浅野家江戸藩邸の絵図。100以上の部屋が配置され、四十七士の部屋がみつかる可能性もある(龍野歴史文化資料館提供) 忠臣蔵で知られる赤穂藩主浅野家の江戸藩邸の絵図二枚が、相生市内の関係者宅から見つかった。浅野家断絶で史料が散逸しており、江戸藩邸の絵図が見つかったのは初めて。専門家は「忠臣蔵の登場人物や江戸での暮らしぶりを知る貴重な資料」と評価している。(古根川淳也) 二〇〇七年、資料数千点が相生の浅野家分家の子孫宅で見つかり、たつの市立龍野歴史文化資料館に寄贈。同館の調査で江戸藩邸の絵図二枚が確認された。元禄十四(一七〇一)年に取りつぶしとなる直前に描かれたとみられる。 大きさはいずれも縦二百センチ、横百四十三センチ。一枚には江戸藩邸を指す「鉄砲洲上屋敷」の表題がある。二枚は建物の配置が異なっており、同資料館は「一六五七年の大火で藩邸が全焼した後、再建や改築の過程で作られたのでは」と推測。一
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