サクサク読めて、アプリ限定の機能も多数!
トップへ戻る
中東情勢
meijinow.jp
明治大学法学部教授、大学史資料センター所長/図書館長 村上 一博 図書貸出票・閲覧票、明治大学図書館所蔵資料 第3週は、プールで泳いでいた寅子が、濡れた髪のままで、慌てて教室に駆け込むシーンからスタートしましたね。三淵さんが、御茶ノ水のYWCAでときどき泳いでいたことは、級友たちが証言しています。ちなみに、YWCAの屋内プールは、今もありますよ。 ドラマでは、退学者が続出して明律大学女子部が閉校されそうになり、新入生確保のため、法廷劇をすることになりました。前にも少しお話ししたように、昭和4年に明治大学女子部がスタートしたときは、法科の入学生は93名でしたが、三淵さんが入学した昭和7年は52名と次第に少なくなっていきました。退学者も多く、卒業するころには約半数に減ってしまうという状態でしたから、閉校されそうになったのも頷けます。翌昭和8年に弁護士法が改正されると(施行は3年後の昭和11年)
明治大学法学部教授、大学史資料センター所長/図書館長 村上 一博 昭和19年高等試験受験票、明治大学史資料センター所蔵 第6週は、高等試験司法科の合格と級友たちとの別れがあり、喜びと哀しみが交錯する一週間でしたね。 高等試験司法科に女性が受験できるようになったのは昭和11年度からですから、当時法学部2年在学中の寅子も受験が可能でした。しかし、共亜事件裁判が進行中だったため受験できず、翌年、最終学年3年の昭和12年度に(級友たちと一緒に)、初めて受験しました(結果は女性全員不合格)。三淵さんが、実際に、昭和11・12年度の高等試験を受けたのかどうかは不明ですが、三淵さんの1学年下(女子部第5期生)の西岡光子さん(昭和14年合格、東北初の女性弁護士・秋田弁護士会会長)は、昭和11年度(法学部1年在学中)に最年少で受験していますから、三淵さんも、おそらく在学中に1・2度受験したと考えるのが自然で
明治大学法学部教授、大学史資料センター所長/図書館長 村上 一博 横田秀雄(学長・総長)、明治大学史資料センター所蔵資料 「虎に翼」の第2週は、明律大学女子部に寅子が入学するところから始まりましたね(入学式のシーンで使われた校旗が、現在明治大学の博物館で企画展示されている校旗です)。ドラマでは、貧弱な学長が入学式で挨拶していましたが、実際の明治大学の学長は横田秀雄という元大審院長(「大正の大岡越前」と呼ばれた学識豊かな名裁判官で、並の裁判官ではありません)であり、女子部開設の理由と歴史的意義を述べた名演説を行っています。明律大学校舎も登場しましたね。つくばみらい市にあるNHKの施設「ワープステーション江戸」のセットで撮影が行われました。大学史資料センターが提供した当時の校舎の写真をもとに、CGで、建物を3階建てに嵩上げしたうえで天井に丸いドーム(明大の象徴)を付けてもらいました。いくら目を
明治大学法学部教授、大学史資料センター所長/図書館長 村上 一博 お茶の水橋(昭和戦前期)、明治大学史資料センター所蔵資料 『虎に翼』で「法律考証」を担当している村上です。第1週をご覧になって、皆さんは、どんな印象を持たれましたか ? 良い出来でしたか ? テーマは、法律の世界での男女平等、いわゆる「ガラスの天井 (glass ceiling)」を打ち破るという、大切だけれど、ずいぶん重い重い問題なのですが・・・。伊藤沙莉さんほか個性的な俳優さんたちの演技のお陰で、笑いあり、明るく爽快な気分にさせてくれる、これまでにないような朝ドラになっているのではないかと、自負しているのですが・・・。このドラマを制作する一員になれて幸せです。 ドラマは冒頭から、日本国憲法第14条の朗読から始まりましたね。戦後は終わったなどと嘯いた首相がいましたが、女性差別をはじめとする、憲法の定める「平等」原則は、まだ
明治大学法学部教授、大学史資料センター所長/図書館長 村上 一博 法学部授業風景(五十二講堂にて)、明治大学法学部卒業記念 アルバム(昭和16年12月)、明治大学史資料センター所蔵資料 第4週、寅子たち5人は女子部を卒業して、昭和10年4月、いよいよ法学部に入学しました(女子部入学時は60名、卒業時には5名にまで減少したものの、全員が法学部に進学したという設定です)。当時、女子部も法学部も在学期間は3年でした。高等試験司法科を女性が受験できるようになるのが昭和11年度の試験からですから、寅子たちの学年は2年生から受験できることになります。ドラマと同じように、実際の法学部の講義でも、女子学生たちは一団となって講義を受けていました。もっとも、戦時体制下ですから、男子学生との交流はほとんどなかったようで、ドラマの合同ハイキングはもちろん創作です。 梅子の夫である大庭弁護士が、民事訴訟法の講義のな
2016年文学部卒業後、2018年文学研究科を修了した児玉雨子さん。在学中から現在まで、10代・20代を中心とした若者に人気のアーティストやアイドルグループ楽曲の作詞家として、多数の作品を発表されています。今回は、そんな児玉さんに、同じ文学部に在籍している池田菜々子さんから、作詞家という職業について、そして児玉さん自身の思いなどについてインタビューしました。詞の背景には、明治大学での学びや経験も。 1993年神奈川県出身。 2011年静岡朝日テレビ「コピンクス!」主題歌「カリーナノッテ」で作詞家デビューを果たし、大学在学中もプロの作詞家として大きくキャリアを広げる。 2015年より雑誌「月間Newtype」などで小説連載を開始。提供アーティストはモーニング娘。、アンジュルム、つばきファクトリー、近田春夫、斉藤壮馬など多数。 ホームページ Twitter 高校生でデビュー。作詞家になったきっ
明治大学法学部教授、大学史資料センター所長/図書館長 村上 一博 連続テレビ小説「虎に翼」展(NHK財団主催、 会場:明治大学博物館)から、「猪爪寅子役 伊藤沙莉着用衣装」 第5週は、「共亜事件」の一週間でしたね。モデルは「帝人事件」です。「帝人事件」は、昭和9年3月に捜査が始まり、有罪の予審終結決定がなされたのが同年12月、昭和10年6月から2年以上にわたって全部で265回の公判が重ねられ、昭和12年12月に被告人16名全員に無罪の判決が言い渡されています(検察は控訴せず、第一審だけで無罪が確定)。政財官界を巻き込んだ、昭和戦前期における背任・贈収賄事件としては最大の事件(大疑獄事件)で、この事件によって斎藤実内閣が総辞職しています。事件の詳細はここでは省略しますが、台湾銀行(三淵嘉子さんのお父さんの勤め先でした)がこの事件に絡んでいたことから、帝都銀行勤務の寅子の父親の直言が事件に関与
このページを最初にブックマークしてみませんか?
『Meiji NOW 明治大学の情報サイト|明治大学』の新着エントリーを見る
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く