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東日本大震災に関するt1033のブックマーク (6)

  • 特集 地震発生から72時間|NHK災害アーカイブス

    東日大震災アーカイブスでは、当時の映像を時系列に並べることで、何がどのように起こったのかをふりかえります。正直、まだふりかえりたくないという方も少なからずいらっしゃるかもしれません。しかし、何が起こったかを改めて見ることで、気がつくことも多いと考えます。発災から72時間に起こったことを、映像とともに見つめなおすことで、災害への備えの大切さや今後のための教訓について、一緒に考えることができればと思います。 2011年3月11日に発生した東日大震災は、国内の観測史上最大のマグニチュード9.0を記録。(2011年3月13日気象庁発表) 死者・行方不明者は、1万8446人にのぼっている。(2017年3月10日 警察庁発表) 映像視聴時のお願い このサイトでは、東日大震災に関する映像(津波や火災など)を公開しています。 このため、映像をご覧になった時に精神的なストレスを感じられる方もいらっしゃ

    特集 地震発生から72時間|NHK災害アーカイブス
  • 東日本大震災タイムラインプロジェクト|NHK NEWS WEB

    当時のNHKや他メディアの報道内容を伝えます。 石巻日日新聞の情報は「6枚の壁新聞 石巻日日新聞・東日大震災後7日間の記録」石巻日日新聞社 編(KADOKAWA/ 角川SSC新書)より。 民放の情報は(株)エム・データまとめ。

    東日本大震災タイムラインプロジェクト|NHK NEWS WEB
  • 「ごめんなさい 救助のヘリじゃなくてごめんなさい」|NHK取材ノート

    「来ていますよ、津波。来ている、来ている! 川を上って来ていますよ! 正面」 それまで冷静だったパイロットの緊張した声で、カメラを前方へと向けると、名取川を津波が遡上してくる様子が確認できた。 午後3時54分。ヘリの映像が、テレビで生中継され始める。 白波がザーッと川を上ってくる様子の撮影を続けていると、再び前方の席に座るパイロットと整備士の叫び声がした。 「海、海、海。もっと左、左、左」 カメラマンの座席は後部右側。真ん前や左側はよく見えない。指示された側にカメラを振ると、黒い津波が陸上にも押し寄せていた。 東日大震災の津波の恐ろしさに、世界中の人が気づいた瞬間だった。 撮影できたのは「偶然」この映像を撮影したのは、当時入局1年目の鉾井喬だ。ヘリでの撮影は研修を含めてこの日が4回目。4回といっても、実際に放送に使われたのは、前日に撮影した海岸の不法投棄現場の映像が初めてだった。 NHK

    「ごめんなさい 救助のヘリじゃなくてごめんなさい」|NHK取材ノート
  • 今週の一言 震災での女性支援はなぜ必要なのか

    東日大震災から1年たった。被災地の復興は、まだまだ始まったばかりのようだが、気がかりなのは、「女性支援」の視点がほとんど意識されていない点だ。国際的災害支援の世界では、高齢者、障害者などの社会的弱者の支援と並んで、女性を視野に入れた支援は基の基、となっている。一方、日では「女性より男性の方が弱い」「支援が必要なのは男性の方だ」などと切り返されて、まじめに取り合ってさえもらえないことも少なくない。だが、問題は「男女のどちらが強いか」ではない。多様な被災者の実態に合った支援が必要とされる中で、人口の半分の女性の声は、復興政策や支援にしっかり反映されているか、彼女たちが担っている育児、介護などの生活の場からの復興に光が当てられているかどうかが問われているのだ。 ●「家の恥はそとにさらすな」 2011年4月、震災から約1カ月たった福島県郡山市内を訪れた。市の保育園で1年契約を繰り返し更新し

  • 東日本大震災のときに日米間のインターネット回線が危機だった件を調べてみた。

    先日、東日大震災でTwitterが落ちなかったのは現場のエンジニアの判断だったという記事がバズってました。 2011年3月11日、なぜ「Twitter」は落ちなかったのか? 多くの人が知らない、意外な真実。 | TABI LABO しかし、そもそも日米間をつなぐインターネット回線(海底ケーブル)がほとんど断線しており、生き残った回線に経路を変更して通信をしのいでいたことは、もっと知られても良いのではと思っています。 この事実を知ったのは、NHKの番組「ITホワイトボックス」でした。 ●ITホワイトボックス「震災時 私たちはITで何ができるのか?」(2011年8月下旬の放送) 番組サイトがすでに存在していないので見た人の書き込みはこちら↓ ITホワイトボックスの東日大震災後の話 | ロウタス・ディジタル 日米間をつなぐ5の海底ケーブルのうち東日側の4が断線したため、西日経由にネッ

    東日本大震災のときに日米間のインターネット回線が危機だった件を調べてみた。
  • 「吉田調書」 朝日新聞

    「吉田調書」をめぐる報道では、「命令違反で撤退」という記述などに誤りがありました。読者と東京電力の皆様に深くおわび致します。 「報道と人権委員会」(PRC)の指摘を受け、第1章1節の「フクシマ・フィフティーの真相」の該当箇所について、訂正しました。(2014年12月1日) (全文公開しています) プロローグ 朝日新聞は、東日大震災発生時の東京電力福島第一原子力発電所所長、吉田昌郎氏が政府事故調の調べに対して答えた「聴取結果書」を入手した。レベル7の大災害を起こした福島第一原発の最高責任者であり、事故収束作業の指揮官であった吉田氏の唯一無二の公式な調書である。吉田氏は事故について報道機関にほとんど語らないまま2013年7月に死去した。調書も非公開とされ、政府内にひっそり埋もれていた。 28時間、400ページ 吉田調書は全7編で構成されている。総文字数はおよそ50万字。A4判で四百数十ページ

    「吉田調書」 朝日新聞
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