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ぬっこぬこと人生に関するnicoyouのブックマーク (10)

  • ねこ日記

    慢性腎不全になったねことお金の話 ※ねこはまだ生きているのでご安心ください (これを書き始めた7月8日はこう書いていたのですが結果的にこの3週間後亡くなります)(ネタバレ) ねこ/ロシアンブルー10歳、♀ 人間/社会人2人、♀ 🐱2019年3月 トイレ掃除してる際、そういえばここ2、3日💩ないな、いかんのでは!? と同居人に心配しすぎじゃないのみたいな空気だされつつ病院につれていく。 結果、腎臓を悪くし脱水状態で💩が固くて出ない状態。 腎不全である。 早い段階で連れてきてくれてよかった、と先生にいわれ飼い主として自信をつける。 一週間ほど毎日病院へ連れていき水分補給の点滴を受ける。 その間に点滴の練習も受け自宅で皮下点滴ができるようになる。これでひとまずプロに打ってもらう技術料が浮いた。 1週間の短期間で先生から合格を貰ったのは私が初めてだそうだ。やったぜ。 ちなみに同居人は点滴の準

    ねこ日記
    nicoyou
    nicoyou 2021/08/07
    いいお医者さんに巡り会えたんだなあ。おつかれさまでした。友人も終末期には毎月家賃分医療費がかかるって言ってたなあ。猫は腎不全の運命だからあの東大研究に願いをかけたくなる気持ちはとても分かる
  • ねこが21歳になった(追記しました)

    (前回のご報告)https://anond.hatelabo.jp/20210404174804 拾ったねこなので誕生日とかもわからないのだけど、ボロボロのこねこを2000年9月に拾った時に多分生後3ヶ月くらいだった。ということで毎年6月に健康診断と血液検査をすることにしているので、今年も行ってきました。結果から言うとびっくりするくらい健康で、先生も苦笑されながら「また一年健康だと思うのでまあまた来年来てください」とおっしゃられたのですごすごと帰ってきました。明日をもしれぬいのちだと思うからこそ、一100円もする高級介護用乳酸菌入りエネルギーちゅーるを請われるがまま差し上げて参りましたが、今後とも引き続き召し上がっていただきたいと存じます。 とは言うものの、腰とあとあしに関してはそれなりに節々が痛むご様子で、昨年まで夏季はソファの上でおくつろぎになることを好まれていましたが、今年はもうち

    ねこが21歳になった(追記しました)
  • ねこが20歳になった(追記しました)

    拾ったねこなので誕生日とかもわからないのだけど、20年前にボロボロのこねこを9月に拾った時に多分生後3ヶ月くらいだった。ということで毎年6月に健康診断と血液検査をすることにしているので、今年も行ってきた。 昔はワクチン注射もしていたけど、17歳の時に室内一匹飼いだし、老ねこには負担にもなるので。と先生がおっしゃったので注射はしなくなった。 幸いなことに腎臓の数値はまだそこまで悪くない。毎年ちょっとづつ減ってきた体重も今年は減らなかった(といっても2.7キロしかないやせっぽちだけど)。 ひと一人ねこ一匹の暮らしなので、平日の日中は20年間ほぼ留守番させていたのだけど、3月から在宅勤務になって今も継続しているので、これまで経験したことのないような距離感でねこと暮らしている。まあ、老なんでほぼ寝てるのだけど。 カリカリは常に出しっ放しだったけど、今までは朝と夜しかあげられなかったパウチのウェッ

    ねこが20歳になった(追記しました)
  • 死んだ猫の重みを知る人へ

    この世界の人間は二つに分けられる。死んだの重みを知っている人とそうでない人である。 数年来の友人に向けてこの文章を書いている。あるいは、見せずにしまっておくかもしれないけれど。 この話を始める前にまず記憶というものについて書いておきたい。人間にも二種類いるように、記憶もまた二つに分けられる。つまり、忘れても思い出せる記憶と、忘れてしまったきり思い出せなくなる記憶である。 どんな記憶も忘却の可能性を含んでいて、それがいかに尊い記憶であれ、厳然と忘れられうるのである。 とは言え、尊い記憶は大体忘れた後でも思い出せるものだ。例えばそれは親愛なる友人に関する記憶だったり、あるいは情愛を抱いた誰かに対する記憶だったり――そういう類だ。 これから話す記憶は――意外だと思われる人もいるかも知れないが――恐らく後者に分類されるものである。死んだの重みに関する記憶は(少なくとも僕にとっては)、一度忘れて

    死んだ猫の重みを知る人へ
  • 猫の体調が悪化した

    は3年前から慢性腎不全で週1回通院して点滴していた。 腎不全は初期にわかったから数値もそこまで悪くなくゆるやかに進行していたけれど、欲不振を何度か繰り返して元々細身の身体はさらに小さくなり、先月とうとう2kgを切り点滴が週2回になった。 だんだん目が悪くなって耳も遠くなり、歩くのもゆっくりになって、時々アオーと大きな声で鳴いたり徘徊もしていた。 もう19歳だし老化は当たり前の事だからそんなに気にしていなかった。 はいつも全力で甘えてくる構ってちゃんだ。 私が帰ってくるとはやく膝に乗りたいと急かしてニャーニャー鳴き、膝に乗ると後ろ足で立って抱きつくように肩に両手を掛けてくる。 抱きしめて撫でながら頬擦りするとが小さな頭を寄せてうれしそうにゴロゴロ言ってくる。 机に乗って目線を合わせ、相手してと手を招きのように上下に振ったり私の頬をペシペシ叩いて来る。 今まで出会ったの中でこんなに

    猫の体調が悪化した
  • 「食欲が無くなったら3、4日の命だと覚悟して下さい」と診断されてから半年以上、今日もモリモリエサを食う猫。

    すあま @suama13 私キキ!こっちは「血液検査がこの数値では…欲が無くなったら3、4日の命だと覚悟して下さい」と診断されてから半年以上、今日もモリモリエサを! pic.twitter.com/HTTJXW2c3y 2018-10-28 22:41:50 すあま @suama13 獣医「血液検査の結果がコレでは…欲が無くなったら三、四日の命だと思って下さい」 妹「そんな…」 当日夜「飯」 三日後「飯」 半年後「飯」 一年後「飯」 妹「死ぬ気配が無いんですが」 獣医「これは生きますね」 _人人人人人人人_ > 欲の勝利 <  ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄ pic.twitter.com/iVQcGJqBr6 2019-03-04 23:37:37

    「食欲が無くなったら3、4日の命だと覚悟して下さい」と診断されてから半年以上、今日もモリモリエサを食う猫。
  • コロッケの日に拾ったネコ“ぽてと”の話 - horahareta

    2015年2月24日の朝方に我が家の愛ねこ“ぽてと”が亡くなりました。 リンパに腫瘍、肝炎、膵炎、白血病と病気に蝕まれ、声が出なくなったり、ご飯がべれなくなったり。それでも病院で入院し最後の最後まで僕とが呼びかける声には顔を向けて反応し、触られると嫌がってたはずの手を伸ばしてくれました。 今から7年前に大阪の大国町に引っ越してすぐ、(当時彼女)と買い物の帰りに野良が集まる公園へ行きました。 僕はが嫌いだったのですが、大の好きであるに腕を引かれ嫌々。エサをくれるのかと寄ってくるがたくさんの中、一匹だけ仲間ハズレにされてるが。 薄い茶色と白の毛で目から血の涙を流してこっちを見つめていました。 なぜか忘れたのですが、僕とは買い物袋の中から自分たちのおやつに買ったベビースターラーメンをそのに差し出しました。 すると、嬉しそうにべ、おかわりおかわりと言わんばかりの顔をする。

    コロッケの日に拾ったネコ“ぽてと”の話 - horahareta
  • 運命の出会い。1人のホームレスの人生を救った1匹の猫の物語 : カラパイア

    のメディアにも取り上げられたことがあるのでご存知の方もいるかと思うが、運命的出会いを果たした1匹のホームレス男性の話をしよう。 ロックスターを夢見ていたその男性はジェームズと言う。夢破れ、住むところをなくしホームレスとなった。ドラックに溺れ、コベントガーデンの路上でギターを引きながらなんとか日々を過ごしていたが、ある日1匹の傷ついたと出会った。

    運命の出会い。1人のホームレスの人生を救った1匹の猫の物語 : カラパイア
  • 五年前出会った猫について語らせてくれ : キニ速

  • <7>天国へ旅立った山登り猫 : 記者ノート2010 : 企画・連載 : 長野 : 地域 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

    「とうとうミケが天国へ旅立ちました。かけがえのない家族でした」――。安曇野市穂高北穂高の養護学校教諭、岡田裕さん(54)から11月16日、愛の死を知らせる電子メールが届いた。ミケは岡田さんが飼っていたオスの三毛。岡田さん、さよさん(53)と一緒に山登りをした。15歳、人間でいうと70~80歳。死因は、悪性リンパ腫だった。 飼い始めた1995年、ミケは生後5か月で首にリードをつけて初登山。翌年にはリードなしで登り始め、後に2000メートル級も踏破した。登頂した山は60余り。途中の林で遊び、山頂では餌をべて昼寝をした。 岡田さんは、その様を記録した著書「山登りねこ、ミケ 60の山頂に立ったオスの三毛」(日機関紙出版センター)を今年2月に出版。全国放送のテレビや雑誌に取り上げられたり、漫画化されたり、一躍、人気者になった。地元の書店では、今年の売上数第4位に入った。岡田さんの元に

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