日本のビデオゲームのパイオニアでもある 西角友宏さん。 彼が、インベーダーゲームの開発エピソードを話していました。 1978年、まだアナログのピンボールが主流だった時代、 アメリカから入ってきた「ブレイクアウト」というブロック崩しのゲームに影響を受けて、「複数の敵が攻撃してくるというゲーム」を世界で初めて作りました。 さらに、1977年のスターウォーズの公開を受けて、宇宙ブームを見越し敵キャラを宇宙人にしました。 現在では、1本のゲームを数百人規模で作ることがありますが、 当時、西角さんは、プログラミングからキャラデザインまでほとんど1人で担当していました。 開発にあたり、最大の障害となったのが、あまりに低いコンピュータの性能。 メモリーの容量はわずか6KBしかありませんでした。 今の iPhone のメモリーの容量 32GB と比べると、1/5000000の性能です。 しかし、この機械の