憲法改正している他の国も立国の理念まで変えているわけではありません。 改憲論者は、そもそも憲法が硬性であることがよくないという前提に立ちます。国際情勢や市場の変動に伴って国の形も敏速に変わるべきだと思っているから、そういう発言が出てくる。 これはグローバリスト特有の考え方です。 ビジネスだけでなく政治過程も行政組織も、あらゆる社会制度はそのつどの市場の変動に応じて最適化すべきだと彼らは信じています。

                                    • 論争について - 内田樹の研究室

                                      ある月刊誌から上野千鶴子と対談して、「おひとりさま」問題について議論してくださいというご依頼があった。 上野さんと対談してくれという依頼はこれまでも何度もあった。 どれもお断りした。 繰り返し書いているように、私は論争というものを好まないからである。 論争というのはそこに加わる人に論敵を「最低の鞍部」で超えることを戦術上要求する。 それは「脊髄反射的」な攻撃性を備えた人間にとってはそれほどむずかしいことではない。 あらゆる論件についてほれぼれするほどスマートに論敵を「超えて」しまう種類の知的能力というものを備えている人は現にいる(村上春樹は『ねじまき鳥クロニクル』でそのような人物の容貌を活写したことがある)。 それは速く走れるとか高く飛び上がれるとかいうのと同じように、例外的な才能である。 でも、そのような才能を評価する習慣を私はずいぶん前に捨てた。 そのような能力はその素質に恵まれた人自

                                      • 個食のしあわせ (内田樹の研究室)

                                        2年生のゼミで「食事と家族」についての発表があった。 「個食」という言葉が日本語の語彙に登録されて久しい(ATOKでは「こしょく」と打つとちゃんとこの文字が出てくる)。 ご存じでない方のために申し添えると、これは「ひとりでご飯を食べる」ということである。 「個食」は「孤食」でもある(これもATOKの語彙には収録されている)。 同じテーブルを囲んでいても、家族がばらばらに違うものを食べているのであれば、それも個食である。 同じテーブルを囲んで、同じ食物を食べていても、全員がテレビを見ていて無言でいるなら、それも広義における個食である。 個食の反対概念を考えればよろしい。 それは「共食」である(「ともぐい」と読まないでね)。 人々が集まって車座になり、一つの食物を分け合う儀礼を持たない共同体は地球上に存在しない。 共同体を立ち上げる基本の儀礼である。 それは原理的には「分割不可能なものを分かち

                                        • 「贈与経済」論(再録) - 内田樹の研究室

                                          『呪いの時代』に贈与経済について書いたものを再録しておく。 このアイディアはそのあと岡田斗司夫さんの「評価経済」論との対談でも重要なトピックになった。 岡田さんはじめ、いろいろな人たちがポスト・グローバル資本主義のシステムについて新しいアイディアを提出している。 オルタナティブが必要だということに気づいている人もいるし、これまでの経済システム以外のものを想像できない人もいる。そして、不思議なことだが、「これまでの経済システム以外のものを想像できない人たち」が自分のことを「リアリスト」と呼んでいる。 そういう「リアリスト」たちと訣別すべきときが来ていると私は思う。 ここから下が引用。 商品への欲望が身体的欲求のレベルにまで鎮静したら、資本主義は崩壊してしまうとエコノミストたちは恐怖しています。でも、僕はそうは思わない。何か違うことをやればいい。とりあえず、昔に戻って「贈与経済」をやればいいん

                                          • 成功について - 内田樹の研究室

                                            イギリスに留学している学生から、質問がメールで届いた。「成功」についての論文を準備していて、各界のひと 50 人にアンケートして、その中の一人に指名されたのだそうである。 若い人が外国でがんばって論文を書いているのを支援するのは、大人の仕事のひとつであるから、質問に回答を書いた。 しかし、趣旨が今一つよくわからない。 論点はいくつかある。 一つは、「成功」には客観的指標があるのかどうか。 一つは、「成功」するには何をすればいいのか。 一つは、「みんなが成功する」ということはありうるのかどうか。 むずかしい問いだと思いませんか? とりあえず、第一問にはすぐに答えられる。 「成功に客観的指標はない」 例えば、「年収2000万円を以て成功者とみなす」といった外形的ルールを定めた場合、年収1990万円の人は納得せぬであろう。 「テレビ出演年20回以上」でも「一部上場企業の部長以上」でもなんでもいい

                                            • 卒論心得 - 内田樹の研究室

                                              ゼミの卒論中間発表が来週の火曜日と迫ってきた。 学生たちはいまごろになってパニック状態になっているようである(どこのゼミでも似たような状況らしいですけど)。 ゼミの諸君に「リマインダーメール」を送ったら、夏休み前にみんなに送った「中間発表心得」の添付ファイルが出てきた。 こういうものを書くのもこれが最後で、世の学生諸君の卒論執筆の一助となればと思い、ここに記しておきます。 内田ゼミ4年生のみなさまへ「卒論中間発表の心得」 暑いですね。ぼくも暑さと忙しさで死にそうです。 みなさんも就活やバイトやら旅行やらでたいそうお忙しい夏休みをお過ごしのことと思いますが、「卒論」というものがあることを忘れてはいけません。 卒論中間発表について、ご連絡いたしますので、熟読玩味してください。 (1) とき: (2) ところ: (3) 用意するもの:草稿、ハンドアウト (4) 草稿について:字数:6000~80

                                              • スペシャル対談 養老孟司×内田樹 日本人はなぜ、「バカ」になったのか(週刊現代) @gendai_biz

                                                スペシャル対談 養老孟司×内田樹 日本人はなぜ、「バカ」になったのか ——「ありのまま」「ネトウヨ」「ヘイトスピーチ」を大批判 他人には攻撃的な言葉を投げつけるのに、自分のことは「ありのままで」と肯定する。すべてをカネで解決しようとし、立場を有利にするためにとにかく怒る。最近、ヘンな人が増えていませんか? 非理性的で攻撃的 内田 最近、「日本人の知性が劣化している」とよく言われます。つまり、日本人はバカになったんじゃないかと。確かに今、非理性的な推論をしたり、ひたすら攻撃的な言辞を弄する人たちがずいぶん目立ちます。 でも、僕は社会全体の知性の総量は変わってないと思うんです。従来なら知性が発動していたはずの領域が知性的でなくなっている。逆に、僕たちの知らないところが知性的に活性化している。そうして「知の分布の変化」が起きているんじゃないでしょうか。 養老 内田さんがよく引用する勉強しない高校

                                                  スペシャル対談 養老孟司×内田樹 日本人はなぜ、「バカ」になったのか(週刊現代) @gendai_biz
                                                • 内田樹最終講義サマリー

                                                  julie部第8号 まり @juliebudai8gou 最後の講義P1-1:壇上でお話する機会はこれが最後と思われる。21年間大過なく過ごせたのは、多くの教職員の皆様のお陰だ。赴任当時は非常にアグレッシブな人間で、街で傷害事件の加害者となることを怖れ、家・学校・道場の間を移動するだけの生活。電車に乗らず禁止されている自動車通勤をした。 2011-01-23 05:18:23 julie部第8号 まり @juliebudai8gou 最後の講義P1-2:赴任当初教えた仏文学の学生から「怒っているのか」と聞かれた。東京では競争心のようなものがあり「こいつには負けられない」となる。ここではそういうマインドにならなかった。競争的な人間がフレンドリーな環境にいることで温和な人格になった。これが女学院のアウトプットだ。 2011-01-23 05:18:43 julie部第8号 まり @julieb

                                                    内田樹最終講義サマリー
                                                  • 「公募校長」の資質について - 内田樹の研究室

                                                    昨日に続いて大阪の教育の話。 もうこんな話はしたくないのだが、毎日ひとこと言わざるを得ない話が新聞に掲載されるのだからしかたがない。 まずは毎日新聞の記事から。 大阪市の公募で就任した民間出身の校長の不祥事が相次いでいる問題で、市教委は19日、新たに3人の民間出身校長にセクハラやパワハラの疑いがあることを明らかにした。市教委は事実関係を調べ、処分を含めて検討する。 市教委や学校関係者によると、西成区の中学校長(59)は今年4〜5月に個人面談した6人の女性教職員に、「結婚せえへんの?」「なんで子供作らへんのか」などと質問。教職員の指摘を受け、校長は6月の職員会議で謝罪した。 生野区の中学校長(37)は地域との連絡を巡って教頭と口論になり、「間違っていたら謝罪すべきだ」と問い詰め、教頭は土下座して謝った。教頭は「パワハラまがいだった」と市教委に話している。6月には修学旅行で川下りをした際、ふざ

                                                    • 小田嶋『友だちリクエストのなんとか』:恥ずかしいだけの本 - 山形浩生の「経済のトリセツ」

                                                      友だちリクエストの返事が来ない午後 作者: 小田嶋隆出版社/メーカー: 太田出版発売日: 2015/04/28メディア: 単行本(ソフトカバー)この商品を含むブログ (6件) を見る 小田嶋隆は、かつて別冊宝島なんかでもよく書いてたことからもわかる通り、ちょっとひねくれた偏狭な視点をもって極論の放言でウケを取りつつ、たまにそのひねた偏狭な視点が、世間的に声の大きい議論の歪みや盲点をうまく突くことがあるので重宝されていたライターではある。その点で、かれは内田樹と同じ種類の物書きだ。内田も、街場とかおじさんとか、本来はあまりシャープな視点を持っていないと思われている立場が、逆説的に鋭いつっこみを入れられるというのを売りにして出てきた。 この手の物書きは、自分がひねた視点のマイナーな存在であり、基本的には底の浅い放言をしているという立場をわきまえていればおもしろい。道化みたいなもんですな。でも、

                                                        小田嶋『友だちリクエストのなんとか』:恥ずかしいだけの本 - 山形浩生の「経済のトリセツ」
                                                      • 相対的貧困は解決できるか - 内田樹の研究室

                                                        晩ご飯のあと、ごろんと寝ころんだら書棚にあった『貧困を救うのは、社会保障政策か、ベーシック・インカムか』(山森亮・橘木俊詔、人文書院、2009)という本の背表紙が眼に入った。 そのまま手を伸ばして読み始める。 書架というのはこういうときに便利である。 読み始めたらおもしろくて、最後まで読んでしまった。 橘木さんは67歳の経済学者、山森先生は40歳の社会政策学者。学問的なアプローチも、ものの考え方もずいぶん違うけれど、きちんとした対話になっている。 相手と意見が違うときも、ふたりとも遠慮なく「私はそうは思いません」と言うけれど、それはたいていの場合、相手の発語を塞ぐというより、「それ、私にもあなたにも、どちらにもわからないことでしょう」という表示である。 過去の事例だけれど、まだ成否の検証が済んでいない政策と、未来予測に属する政策については、「私はあなたと評価を異にする」ということを表明して

                                                        • 「サル化する日本人」が見抜けない危機の本質

                                                          ーー「サル化する世界」という挑発的なタイトルに込めた思いを教えてください。 「サル」というのは「朝三暮四」のサルのことです。サルが今の自分さえよければそれでよくて、未来の自分にツケを回しても気にならないのは、ある程度以上の時間の長さにわたっては、自己同一性を保持できないからです。 過去・現在・未来にわたる広々とした時間流の中に自分を位置づけることができない人間には確率、蓋然性、矛盾律、因果といった概念がありません。 「文明史的危機」に際会している 「矛盾」も「守株待兎」も「刻舟求剣」も「鼓腹撃壌」も、いずれも時間意識が痩せ細った愚者についての物語ですが、おそらく、春秋戦国時代には「そういう人」が身の回りに実際にいたのでしょう。だから、荘子や韓非ら賢者たちは「長いタイムスパンの中でものごとの適否を判断できること」を未開からのテイクオフの条件として人々に教えようとした。 それから2000年ほど

                                                            「サル化する日本人」が見抜けない危機の本質
                                                          • いま、学校教育に求められているもの - 内田樹の研究室

                                                            兵庫県立教育研修所にて、去年に続き、県立高校の二年次校長のための研修会で講演。 県下の高校の校長先生たちにまとめて「営業」できる機会なのであるが、今回は入試部長として行っているわけではない。 お題は「今、学校教育に求められているもの」。 鳩山内閣の教育政策への期待から始まり、公教育への財政支出の対GDP比の話、消費文化と原子化の話、ブリコルールの話と、話頭は転々したが、メインテーマは「学校は子どもを成熟させる場である」ということである。 学校教育についての評言のほとんどは、それがどういう「利益」を「受益者」である子どもたち、および「金主」である家父長たちにもたらしているかを基準になされている。 けれども、学校教育の本義は「利益」によって表示されることはできない。 その人類学的使命は「子どもを大人にする」ということに尽くされている。 「大人」とは人間の社会的活動の意味を考量するときに「それを

                                                            • ウチダバブルの崩壊 (内田樹の研究室)

                                                              ブックファーストの川越店の店長さんが、「池上バブル」について書いている。 http://www.ikkojin.net/blog/blog6/post-2.html きびしいコメントである。 とくに以下に書かれていることは、かなりの程度まで(というか全部)私にも妥当する。 書店「バブル」になった著者は、自分の持っている知識なり、考え方が他の人の役に立てばとの思いで本を出すのだと思うのですが、そうであるならばなぜ出版点数を重ねる度に、「なんで、こんなにまでして出版すんの?」と悲しくなるような本を出すのでしょう。 すべて「バブル」という空気のせいだと思います。 このクラスの人にお金だけで動く人はいないと思います。 そうでなくてせっかく時代の流れがきて、要請があるのだから、全力で応えようという気持ちなのだと思います。 けれどそれが結果、本の出来に影響を与え、つまり質を落とし消費しつくされて、著者

                                                              • 人間が人間であるための神について - 内田樹の研究室

                                                                前に「辺境ラジオ」で名越康文先生と西靖さんとおしゃべりしたときに、「うめきた大仏」の話が出た。 これは海野つなみさん(このペンネーム、今はちょっと口に出しにくいですね)というマンガ家さんが投稿してくれたものである。 大阪駅の北ヤード開発はずいぶん前から衆知を集めて議論されていたのだが、いまだに話がまとまらないようである。 昨日もある雑誌から「北ヤードの再開発について」、三菱地所の役員ふたりと鼎談して欲しいというご提案を頂いた。 もちろん私が「うめきた大仏」構想の推進者であるということなどご存じないままに出た案であろうから、「私の話を聞いたら、不動産会社の役員さんたちは激怒されることでしょう」とお断りした。 「激怒」くらいで済めばいいが、そのせいで「誰だ、ウチダなんて野郎を連れてきたのは!」と上司に叱責されて起案した担当編集者が進退伺いとか減俸処分とかいうことになっては気の毒である。 でも、

                                                                • フリーターが危ない 内田樹 Webマガジンen

                                                                  様々な分野で「安全」や「安心」が語られることが多くなっています。それは、わたしたちがいろいろなモノやコトを「危ない」と感じているということでしょう。自由、メディア、少子化、科学・・・・さまざまな「危ない」について、各界気鋭の研究者にご寄稿いただきます。 内田樹 うちだ・たつる − 1950年東京生まれ。東京大学文学部卒業、東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。東京都立大学人文学部助手等を経て、現在は神戸女学院大学文学部教授。専門はフランス現代思想、映画論、武道論。 著書に『レヴィナスと愛の現象学』『寝ながら学べる構造主義』『ためらいの倫理学』『死と身体』ほか、共著に『現代思想のパフォーマンス』『古武術で目覚めるからだ』『身体の言い分』ほか 何年か前に、知り合いの若いサラリーマンが会社を辞めて大学院に進学したいけれどどうしたらよいのか相談に来たことがあった。 理由を訊いたら、何

                                                                  • 内田樹の研究室 - いかにして男は籠絡されるか/弱雀小僧 is come back

                                                                    2024 1月 - janvier 2月 - février 3月 - mars 2023 1月 - janvier 2月 - février 3月 - mars 4月 - avril 5月 - mai 6月 - juin 7月 - juillet 8月 - août 9月 - septembre 10月 - octobre 11月 - novembre 12月 - décembre 2022 1月 - janvier 2月 - février 3月 - mars 4月 - avril 5月 - mai 6月 - juin 7月 - juillet 8月 - août 9月 - septembre 10月 - octobre 11月 - novembre 12月 - décembre 2021 1月 - janvier 2月 - février 3月 - mars 4月 - avril 5

                                                                    • 「街場の憂国論」号外のためのまえがき - 内田樹の研究室

                                                                      みなさん、こんにちは。内田樹です。 『街場の憂国論』に「号外」として、特定秘密保護法案審議をめぐる一連の書き物をまとめて付録につけることに致しました(安藤聡さんからのご提案です)。 単行本に付録をつけるというのは珍しいことですけれど、今回の法案審議をめぐる政治の動きについて、僕たちはそれだけ例外的な緊張感を持ってしまったということだと思います。 改めて言うまでもないことですが、この法案は、2012年暮れの衆院選でも、2013年5月の参院選でも、自民党の公約には掲げられていなかったものです。それがいきなり9月に提出されて、重要法案としては異例の短時間審議で、両院での委員会強行採決を経て、会期ぎりぎりに走り込むように国会を通過してしまいました。この原稿を書いている段階で、世論調査では80%以上が国会審議のありようについてつよい不安と不満を表明しています。 なぜ、これほど急いで、法案の外交史的意

                                                                      • 「忖度」する人たち - 内田樹の研究室

                                                                        インタビューで、沖縄米軍基地、原発と原子力行政、日本のこれからの安全保障と外交戦略についてお話ししする。 どうして私のようなシロートにそういう話を聞きに来るのか、正直に言って、よくわからない。 私は外交や国防の専門家ではないし、知っていることはどれも新聞で読んだ公開情報だけである。 それさえあまり真面目に読んでいない。 読んでも「よくわからない」からである。 でも、仮にも一国の外交戦略と国防にかかわることであるから、どこかに、日本政府の「よくわからない」国家行動を説明できる「読み筋」があるはずである。 はたからみてどれほど支離滅裂な行動であっても、行動の主体から見れば、主観的には首尾一貫した論理性がある。 だから、私は日本政府の「よくわからない」行動を説明できる仮説を立てる。 仮説が立てば、反証事例が必ずず「ヒット」するからである。 あ、この読み筋は違っていたのだということが、少なくとも私

                                                                        • 『菊と刀』と領土意識について (内田樹の研究室)

                                                                          寺子屋ゼミで『菊と刀』についての報告を聞いて、ディスカッション。 もうずいぶん久しく手にとっていないけれど、引用箇所を読み返すと、ほんとうによくできた本である。 ツイッターにも書いたけれど、ルース・ベネディクトはこの文化人類学的研究を文献と日系市民からの聞き取り調査だけでなしとげた。研究の依頼主はアメリカ国務省戦時情報局海外情報部。 戦争に勝つためにアメリカには敵国戦争指導部の意思決定プロセスを知る必要があったし、さらに進んで戦勝後の日本占領のために日本人の考え方・感じ方をしっかり把握しておく必要があった。 同じ種類の仕事を大日本帝国の戦争指導部が行っていたのかどうか。 していなければならないはずである。 だが、外務省の外交史料館や防衛研究所のアーカイブを見ないとわからないけれど、たぶんないと思う。 それがないというのは、はじめから「戦争に勝つ気がなかった」ということである。 だから負けた

                                                                          • 日本の政治はなぜ「変化」できないのか - 池田信夫 blog

                                                                            アメリカの大統領予備選は、ヒラリー・クリントンが土俵際で踏みとどまり、おもしろくなったが、特に民主党の演説でうんざりするのは"change"という言葉がやたらに出てくることだ。「変革」と訳しているメディアもあるが、これは小規模な改良も含む幅広い概念なので、「変化」と訳したほうがいい。 内田樹氏は、これを変革と訳して「私は変革には反対」で、必要なのは社会システムの断片(ピースミール)をとりあえず「ちゃんと機能している」状態に保持する「ピースミール工学」だといっているが、これはポパーの(誤った)受け売りだろう(*)。ポパーは『歴史主義の貧困』や『開かれた社会とその敵』で、社会主義のようなユートピア社会工学を批判し、ピースミール社会工学を提唱したが、彼はchangeを否定したわけではない。また社会工学という概念については、ハイエクが「設計主義の一種だ」と批判し、自生的秩序を提唱した。 内田氏

                                                                            • いじめについて - 内田樹の研究室

                                                                              ある教育関係の媒体から「いじめ」についての意見を求められた。 かなりたくさん字数を頂いたので、長いものを書いた。 「いじめについて」 学校における「いじめ」とそれに対する対応のありかたについて意見を求められた。 悲観的な話から始めてしまって申し訳ないけれど、「いじめ」に対する即効的な対応策は存在しない。「いじめ」は80年代以降の学校教育を貫通している「教育イデオロギー」の副産物であり、ほとんど「成果」と言ってもよい現象である。 30年かかって作り込んできたものを一朝一夕でどうこうすることはできない。同じくらいの時間をかけて段階的に抑制してゆく気長な覚悟がいるだろう。 私たちが今向き合っている教育現場における「いじめ」現象には「太古的な層」と「ポストモダン的な層」がある。 「太古的な層」は人類と同じだけ古い歴史を持っている。こちらの方は、はっきり言って手の着けようがない。とりあえず「ポストモ

                                                                              • 院内暴力とメディア(内田樹の研究室)

                                                                                奈良県医師会が医療関係者17000人対象にアンケートした結果、医師・看護師の60%が患者から暴力や暴言による被害を受けていたと回答があった。 医療現場での「院内暴力」は年々問題化しており、それにより医療従事者の相当数が「仕事への意欲が低下した」「仕事に不安を感じている」。(8 月 4 日毎日新聞) 患者や家族から医療従事者への「暴力暴言」が急増したことについて、新聞はこのように「知らぬ顔」で報道しているが、この「院内暴力」に関してはマスメディアは「他人顔」ができる筋ではないと私は思う。 私が知る限り、過去十年、メディアは医療現場における「患者の増長」について、まったく批判的スタンスをとったことがない。 むしろ、医療現場における「患者の権利」の無条件擁護、医療事故における医療従事者への集中的なバッシングを通じて、「医療従事者に対して苛烈な批判を加えれば加えるほど、日本の医療水準は向上する」と

                                                                                • 「非・匿名」の羊はそっと眼鏡をかける:日経ビジネスオンライン

                                                                                  面倒くさい展開になっている。 簡単に要約すれば、前回の記事に反発の声が上がっているのだ。 とはいえ、ここまでのところは、想定の範囲内だ。 荒れることは先刻承知。話題が話題だったのでね。 ネトウヨであるとか、ねらーであるとか、そういった人々を題材にした以上、ムカつく人はムカつくはずで、そのムカついた彼らのうちの行動的なグループは、何らかのカタチで自分たちの感情を表現しにかかる。昔から繰り返されてきたことだ。 で、まず、ここのコメント欄が荒れた。 私は全コメントを読んだわけではないが、担当編集者は、当然、すべてに目を通していて、それで、たいそうアタマに来たらしい。 「いや、本当にひどいコメントがあるんです」 見当はつく。私とて、読んだらアタマに来るだろう。 だから、読まなかった。 逃げた、と? 当然じゃないか。 どうして闘う必要がある? が、コメントは、私のブログにも届いていた。 知人から 「

                                                                                    「非・匿名」の羊はそっと眼鏡をかける:日経ビジネスオンライン